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Full moonlight
作:不知火仁



第二話


 朝食を終えた十一時過ぎ。食堂から戻った俺達は、食休みを兼ねた休憩をとっていた。
 ホントにこのホテルは凄い。食堂は広く煌びやか。従業員の行動は滑らかで隙が無く、まるで本物の召使い。並べられた料理は素人でも分かるほどの一級品で、しかも頼めばいくらでも料理を持ってくるという逆バイキング。セルフサービスなんてクソ食らえと言わんばかりの徹底ぶりだった。無論そんな料理店なんて初めてだった為、食事中は気の休む時は無かった。満腹感より疲労感が上回る。
「おいしかったぁ〜。出来ればまた食べに行きたいわよね〜」
 ……だというのに、何故コイツはあそこまで気兼ね無く常人の域を凌駕するのだろうか。
「……なあ、飛鳥あすか。今度からああいうとこで飯を食う時は、せめて”ゆっくり”食ってくれないか? 周りに他人がいるときは、特に」
 俺はベッドの上で大の字になって寝転がる飛鳥を睨む。すると飛鳥は寝返りを打つようにベッドの隣に置いてあるイスに腰掛けた俺の方を向き、不思議そうに訊いてきた。
「何で? 蒼夜そうやだって結構食べてたじゃない。あの量を食べきるなんて普通の人じゃ歩く事も出来なくなるわよ?」
「俺が言ってるのは”量”じゃなくて”速さ”を言ってるのであって、しかも俺は”普通の人よりよく食べる”程度で、決してお前みたいな質量保存を無視した食い方はしていない!!!」
「そう? あれぐらい普通いけない?」
「できねえよ! どこの世界に自分の二倍の高さまで食器を積み重ねられる人間がいるんだよ!?」
「そりゃいるんじゃない? どんな皿であれバランスを考えれば10mは超えられるわよ」
「そういう話をしてるんじゃない! 俺は人として全世界の学者が求めた人間の構造を真っ向から否定する事はやめろと―――」
「……うるさいぞ、蒼夜」
 と、俺が全ての学者の叫びを代弁していると、その叫びで目を覚ましたらしい小女がのっそりと部屋から出てきた。クセッ毛で大変の事になってる金髪を引きずりながら、そいつはまだ眠気眼の半目で俺を睨んだ。その迫力に負けて俺は小女に謝る。
「ぉう、すまん。……あー、まあとりあえずおはよう、満月みつき
「もうお昼だけどね。ホントに満月は朝が弱いわよね」
 まあな、と気だるそうに答えた満月は、時計を見て何かに気付いたかのように小さく叫んだ。頭だけを軽く俺達に向けて、訊ねる。
「……蒼夜。もう、朝食は食べたのか?」
「「…………あ」」
 一瞬向けられた失望の目に俺達は胸を抉られる。……いや、忘れてた訳じゃないんだ。ただ時間が無かったというかなんというか。といういい訳を、俺は胸底に埋める。
 満月は食費こそかからないがよく食べる。というより、食事というものが大好きである。そんな彼女を置いて二人だけで朝食(しかも高級、さらにバイキング)を食べに行ってしまった俺達には、弁明する余地など無い。ならば諦めて満月の希望を―――
「じ、じゃあ今日はまずどっかで飯食う場所探しましょうか! ちょうどもうすぐお昼ご飯の時間だしね!」
「……だというのに、どうしてこうお前はそう逃げに回るかね」
 俺は横目で飛鳥を睨む。飛鳥の言ったセリフでは、こちらが朝食を食べたという所は明確になっていない。さらに昼食の話を持ち出して、朝食から論点をずらそうとしていた。……なんか、かなりせこいと思うぞ。
 満月は無言。しばらくの間俺達を交互に見つめ(及び睨んで)いたが、やがてゆっくりと溜め息を吐き、
「……分かった。準備に少し時間がかかるから、その間蒼夜達はゆっくり食休み・・・でもしていろ」
 重たそうな金色の長髪を引きずって満月は洗面所に向かう。その後姿を見ながら、俺は頑張って美味しい飯所を探そうと心に決めた。

    ◇

「ありがとうごさいましたー!」
 自動ドアが開くと同時に、明るく元気な店員の声が背中を押す。その声を聞きながら、俺はものすごく申し訳ない気持ちになった。
「……ホントにゴメンな、こんなの場所しか見つからなくて」
 俺は隣で食事をする満月に謝る。ホントに面目ない。ホテルを出て30分、散々歩き回った俺達はホテル前大通りにあるそれなりに大きなファーストフード店、何か俺達の世界でも見た事あるようなバーガーショップでテイクアウトを頼んでいた。初めて歩く近未来的都会街は、俺にとっては異世界でしかなかった。……まあぶっちゃけ異世界だが。
 それでもやはりやるせない気分の俺に、満月は訝しげに答えた。
「ん? いや、私はこれで十分満足だぞ。やはりどの世界でもフィレオフィッシュはうまいな」
 そういう満月は本当に美味しそうにフィレオバーガーを頬張る。そこに嘘は微塵も感じず、なんだか少し自分に自信が持てた。
 満月は確かに食事が大好きだ。それは高いだの貧相だのに関わらず、その食事の過程を楽しむ事が好きなのだそうだ。誰かと一緒に、同じ食事をするという行為が。

