僕の爺さんは嘘つきだ。
誰もがそれを認めているほどの。
小さい頃、よく爺さんの家に遊びに行くと、いろいろな作り話を聴かされた。
ある国では行方不明になった子供をみつけ、ある町では二メートルはあるだろう大男を素手と頭脳で打ち負かした。
ある場所では大粒の宝石を手にしたとか、また一番の宝は天使が導く川を二つに割った先にあるとか……。
爺さんの若い頃の事を僕は知らない。 だから爺さんの言ってることが本当なのかは分かりはしない。
だが、爺さんの家や山を探索した記憶には、本当だと証明する物は何一つなかったように思う。
父さんや母さんも、そんな爺さんとは距離を置いていた。
だから爺さんと離れて暮らしていた。
僕が爺さんの家に行かなくなって二十年が経ち、僕は三十歳を越えた。
社会人になり村を出ていて、親とも、勿論爺さんとも連絡を取らなかった。 そんなある日、親から爺さんが死にそうだと言う連絡が入ったのだ。
僕は三人兄弟の末っ子だが、人里を離れた場所に住み、嘘つきだと噂される爺さんの死に際に、その兄弟がわざわざ顔を見に来るとは思えなかった。
僕は爺さんが好きではなかった。
爺さんが嘘つきだった性で、僕まで嘘つき呼ばわりされることがあったからだ。
なのに僕が会いに行こうと思ったのは、きっと余りに爺さんを哀れに思ったからだろう。
僕は、帰郷することにした。
村は静かで、ゆっくりと時間か流れるようで、気持ちはとても安らいだ。
僕はまっすぐ爺さんの家を目指した。
おそらく母さんたちもそこに行っているだろう。
爺さんの家は山奥にあり、バスに少し揺られなければならない。
山の中に住み、仙人みたいな生活をしていただろうその爺さんが、今は床に伏せているらしい。
僕はそう考えながら、爺さんの所有する山の近くのバス停で降りた。
そこからしばらく歩き、山の中へ入り五分ほど登った辺りに、爺さんの家がある。
家はあれから二十年は経っているはずなのに、変わっていなかった。
僕は躊躇しながら爺さんの家の戸を開けた。
「はい。」
僕の声に反応して母さんらしき声が、中から聞こえてきた。
母さんの声は疲れた感じもなく意外と普通だ。
「あら、来たの。」 その母さんの軽さに、まさかこれも爺さんの嘘かと心配したが、部屋に案内され障子を開けると、爺さんは布団の中でただ息をして、天井をみつめていた。
「敏春が来てくれたよ。」
ゆっくりと目だけをこっちに向け、小さく頷いた。
その姿は見ているに忍びないほど、苦しそうだった。
僕は爺さんの横に座ると爺さんと同じようにただ頷いた。 僕は暫くそうしていたが、さすがに息苦しいので母さんと話す理由付けて部屋を後にした。
「何で病院に入れないの。」
「私も言ったわよ。医者が大変でしょうって。」
爺さんはここから離れたくないと言った。
余りに頑固で爺さんらしい。
僕は爺さんをただ見ているのもつらいので、爺さんの家を久しぶりに探索することにした。
小さい頃の曖昧な記憶、だがその頃と変わらないこの家は、とても懐かしく部屋を一通り見て行くと、いろいろな想いが浮かんでくる。
玄関先、それはいつの頃のことだろう、僕が爺さんと作った巣箱の形をしたポストが、今でもそこに立っている。
爺さんが手直ししていたのだろう、きれいで十分に機能している。
ただしここに手紙が入っていればの話しだが……。
そう思いながら僕はポストを開けた。
意外にもたった一通だったが、そこには入っていた。 古ぼけ、色褪せた白い封筒。
僕は驚いて、その一通を手に取った。
爺さん宛の手紙。それを見た瞬間、僕は爺さんに知らせなければと思った。
この時を爺さんが待っていたような気がしたのだ。
僕は爺さんの寝ている部屋の障子を開け放ち、爺さんに詰め寄った。
爺さんはゆっくりとこっちを見て、僕の手の中の物をじっと見た。
そしてそれがなんなのかはっきりと理解したのか慌てたように、声にならない声で僕に言った。
