RELATE 4 ―戦いの理由―
200×年某月某日……『欠片の揺り籠』にて。
揺り籠の内部全てを同時に監視できる、モニタールーム。
前方と左右を大型のモニターに覆われた部屋の中央に天地想介は居た。
「……探偵? アイツがか? ……どうして、また?」
その報告に天地が驚きを表すと、携帯電話から非難するような声が返ってくる。
『どう考えても、アンタを探す為だろう?』
「……私を探す為?」
『突然、音信不通になったんだから……アンタを探そうとするのは、当然の行動だよ。
それに、あの人は……恋人の帰りをただ普通に待っていられるほど……強い女じゃない』
「そうか……そうだな。
……だが今は、アイツに会う事は出来ない……それに」
『アンタの情報は、組織によって規制・改竄されてるからな。そこらの探偵風情が辿り着ける場所じゃない」
「アイツが……必要以上に深入りすれば、組織が動く恐れがある。どうにか防げないか?」
『オレを誰だと思ってるんだ? これでも世界最高の情報屋の二代目だぜ? 任せてくれていいよ』
「知ってるさ。でなければ、組織の監視の目を潜り抜けて、私と連絡なんて取れないだろう?」
電話の向こう側で相手が苦笑しているのが分かる。
『まったく……苦労したよ』
「苦労した、で済んでしまうというのが恐ろしいな……さすがは『ヘルメス』という事か」
情報の神の名を冠する、伝説の存在。
組織でさえも、その実態を掴めない、最高の情報屋。
そのヘルメスと私的な事情で知り合いだったのは、天地にすれば僥倖と呼ぶに相応しかった。
『まぁね。ところで……『カイ』だっけか? 例の『封印』の神理を使う子供の名前』
「あぁ……彼の御蔭で、子供達の保護も上手くいっている」
『信用するのは別に構わないけど…………裏を調べなくていいのか?』
「今は……まだ、その時では無い……そう思う。
仮にカイ君に秘密があっても、それは彼の意志とは無関係だろう」
それは勘だ。
確信と呼ぶには曖昧で。
予感よりは確実な代物。
『…………なるほどね。じゃあ、当面のオレの仕事は?』
「最悪の事態が起きた時に備えて……保険を幾つか作っておいて欲しい。……それと」
『あの人……御嶋零華の事だな? ちゃんと護ってやるよ……ウチの店の常連さんの頼みだからね」
「悪いな。
あのマスターが亡くなって……頼りの久遠君も海外に行ってしまって……。
君だって、大変な時だというのに」
『人は必ず死ぬもんだ……それが神理とも共通する、絶対の真理だろ?
それに悠の放浪癖も今に始まったことじゃないさ。
オレの立場なんて、天地さんの状況に比べれば、まだまだ楽な方だよ』
「そうか……。
では、またな」
自分達には、どれほどの時間が残されているのか?
限られた時間の中で、準備を終えなければならない……他ならぬ、子供達の為に。
『あぁ、また』
通話を終えた天地は、天を仰ぎ溜め息を吐く。
「全てが、まだ始まったばかり……か」
ピピッ、という機械音が響く。
この部屋に人が来た合図だ。
「……はい」
言いながら、前面に広がるモニターの一つを部屋の前を映すカメラに切り替える。
『天地さん、カイです』
「あぁ、来てくれたのか。今、開ける」
ボタンを操作し、部屋の扉を開けた。
一間の後、一人の少年がモニタールームへと入ってくる。
それは、組織で検体番号0と呼称され、多くの『神理使い』の保護と、神理学の発展に貢献した少年。
一回りも年の離れた天地が、時に戦友のように、時に息子のように感じてしまう、不思議な雰囲気を纏った少年。
「すまないな、訓練中だというのに呼び出したりして。……みんなの調子はどうだ?」
「神理の制御に関して言えば、6人の全員が実戦の可能なレベルに達してます。
……『戒輪』による能力の抑制も上手く働いているようです」
「そうか……なら予定通りのスケジュールで、第二期生の保護活動を開始できそうだな……」
現在、『揺り籠』で保護されているのは、能力の暴走で保護に急を要した子供だけ。
『神理』への覚醒が確認され……同時に、その所在が明らかになっている子供は、まだ大勢いるのだ。
「保護、ですか……天地さんや『揺り籠』の研究員の人達は別にしても……組織の上層部は正直…………捕獲だと思ってますよ」
