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介護ロボットの殺人

作者:筧 千里
 誰かが言った。
 何故働かなければならないのか。

 誰かが答えた。
 労働をしなければ社会が機能しないからだ。

 誰かが告げた。
 ならば働かなくても機能する社会を作ればいい。労働は楽しいか。そんなはずはない。労働とは拷問に過ぎない。ならば、働きたい者だけが働いて、働きたくない者は養われる、そんな社会を作ればいい。

 誰かが反論した。
 そんな社会はありえない。誰もが働くからこそ、社会は機能するのだ。そんな言葉は、労働意欲のない負け犬の戯言にすぎない。

 誰かが断じた。
 よく考えてみろ。社会は豊かだ。だが、資本主義は貧富の差という、差別よりもたちの悪い人間の差を生み出した。金持ちが常に勝ち、貧乏人は常に負ける。これが果たして、真なる平等だろうか。我々は今こそ資本主義から脱却し、誰もが笑って暮らせる理想郷を作るべきではないのか。

 誰かが鼻で笑った。
 そんな社会を作れるはずがないだろう。

 誰かが鼻で嗤った。
 否。できる。そのための技術を我々は持ち合わせている。ならば俺が作ろう。働かなくてもいい社会を。


 狂人の戯言。
 愚者の世迷言。
 だが――それは、数十年後に現実となった。


「……またか」

 警視庁捜査一課、広瀬勝巳ひろせかつみは嘆息を隠そうともせず、そう呟いた。
 マンションの一室。人口が急激に増加し、高層が目立たなくなった現代において、珍しくない部屋の一つだ。間取りはそれなりに広く、五人くらいの家族ならば十分住むことができるだろう。日当たりも良く、高層ならではで眺めもいい。売りに出されれば、誰もが飛びつく物件だろう。
 その中心に、死体が転がっていなければ。

「もう今月で三軒目だぞ。一体どうなってやがるんだ」

「さすがに三度目にもなるんで、僕は慣れましたよ。最初見たときは、久しぶりに吐きましたからね」

 はぁ、とこちらも溜息を隠そうとせず、広瀬の後輩にあたる刑事、桂木圭一かつらぎけいいちがぼやく。
 そんな彼らの目の前にある死体は――異常だった。
 まず、頭がない。
 次に、手足もない。
 だが――切断されたわけではない。

「えぐいことしやがる。相変わらず人間業じゃねぇな」

「こんなことが出来る奴がいれば、見てみたいですよ」

「同感だな。ついでに、その場で逮捕してやらあ」

 けっ、と吐き捨てる広瀬の前にある、異常な死体。
 頭も手足も、切断されたわけではないのに、存在しないそれ。
 それは、圧縮されていた。
 胴体の中にめり込むように、強く頭を押さえられたのだ。手足も同様に、胴体の中へと収納されている。胴体だけがまるで不出来なダルマのような姿のそれ。
 血塗れでなければ、ゴミと見紛うような死体。
 広瀬は遺体に対し、まず手を合わせて冥福を祈る。

被害者ガイシャは?」

「この部屋で、息子夫婦と一緒に暮らしていた大塚健吾おおつかけんごさん、七十八歳です。五年前に脳梗塞を発症して以来、ほぼ寝たきりの生活が続いていたとか。介護が必要になった時点で、RHR社の介護ロボットを購入しています。基本的に介護はロボットに任せていたとか」

「どこもかしこもロボットか」

 広瀬はそう、忌々しげに呟いた。
 現在、日本という国から労働者が急激に減少している。
 農業、工業から漁業、養殖業、農牧に至るまで、ロボットの存在しない業界はないと言っていい。人間よりも正確に働き、ミスをすることは決してなく、初期投資はかかるけれど以降の人件費は必要なく、電気さえ与えれば不眠不休で働ける最高の労働力――それがロボットだ。
 RHR社という新鋭企業が先導しているロボット産業は、様々な分野で活動している。生産系の仕事は当然ながら、一般家庭における掃除ロボット、店舗で使用される販売員ロボット、果ては簡単な手術ならば可能な医師ロボットまで存在しているのだから、その多岐さが分かるだろう。
 本来人間の行なってきた仕事をロボットに変わらせ、そして人間の仕事は監督のみという、極めて楽な社会となった。現在までロボットの手が入っていない業界など、政治家と司法関連くらいのものだ。
 何せ、その波は警察機構にすら到来しているのだから。

「もうすぐ鑑識ロボットが到着します」

「……警察までロボットの手ぇ借りてるってのが、どうしようもなく笑えるな」

「まぁ、上の意向ですから……」

「ふん。いつか、刑事ロボットとか現れるかもしれねぇな」

「上層部は導入を検討しているみたいですよ」

「さすがに上の正気を疑うな、そいつは」

 桂木の言葉に、はぁ、と大きく広瀬は嘆息する。
 ロボットば正確だ。小さなミスすらもない。警察機構における鑑識という役割に特化したロボットは、間違いなく正確な結果を出してくれるだろう。
 だが、そういったある種の合理性が、広瀬にはどうしても受け入れがたい。何かしらの買い物を行うときも、販売員ロボットの店を避けて人間の店員を雇っている店を選ぶ程度に、広瀬にとってロボットの社会というのは虫唾が走るのだ。
 それも、広瀬が古い人間だからなのだろう――そう、自嘲が溜息となって口角から漏れる。