「なんて…書いてある…。」
僕は爺さんに促され、その手紙を開け読んだ。
「約束は守ってくれた?ごめんなさい。だからもう大丈夫。有難う。」
「…そうか、もう大丈夫か…。」
爺さんはポツリと言ったかと思うと、にっこりと笑ったのだ。
そして爺さんは天井を見上げると、静かに目を閉じた。
爺さんの葬儀には意外に人が来た。
僕の兄弟もきていた。 だからか、僕は葬儀の最中お寺の庭に出て、あの手紙のこと考えていた。
手紙には、差出人の名前は書いていなかったし、内容にあった約束ってなんだろうと、僕はとても気になっていたんだ。
参列する人が神社を行き来する。
それを見ていて、ふと僕は思った。
あの手紙が、爺さんが世界をまわったという作り話を、真実だと裏付けるものの一つだったとしたら。
いやだが、手紙が来るほど友好を深めていたなら、爺さんが手紙をくれた人物に会いに行くことを考えていたっていいはずである。
しかし爺さんは、村から出ることは一度もなかった。
それをしなかったのは、嘘だったからではないのか。
調べる方法はある。
他にも手紙が来ていたのなら、山奥の爺さんの家まで配達した人物居るはずである。
僕は葬儀の黒服のまま、お寺を飛び出し郵便局へ向かった。
郵便局に入るなり受付の人に慌てて聞いた。「だから今まで、山奥の爺さん所に手紙を届けたことは?」
「そう言ったことは分かりかねますが…。」
「配達したか、いや、行ったかどうかわかればいい。あの周辺で配達してる人は?」
「行ったよ。」
不意に背後から声がし、振り返った。
配達員の男だった。
僕は男に、手紙は沢山来ていたのか、誰からの物だったのか聞いたのだ。
配達員は笑うと僕に落ち着くように促した。
「結構来てたよ。誰からかはわからないけど。でも、同一人物の物じゃなかったよ。」
配達員はそう言って頭を下げた。
僕は頭を下げ返した。
「だがそんなこと調べてどうするんだ?」
「いえ。」
僕はお礼を言うと郵便局を出た。
沢山の手紙は存在している。
つまり、嘘は真実で、昔聞いた爺さんの宝の隠し場所の話しも真実かもしれないのだ。
だが、だとすると問題が起こる。
昨日僕は爺さんの家を散策して歩いたし、母さんが部屋の整理もしていた。
そこには手紙はひとつも存在しなかったのだ。
配達員が嘘をついていないとしたら、爺さんの手紙はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
爺さんが処分したのだろうか。
僕は急いで爺さんの家に向かった。
見落としということも有りうると考えたのだ。
今までに爺さんの話を信じて宝探しに向かった者は、何人かいた。
だが見つけることは出来ず、爺さんの嘘だったと片づけた。
爺さんはその度に笑うだけで、まるで嘘つきと受け入れていた。
僕は家に着くと必死になって天井上から床下まで、あらゆる所を探した。
お陰で爺さんの家は泥棒でも入ったような有様になり、もう、かれこれ一時間はそうしていただろう。
僕はいつの間にか手紙探しから、宝探しをしていた。
だが、一向に紙切れ一枚出てこないのだ。
僕は疲れて座り込んだ。 宝を隠した、なんて嘘に振り回されたのだ。
僕は玄関に座るとポストを眺めた。
静かである。
鳥がポストを出たり入ったりしている。
巣箱の形にしたのはいまいちだなと思った。
僕の胸が騒いだ。
僕はなんとなしに飛び立つ鳥を追いかける、見失えば他の鳥を探し、また追いかける。
僕は爺さんの山をどんどん登った。
木々が生い茂り、行くてを塞いでいる。
その内、喉が渇いて疲れてきた。 それでも鳥を追いかけた。
追わなければならない。
そして僕は辿り着いた。
川だ。
小さな川が流れている。
鳥たちはそこの水を求めていたのだ。
水は澄んでいた。
僕も水を手で掬って頂いた。
「天使が導く川を二つに割った先にある。」