 ―――食事が一番、誰かとの繋がりを感じられる。……こういうのを、”団欒”と言うのかな。

 ふといつかの言葉を思い出す。それは多分大事な言葉なのだろうが、……まあ今の俺達には関係無い事だろう。今の満月が”それがいい”と笑っている。なら、俺はそれで構わない。
「……つーかさ、なんで小一時間前にたらふく朝飯食ったお前は軽くトリプルバーガーセットが食えるんだ?」
「だっておいしいじゃない」
「…………」
 的確に入れたはずのツッコミを当たり前のように跳ね返す暴食女は、さも当たり前のように肉の塊が三段に重なったバーガーを平らげる。次いで持っていた紙袋からポテトを3本取り出し、それは何故かリスのようにちまちまと食いだした。何だそれは。何かのポリシーか?
「そんなことより問題は次の目的地ね。今日のところは暇だから、予定は蒼夜に任せるけど」
 人間の行動心理の奥深さについて考えていた俺は、そんなどうでもいい事を放り出して何となく朝から考えていた案を提示する。
「飛鳥が構わないって言うなら俺は明日の試験会場に行ってみたいんだが。とりあえず俺は他に行きたい場所なんてないし、そもそもミッドここに何が在るのかも分からないからな」
 あの煤霧バカはホテルから会場は近いと言っていた。という事は多分、ホテルからでも歩いて行ける距離なのだろう。
 飛鳥は少し考えるような仕草をしてから、了承するように頷いた。
「賛成。今のうち道順確認しとけば当日迷って遅刻するってことも無いだろうし、ついでにこの街も見学して大体の地理も知っておきましょ。満月、試験会場はここから近いの?」
 飛鳥は持っていたポテトを口に放り込み満月に訊く。満月の方は飛鳥と打って変わって今だフィレオと格闘中だった。
「ん……むぐ、ああ。この道を真っ直ぐ行くと大きな通りに出るから、そこを左折して1.3km程歩けば着く」
 言われた通りに真っ直ぐ進む一気に視界が開ける。大通りの向こう側にはビルはおろか建物一つ無く、ただただ碧い海岸線が広がっていた。
「ホント綺麗なとこだよな。俺達の世界と違って、ごちゃごちゃしてないし汚れてもいない。なんか、方向性は違えどホントに幻想ファンタジー世界に来たみたいだ」
「そうね。でも私達の世界だって悪くは無いじゃない。ここと、そこまで変わらないと思うけど」
「バカ。んなもん分かってるさ。俺は別に地球を貶してるわけじゃない。あっちにだって良い所があって、あそこにしかない物だってある。俺はあの世界の自分の町が大好きだ。ただよ、純粋に汚いところなんてどこにも無い綺麗な世界っていいなーって憧れただけだ。ここがどうかはまだ分からないけどな」
 その海に沿うように伸びる道を歩きながら、俺は飛鳥に言う。それは感嘆によって漏れた本心の声。嘘も偽りも無く、ただ凄いと感じたものに対する賞賛の言葉。……それなのに、
「…………」
 飛鳥は何も応えず、俯いたまま黙ってしまった。
「? どうしたよ?」
「……なんでも無いわよ」
 それだけ言って飛鳥は歩を速めたので、しょうがなく俺はそのスピードに合わせた。……俺、変なこと言ったかな?
「―――はむ、ほうやそうやふいはふぉついたぞ
 口の中にフィレオを含みながら言う満月のその声に俺達は足を止める。目をやったそこは大きな跡地。海に面したその場所は以前大火災によって崩れて閉鎖された空港跡だと、ここに来る前に煤霧が教えてくれた話だ。
 俺達が受ける”入隊試験”はここで行われるらしいが、それでも当日ではない今日はこんな跡地に人が来る事は無いと思っていた。―――だから、この光景に素直に驚いた。
「……なんか、思ったより賑やかだな」
「そうね。何かあるのかしら?」
 空港跡地前には大勢の人だかり。それは跡地内にまで及んでいて、まるで大きなパレードが行われるような人数だった。いや、ここにいる人たちのほとんどは緊張している者や意気込んでいる者達ばかり。その緊迫した様はパレードなどではなく―――。

「―――っぁぁぁああああああああああ!!!」

 唐突に聞こえた絶叫。その声に驚き俺達は声のした方を振り返る、いや、正確には見上げた・・・・
 ―――青い空には小さな点。その点は見る見る大きくなり、同時にその点が発しているらしい叫び声も次第に近付いてくる。
「……あれ、人ですかね」
 いつの間にか飛鳥の隣に移動していた満月は、やっぱりまだ食べきっていないフィレオを口にしながら気にした風も無く言う。
「うん、女の子みたいね」
 とっくの昔に自分のを食べ終えていた飛鳥は、満月が食べているフィレオの端っこを千切り分けて貰いながら言う。貴様はまだ食べ足りないのか。
「……ホント、お前ら呑気だなぁ」
 人の事を言えない抑揚の無い声で呟きながら、俺達は空からこっちに真っ直ぐ突っ込んでくる少女を眺めていた。














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