「……そうかもしれんな。
現在、私達を雇っている……いわゆる穏健派とも言える連中を排斥しようとする動きが、組織の中にあるようだ。
でも、だからこそ、我々は急がなくてはならないだよ……カイ君。
一人でも多くの『神理使い』を保護し、力を制御する術を教え、力に溺れない精神を養わなければならない」
「それは……人類の未来の為に?」
「そうだ。現状のデータから推測するに……数世紀の時間が経てば、人類の大半は『神理使い』として覚醒するだろう。
人々が『神理』に目覚めるという事は、異能者の証ではなく……新しい世界への適応でしかない。
だが、彼らに人を超越した力がある以上、そこには偏見や迫害が必ず生まれる」
「そうなった時……いや、そうならないように……自分の欲に任せて『神理』を扱う存在から人々と社会を守る抑止力を作る。
……それが、天地さんの目的」
それは、神の理に触れてしまった者達の未来の為。
それは、遠い未来を生きる人々の明日の為。
「君達には、その抑止力の先鋒になって欲しい。
……少なくとも私と、ここの連中はそう思っている。
この期に及んでも、まだ人任せにする私を卑怯だと思うかい?」
天地は本心からの願いを口にしながらも、どこか自嘲気味に笑う。
「自分を卑下するのは止めてください。
天地さんが陰で血の滲む様な努力をしているのは、僕だって知ってます。
それに……その目的をみんなに話す気は無いんでしょう?」
「そうだな。
君達が、君達の愛する日常を守る……人として当然の行為。
それが結果的に私の願いへと通じる、唯一無二の道になる筈だ。
ならば、私が余計な事を言って、君達に重荷を背負わせる必要は無いだろう」
「なら、どうして僕には話してくれたんですか?
それこそ、重荷になるかもしれないぐらいの大事な話なのに」
問いつつも、カイには天地の答えが分かっていた。
それでも、一度は尋ねたかったのだ。
この男と共に進んでいいのか、その事を確かめたかった。
「そう言う、カイ君は……どうして他のみんなに自分の能力を……君が彼らを救ったのだ、という事を隠すんだい?」
そんなカイの心情を知ってか知らずか、天地は話を逸らそうと逆に質問を返す。
「質問を質問で返さないでくださいよ……」
分かっている、天地は照れているのだ。
さすがに面と向かって、その答えを言えるほど、彼は熱血漢じゃない。
「……最初は、保護の為とはいえ、みんなに怪我をさせてしまった事に負い目があったから、内緒にしてたんですけど。
……なんていうか、その……ヒバリが」
「そういえば……」
〈誰かは知らないけど、負けたままなんて納得できない。だから今度会ったら、必ずリベンジしてやるんだから!〉
そんな事を雲雀が叫んでいた覚えがあった。
「僕が相手だってバレたら、確実に勝負を挑まれますよ……。
まさか、ヒバリがあんなに負けず嫌いな子だったとは……正直、困りましたよ」
「ハハハハハ。
確かに……最初の印象と比べると、少し意外だったな。
でもそれは、本来の性格が出るくらい元気になったっていう証拠だ。
そして、彼女を含めて……みんなが元気を取り戻したのは間違いなく、カイ君の手柄だよ」
ある者は家族を喪い。
ある者は故郷を失い。
ある者は帰る場所を奪われた。
彼らにとって『揺り籠』が、それらの代わり……いや、新しい『居場所』となったのは、カイが尽力したからに他ならない。
「だと、良いんですけど……」
「自信を持っていい。君は、ここに……彼らにとって必要な人間だ。
……さ、みんなの所に戻るといい。現在の訓練状況は把握できたからね」
「……はい。では、訓練に戻ります」
「…………カイ君」
踵を返して部屋から退室しようとするカイに天地は声を掛ける。
「はい?」
カイは振り返らず、声だけを返す。
「何故、君には話したのかという、先刻の質問の答えだが……。
君は……私の願いを託す相手ではなく、同じ願いを叶える為に共に歩んでくれる同志だから
……それが答えだ」
後ろを見ていても、天地の顔が赤いのが想像できる。
「……失礼します」
緩んでしまいそうな顔をどうにか引き締めながら、カイは部屋を後にした。
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