爺さんの言葉を思い出しながら。
きっとこの川を二つに割った先に宝はある。
僕は川の上流を見た。
鬱蒼とした木々の中に静かな流れ、この川は村までは行かない。
僕はその川の上流に向かって歩き出した。
道は滑って歩きづらい。
それでも暫く行くと、川は大きな石で二分されていた。
その下には、背丈の高い草が生え、穴を隠していた。
僕は吸い込まれるようにその穴の中に入って行った。
穴は狭く、人が二人寝られるかくらいの広さだった。
そこに木で作られた大きな箱が一つ置いてある。
これが宝か。
こんなに簡単に見つけられていいのだろうか……僕はそう思いながら箱を開けた。
空箱……いや、入っていた。
札束……いや、紙切れが。
僕は紙切れを避けて中を見たが、それ以外は何も入っていない。
空箱より質が悪いと僕は思った。
やはり爺さんは嘘をついていたのだ。
宝を求めた者もそう思ったのだろう。
僕は箱をもう一度見た。
薄暗がりの洞窟で、その箱が僕に何かを訴えた。 慌てて箱ごと外に飛び出す。
見覚えのある箱、それは爺さんの家の玄関にあるポストと同じ形のものだった。
頭の中に何かがよぎる。
箱からバラバラと落ちる紙切れにも目を向けた。
それは、爺さん宛ての手紙だった。
爺さんの手紙が全てここにしまってあったのだ。
それらが、爺さんの作り話を真実と裏付けていた。
僕は散らばった手紙を拾い、巣箱の中に戻した。
懐から手紙を取り出す。 手紙、川、穴。
思い出すものがあった。
爺さんと同じように作った巣箱。
まだ僕は十歳を満たない子供だった。
鳥を追って僕はこの川までやってきて、木槌の音を聞いた。
どこからだろうと歩いていたとき、川に落ちたのだ。
僕は大声を上げて助けを求め、川の中の石に必死にしがみついた。
爺さんは声を聞きつけて穴から飛び出してきて、僕を救い上げたのだ。
そして僕を穴の中に引っ張った。
爺さんはどうやってここに来たのかと僕に聞いた。
僕は母さんに山に入るなと言われていたことも、鳥を追ってここに来たことも話した。
爺さんは怒ると思った。
「そうか。実はここは、誰にも知られたくない場所なんだ。だから、ここのことは内緒にしようじゃないか?」
穴には、巣箱と木くずが散らばっていた。
爺さんはこんな所で巣箱を作っていたのだ。
「内緒はいけないって。」
僕の目には沢山の涙が浮かんでいた。
「じゃあ川に落ちたと嘘にしてしまえばいい。」
「嘘はもっといけないって。」
爺さんは笑った。
「大丈夫。嘘つきはわしだけだ。」
そして巣箱の作り方を僕に教えてくれた。
巣箱を作っている内に僕の服は乾いて、巣箱が完成するとあの手紙に約束を誓い、入れたのだ。
僕と爺さんは山を下りた。
僕は不安だった。
何の誓いかわからなかったし怒られたくなかったからだ。
爺さんは庭の横に木くずをばらまいた。
「大変だった。敏春の奴川に落ちてね。」
帰って早々爺さんは、母さんに笑って言った。
爺さんの嘘つき。
僕は作った巣箱を抱えたまま顔を伏せた。
「そんな嘘。巣箱の作り方、庭で教えてたんでしょ。木くず掃いといてよ。」
母さんは言った。
爺さんの山に川があるを知ってるのは僕と爺さんだけだった。
僕も溺れなければ知らなかったろう。
爺さんは嘘をついたことになったのだ。
爺さんは冒険談をいろんな人に自慢するようになった。
爺さんの冒険談は僕だけの物だったのに。
爺さんの眺めていた沢山の手紙もいつの間にか家からなくなった。
爺さんは有名な嘘つきになったんだ。
爺さんを嘘つきにしたのは僕だ。
あの手紙で爺さんとの約束を何も思わずに終えていたんだから。
嘘つきは僕だ。
僕は爺さんのポストを穴の中に戻した。
あの手紙を添えて……。
僕は山を下った。
木槌の音が、今も穴の中から聞こえるような気がする……。
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