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その2.お父さんがやってきた

「感謝しなよ。せっかくの休みをおしてつきあってあげてるんだからさ」

 横に結わえた髪がふわりと揺れる。いつもは仕事の邪魔にならないように無造作に一つにまとめてあるから服装とあいまって新鮮な感じ。

「黙ってれば可愛いお嬢さんで通るのに」

 ぼそりともらすと頬をつままれた。

「言っとくけど、あたしがあんたより一つ上なんだからね」

「ははってる(わかってる)!」

 華奢な体格と裏腹に力がこもってて痛い。両手をあげて降参すると、本当に? といぶかしげな視線を向けられる。続けて本当だから! とこっちも視線で訴えるとやっと手を離してくれた。

 どちらかというとさばさばとした、と言うよりも男の子っぽい口調のクレイア。150セルトマイス(150センチ)あまりの小柄な外見と実際の姿とのギャップがなんともアンバランスだ。感じたことをそのまま口にすると、あんたの方こそ変わってるって返された。

「普段はしっかりしてるくせに妙なところで臆病なんだから」

 特に体型とか。痛いところをつかれて二の句が継げない。

 すらりとした体躯。ツーピーススタイルのクレイアはこんなに可愛いのに、シラハナの格好をした160セルトマイス(160センチ)弱のわたしはただのやせっぽっちで。他のことなら努力のしようがあるけど、こればっかりはどうしようもないじゃないか。

 シラハナにきてはや二年。体型のことは見事にコンプレックスになってしまっていた。

「わたしだって、もう少しすれば……」

 かすかな望みを声にだして街道を歩く。ほどなくして見慣れた工房が姿をあらわした。

「ユータいる?」

 ノックして扉を開けて。鍵がかかってるかもと思ったけど扉はすんなりとあいてくれた。視線をめぐらせれば、横たわるひょろっとした何か。遠目だと巨大なグール(食人鬼)が寝そべっているようにも見えるけど、実際は力尽きて横たわっているだけの人間の男の子。

「完全に寝てるな」

 あきれ顔のクレイアと男子の顔を交互に見やる。ちなみにこいつは180セルトマイス弱。薄茶色の髪が床に散らばってぼさぼさだし普段身につけている鼻眼鏡はかけられたままだ。その奥にあるダークグリーンの瞳は閉ざされていて耳をすませば規則正しい寝息が聞こえてくる。

 本当ならハリセンでも使ってたたき起こしたいところだけど今回は事情があるから無駄な時間の消費はさけたい。

「ユータ、締め切り!」

 耳元でさけぶと大きな体がびくりと反応する。少しの時間がたったあと、ひょろっとした体躯の主はのっそりと起き上がった。

「……イオリ? そっちは――」

「久しぶり。まだ寝ぼけてる?」

 重たいまぶたに遮られていたダークグリーンの瞳がわたしと友人を交互に見やる。

「クレイアか」

 そういって眼鏡をかけ直したのは友人にしてアルテニカ工房で一緒に働く相方、ユータス=アルテニカだ。

「また徹夜で仕事してたの?」

 その相方はあきれ顔のクレイアに『ん』とひとつうなずいた後こう応えてくれた。

「三日前から頼まれてた。ようやくまとまったから昨日の夜からずっと……」

「ずっと寝てなかったとか言うんじゃないわよね?」

「少しは寝たと、思う。日が出たばかりだと思って働いてたらいつの間にか沈んでた」

「それ、寝たって言わないから」

「方向性が決まったら一気に仕上げる。クレイアだってわかるだろ」

「そりゃあ気持ちはわかるけど。でもあたしはあんたほど飲まず食わずはやってないし、何より睡眠はとってる」

 分野は違えど同じ職人のクレイアとユータは仲がいい。わたしにはよくわからないけど職人同士何か通ずるものがあるのかもしれない。

「最後までやりとおさないとすっきりしないんだ。眠ることよりも仕上げることのほうがよっぽど――」

 けれど、それとこれ、特に健康管理については別の話。

「よっぽど?」 

「よっぽど……その」

 相方の表情の変化に気がついたんだろう。熱弁をふるっていたはずの声のトーンがだんだんと下がっていき、しまいにはなんでもありませんと小声になってしまった。

「三日前からほとんど飲まず食わずで、しまいには徹夜で仕事していた、と」

「イオリさん?」

 弱々しい声とともに相方の視線がわたしの手元に注がれる。本来ならここで得意のハリセンを握りしめてるところだけど、今は意図的に出してない。無駄な労力は避けたいし、お星様にしてしまう時間ももったいなかったからだ。

「その仕事は終わったの?」

「区切りはついた」

 弱々しくうなずくダークグリーンの瞳を確認すると、一枚の図面を目前に突きつける。

「四日間。その間にできるものをお願いしたいんだけど」

「曖昧すぎてわからない」

 もっともな返答にそれもそうかと腕を組む。依頼を受けて作品を仕上げるまでの期間はぴんからきりまで。簡単なものなら彼一人で十分だけど、工房を立ち上げてからは期間の三分の一くらいはわたしがデザインを請け負っている。

