第一話
「…………」
俺は無言で瞼を上げる。目の前には、見慣れない天井。
「…………」
体を起こす。そこはとあるホテルの一室の、人生初体験のベッドの上。別に変な意味じゃない。昨日まで俺は布団で寝ていて、ベッドで寝るのは初めてだった。それだけの話。……いや、意味が分からないならそれでいいのだが。
「…………」
上半身を支える手元を見る。俺の横には、いつもと違って可愛いとも思えなくも無い安らかな寝顔。……別に変な意味じゃない。とあるバカが、ホテルに男女二人組をシングルベッド一つの部屋一室と予約した。それだけの話。だから二人とも服だってちゃんと着ている。……寝相が悪いのか掛け布団は下に落ち、こっそり下着がはみ出しているのは見なかったことにしておこう。
「…………」
ベッドから降り洗面所へ向かう。……さっき見た夢の所為か二度寝する気にもなれず、そもそも昨日のようにノリで女性の隣で寝るのは色々とマズい気がした。
洗面所の鏡に映った俺の顔は寝癖で髪が撥ねており、まだ眠たそうな顔をしている。……そして目元には、うっすらと一筋の跡が残っていた。
「…………ぷはっ」
洗面器に水を張り、そのまま顔を沈める。再び顔を上げてタオルで水を拭った時には、寝癖も眠気も、一筋の”痕”も消え去っていた。
洗面所で着替えを終えた俺は部屋の端から端まである横長のカーテンを一気に開いた。窓の外から眩しい太陽(だと思う)の光が差し込む。ここまで陽が昇っているということは、既に十時は過ぎた頃かもしれない。……寝過ぎたか。
俺は窓から外を眺める。ホテルの周りには近代的な高層ビルが建ち並び、無数の窓が太陽を反射して眩しい。眼下にはカッコいいフォルムの車が縦横無尽に道路を駆け、その道路の端をビーズのような色とりどりの小さな粒の集まりがひしひしとうごめいていた。ホントにこの景色には舌を巻く。ここまで近代的で綺麗な造形は俺の”星”の首都なんかとは比べ物にならない。
俺達が居るこの部屋は、五十階ほどもある最高級ホテルの四十九階スウィートルームという、そんじょそこらの金持ちでもさらさら手出しが出来ない部屋に宿泊していた。何故あのバカがこんな超高級ホテルの超高級スウィートルームに昨日の昼に連絡してその日の夜に予約が取れたのかは知らないしさらさら興味も無いが、まあ感謝ぐらいは……する気も起きない。ここまでが限界なのかただのバカなのか(まあ後者は確実だが)、結局この一室しか借りなかったんだから。その所為で昨日はこいつとアホみたいな事で争っちまったし。
そんなことを思い耽りながら昨日のケンカ相手の方を見る。振り返るとちょうどそいつはベッドの上で身じろぎをしてこっちを向き、
「―――う、…ん。……ちょっと、眩しいわよ」
と、今更ながら太陽の光で目を覚ました。この部屋は窓に寄り添うようにベッドが置いてあり、更に高い場所に部屋があるため日光が直に降り注ぐのだ。
少女はだるそうに体を起こす。いつものサラサラで綺麗なストレートの黒髪が、今はもみくちゃになっていて見る影も無かった。
「いつまで寝てるつもりだ。そろそろ起きて下にいかないと朝飯食えなくなるぞ」
このホテルの朝食時間は十一時までだ。それまでに一階の食堂に行って注文を取らないと、最悪外でファーストフードである。せっかくあの煤霧が取ってくれた最高級ホテルだ。その最高級ホテルの最高級料理を口にしないというのは、些か勿体無過ぎる。
「―――あー、うん、そうね。分かった」
どうやら同じ見解に至ったらしい少女はベッドから立ち上がり大きく伸びをする。そしてそのままジーンズのホックに手を掛け―――、
「―――って、いきなり着替え始めてんじゃねーーー!!!」
いつも通りの恥じらいの無さをいつも通りツッコむ俺だった。 |