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悲しき林檎

作者:異島工房
 長男が切って皮を剥いた林檎がテーブルの上に安置されている。流し台の隅の屑入れに、もはや林檎を主張することをしなくなった赤い死骸が邪険に扱われた当て付けか、とぐろを巻いた毒蛇のようになって、決然として元の身体の少し上の方を流し眼に睨み、自分が毒蛇であると通そうとしてくるのが鬱陶しかったので、長男は林檎の皮を屑入れの底の方に右手で押し込んだ。蛇は途端に大人しくなった。
 ふと長男が気付くとテーブルの上の林檎が減っていて、あと二切れになっていた。きっとあの強かな次男が、食欲の塊である三男と、中々逆らい難い長男の二人がテーブルに近づく前に出来る限りほおばってしまおうという腹積もりだったようだ。なんだか残り二切れだけになった林檎を両方口の中へ入れても、次男の密やかに満足した腹の内を想像するだけで口の中に青い酸味がかった後味の悪さが残る気がして、自分の玩具を他人に取られることにまだ憤慨するふらついた思春期の只中にいる長男は、上手く台所から足をテーブルの方に踏み出せないでいる。
 流し台の屑入れに押し込められた赤い毒蛇はかつての同胞である果実のほとんどを食べられて、自分の出自を棚にあげたままその未来の明暗を巡って変に長男といがみ合うことにも疲れたのか、ビニル袋の口の方には首を出そうともせず、何もしない芯の隣に静かに居下ろしていた。死骸は死骸らしくなった。

《誰かに定義された季節は、林檎にとって誰の季節であろう?》

 二切れの林檎を前に台所を出られないでいる長男の前に、部活帰りの三男が現れた。三男はテーブルを一瞥すると、帰宅の挨拶を言う前に、残った林檎を二つとも口へ放り込んでしまった。
 三男の口内で千切れ飛ぶ果汁の音を必要以上に反芻する長男は、一瞬屑入れの中の安らかな赤蛇が、釈迦の掌の上で釈迦を睨みつけるような行為をしていたことに同情しかけたが、すぐにその感傷を無意識の底へ押し込んだ後、手元にある二個目の赤々とした丸い林檎の皮を剥こうとして手を伸ばしたが、右手でその赤を手に取った後、長男は包丁には目もくれず、右手で手にした林檎にそのまま齧り付いた。
 しばらくして長男の口の中の林檎の皮は安堵した。長男は遂に食べる事の無かった芯をぽいと流し台の隅の屑入れに捨てた。長男は満たされた。

《嗚呼季節は失われた。只人間だけがいつまでも欲望に白々しい。季節は欲すれば又在り、欲せざれば唯それだけの時》

 林檎の芯だけが、何もしないまま何もかもを見つめている。

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