「できる限りでいいの。もちろんお金は払う」

 その点においては今回は問題ないかもしれない。

「これを四日間で作れってことか?」

 突きつけられた図面とわたしの顔を交互に見比べる。本来なら無茶なお願いだしもっと期間をもうけるべきなのかもしれない。だけど、予感がする。急がないと何か大変なことが起こりそうな。

「本当に、できる限りでいいから!」

「……もしかして、以来の主はイオリ?」

 相方の問いかけに首肯する。それはイオリ=ミヤモトがユータス=アルテニカに初めて頼む、正式な依頼だった。

「費用はどれだけかかってもいいの。四日間できるものをお願い」

 金に糸目をつけないと言いたいところだけど残念ながら持ち合わせにそこまで余裕はない。

「足りない分は後で払うし、わたしにできることなら何でもする」

 それでも、ちゃんとしたものを作りたかった。自分でデザインしたんだから最後まで自分でやれといいたいところだけど、悲しいかなわたしにはそこまでの腕はない。いつもひょろっとしていてもやしみたいだけど、細工に関しては目の前の男子のほうが何倍も上手で。

「本当にいいのか?」

 ちなみに自分で試したけど失敗に終わったということは伏せておく。

「お願い」

 頭を下げたわたしに目の前の男子は二つ返事でうなずいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「やっぱりあんたって、本当に変なところで意地っぱり」

 簡単な打ち合わせをして工房を出て。書いていた手紙をメッセンジャーに託して本日の用事は終了。

「もっと他のところを見てもよかったんじゃない?」

 帰り道、クレイアの指摘に返す言葉もない。

 ティル・ナ・ノーグ中のお店をまわって自分にあったものを探す。確かにそれも考えた。だけど。

「これが一番だと思ったから」

 今の自分を知ってもらうにはこれがうってつけだと考えたから。久しぶりの再会だから、ちゃんとしたもてなしをしたいし何よりも今の自分を見てもらいたい。

「要約すると、あんたは父親好きってこと?」

「対応を怠ったらとんでもないことになるってこと」

 できるなら見て見ぬふりをした方がいい。淡々と事実を述べたのに、オーガに遭うわけじゃあるまいしって笑いとばされた。オーガは強靭な肉体を持つ人型モンスター。熟練の戦士なら倒すのはさほど難しくはないけど常人じゃまず太刀打ちできない。でも、この表現もあながち間違いじゃない。

「で、肝心の父さんはいつくるの?」

「はっきりとした期日は書いてなかったけど手紙が届いたのが三日前だったから」

 逆算すると明日か明後日くらい?

 そう続けようとして、はたと足が止まった。

「イオリ?」

 オーガは無類の酒好きで、敵とみなせばすぐに攻撃してくるという非常にやっかいなもの。裏を返せば、味方だと対象に無償の愛情表現をしめしてくれる。


伊織イオリーーーーー!!!」


 ――今みたいに。


 出会った途端、抱きつかれた。

「会いたかったぞ! 会いたかったとも!」

 久しぶりの再会で嬉しくないはずはない。

「元気にしてたか? やせたんじゃないか?」

 だけど、力いれすぎ。

「しっかり食べるんだぞ。お前は母さんに似て小食だからな」

 というか、痛い。力、こもりすぎ。本物のオーガだって同族にもうちょっと加減はしてくれるはずだ。

「本当はもっと早くこっちに来たかったんだぞ。でも仕事が忙しくてな」

 息ができない。人の話聞いて。体格はオーガよりも小さいはずなのに、力加減はオーガよりもできてない。

「今回は仕事でこっちにきたんだ。そうでもしないとなかなか里帰りなんかできないからな」 

 痛い、痛いってば! 

「イオリも何か話さんか。お父さんはお前の声が聞きたい」

 そろそろいい加減に――

「まさか、変な男ができたんじゃないやろな!? 前から言いきかせてきただろ。男はみんな魔物なんだ。友好的な態度でも、いつ豹変するかわからない――」

「いい加減に離さんかーーーーー(いい加減、離して)!!」

 

 抗議の声と同時に裏拳が炸裂した。


「声が聞きたいって、あれだけ強く抱きしめられたら出せるもんも出せんやろが(出せるものも出せないでしょーが)!」

 声を聞きたいのならちゃんと話を聞く姿勢をとってほしい。

「うう……腕をあげたな」

 あげたというよりも、お父さんの反応が鈍ったような気がする。本当にこの人は全く変わってない。

「久しぶりだね」

 顔をおさえてうずくまる中年男性にため息ひとつ。

「わたしも会いたかったよ。お父さん」

 金色の髪に青い瞳。わたしの瞳の色はこの人から受け継いだもので。


 この人がイザム=ミヤモト。正真正銘のわたしのお父さん。

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