これは、書き始めたときは本当に彼女は妖怪というか魔法使いか何かで、彼に何かを要求している、彼は必死にそれから逃げようとしている、そんなお話のつもりでした。それが実際に書き始めるといつの間にか二人の間は…。私が書くと、どんなお題からでも、こんな話になってしまうのでしょうか…。甘いを通り越して、虫歯になってしまうかもしれません…。
カラスミスパゲティ、東京ドーム、乙女座の少年
今、僕の目の前には妖怪がいた。
その妖怪は、おいしそうにカラスミスパゲティを食べながらも、僕から目を離さなかった。
「乙女座の少年を連れて来るなら、早くしてね? でも、別に急ぐ必要はないのよ?」
そう言いながら、カラスミのプチプチがついた舌を出し、ペロリ、と口の周りを舐めた。魅入られるようにその唇を見つめてしまったけれど、慌てて気を取り直した。
とにかく、今、一番急いでいる事は、乙女座の少年を探し出す事だった。 実は、僕自身が乙女座なんだけど、誕生日を一日誤魔化して獅子座と言ってあった。
だって、実は僕自身が乙女座だ何てバレたら、大変な事になる。 だから、そうならない為に、僕は僕以外の乙女座の少年をすぐにでも探し出す必要があった。
最初は、そんなの簡単だと思っていた。
だが、いざ探し始めてみると、中々見つからなかった。 それに、僕の知り合いに訊いて回るわけにはいかなかった。だって、うっかり僕自身が乙女座だと、ばれるかもしれない。
この半日、思いつく範囲は探しつくして、ほとんど万策尽きた、そんな状態だった。
「けど、なぜ乙女座の少年なんだ? どうして、山羊座やうお座じゃいけないのさ?」
この妖怪と一緒に行動する事はすっかり慣れていたので、恐れや遠慮なんかなかった。
いや、実は彼女は本物の妖怪じゃなくて、単に妖怪の様に人の心を惑わすってだけだった。
「そんな事は教えられないわ? 別に見つからないなら、それで構わないんだけど?」
僕と目を合わせると、彼女はニコっと微笑んだ。
その不意打ちのような微笑に、僕は一瞬で頬が上気するような気がした。そして、いっそこのままでもいいかも知れない、なんて考えが頭を掠めた。
「なーに? 覚悟が出来た?」
そんな僕の考えを見透かしたかの様に、彼女が微笑む。 正に妖怪だと思った。
その時、店内に流れているラジオ番組が、野球中継の話を始めた。それを聞いた僕はとっさに話し始めた。
「そうだ。 東京ドームに行こうよ。 今日はそこで野球の試合があるから、人がたくさん集まるし、中には絶対に乙女座の少年もいるさ」
彼女は僕の目をまっすぐに見つめて、楽しそうに言った。
「はいはーい。 じゃ、行きましょうか?」
東京ドームに着くと、僕は片っ端から訊いて回った。君の生まれは何月?何座? けれども、僕の勢いが不気味なのか、半分には逃げられ、残りの半分に乙女座はいなかった。
焦る僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女がのんびりと言う。
「まあだぁ?」
焦りまくる僕が、藁にもすがる気持ちで、そして投げやりな気持ちで声をかけた少年は不思議そうな表情で応えた。「僕、確かに乙女座だけど。それがどうしたの?」
僕は「やった!」とガッツポーズで彼女を振り向いた。彼女は、つまらなそうに、僕がやっと見つけた少年をじっと見つめたけど、やがて言った。
「ボク、変なお兄さんに捕まっちゃだめよ? 早くおうちに帰りなさい?」
その少年が「変な人」そう言いながら去っていくのを、僕は呆然と見送った。 背後で、彼女がくすくすと笑いながら言った。
「だーって、好みじゃないんだもん」
僕は、何がなんだか分からなかった。
「なんでだよ、ちゃんと乙女座の少年、見つけただろ?」
そう言いながら、彼女を振り向いた。
彼女は、悪びれる様子も無く、けろっと言ってのけた。
「だからぁ、最初から勝負はついてるのよ?」
「だって、あなたが乙女座でしょ?」
「し、知ってたんだ…」
「当たり前でしょ? だから、あの賭けは、始まった瞬間に私が勝ってたのよ?」
そう、僕は彼女と、どっちが先に乙女座の少年を見つけるか、で賭けをしていた。
「ず…、ずるいよ」
「あら? 言い出したのはあなたじゃない、面白そうだったから付き合っただけよ」
「じゃ、約束よね?」
彼女が、そう言い目を閉じる。僕は観念するしかなかった。 まぁ、どっちにしても、結局はこうする予定だったじゃないか、そう思った。
負けた方がプロポーズする。重要でつまらない賭けだった。
深呼吸して気持ちを落ち着けると、彼女に向かって、心からの言葉を送り出す。
僕だけの妖怪が幸せそうに微笑んだ。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。