「ですけど、いつかは何もかもロボットに成り代わるかもしれませんね」

「ロボットの容疑者をロボットの刑事が逮捕して、ロボットの弁護士とロボットの検事が法廷で戦い、ロボットの裁判官が判決を下す、ってか? 人間様の出番はどこにもねぇな」

「人間よりもロボットの方が優れている、なんて言い出す輩もいるくらいですからね。あ、広瀬さん、これ調書です」

「ん」

 桂木の手から紙束を受け取り、軽く目を通す。

容疑者ホシは?」

「署の方にいます。今は取調室ですね」

「さっさと戻るぞ。あとは鑑識に任せときゃいいだろ」

 ウィィィィン、という電気の駆動音。
 それと共に、挨拶もなく入ってくる鑑識ロボットの群れに、軽く嘆息。
 鑑識と刑事という警察機構における関係は、これほど希薄なものだっただろうか――そう広瀬が感じてしまうのも、感性が古いと言われるのかもしれない。

「ま、ありえねぇ未来じゃねぇな」

「はい?」

「ロボットの容疑者をロボットの刑事が逮捕して、ロボットの弁護士とロボットの検事が法廷で戦い、ロボットの裁判官が判決を下す、ってやつだ。何もかもロボットに成り代わってる今じゃ、ありえねぇことじゃねぇよ。そもそも――」

 けっ、と吐き捨てて、調書の一番上を見やり。
 その写真に映る、無機質な金属の塊に鼻を鳴らした。

「この事件の容疑者ホシは、ロボットだぜ?」

 RHR社の介護ロボット、HR702型ヘルパー。
 それが、この事件の犯人なのだから。


 警察署に戻った広瀬は、その足でそのまま取調室へと直行した。
 昨晩あまり寝られなかった体は睡眠を欲していたが、栄養ドリンクで当座を凌ぐ。横を見れば桂木も同じらしく、眠そうな目をこすりつつ栄養ドリンクを飲んでいた。
 そしてその空き瓶を、警察署に配置されているロボットへと手渡す。

 RHR社製掃除ロボット、HR700型イレーサー。
 署に何台か配備されている掃除ロボットのそれは、床の掃除からゴミの回収、壁や窓の拭き取り掃除もしてくれる万能ロボットだ。大抵の施設では、清掃員の代わりに使われていると聞く。
 ロボットは広瀬と桂木から受け取った空き瓶を手に取り、そのまま握り潰して背中のゴミ回収籠へと入れる。HR700型イレーサーの特徴として、回収したゴミを限りなく小さく潰すことによる、ゴミ体積の減少があるのだ。
 目の前で、元の体積から遥かに小さくなってゆく空き瓶。その人間を遥かに超える握力には、戦慄するものがあるけれど。

「あー、ミスったな」

「どうかしました?」

「空き瓶、持っとくんだった。灰皿の代わりになるだろ」

「別に、吸殻そのまま捨ててもロボットが回収してくれますよ」

 ははっ、と桂木が笑う。
 確かに、火事になりそうなゴミに関しては、察知したその瞬間にロボットが回収してくれる。それに乗じて、吸殻をポイ捨てする輩が多いのも、昨今の社会問題になっているのだが。
 まぁいいか、と広瀬は軽く首を鳴らした。
 そして容疑者であるロボットの待つ、取調室へと入る。
 そのまま広瀬は、既に取調べを行っていた別の刑事と交代し、容疑者――ロボットの前に座った。
 この事件は、本来ならば歴戦の刑事である広瀬にしてみれば、楽な事件だ。被害者の殺害方法も分かっており、容疑者も既に逮捕している。鑑識の結果を待つまでもなく、送検すれば終わり、という簡単な仕事だ。
 それを複雑にしている、最大の理由。
 容疑者が、ロボットであるということだ。

「名は?」

「イエス。RHR社より五年前に製造されましたHR702型ヘルパー、固体識別番号601142、固体識別名称『レミー』です。マスターは大塚健吾氏と登録されております」

 広瀬の問いに、流暢に答えるそれ。
 その見た目は、ロボットがそもそも嫌いな広瀬からして、受け容れがたいほどに機械的な姿だった。
 人間の頭部にあたる部分には、直線の棒に円盤が刺さったような姿。そこに一つの赤い光が灯っているのは、カメラだろう。そこから全体的に棒と円盤を合わせたような全身をしており、そして四肢となる部分は先に行くにつれて太くなっている。人間の手を模したのであろう両手は、五本の指を開けば広瀬の頭くらいは握れそうなくらいに、大きい。

 HR702型ヘルパー。
 RHR社において製作された初の介護ロボットであり、元はHR700型イレーサーをモデルチェンジし、老人介護に特化させたものらしい。ロボットに関しては疎い広瀬はよく知らないが、この棒と円盤を合わせたような姿が、逆に所有者からは愛らしいと感じるようだ。
 そして――このHR702型ヘルパーが事件を起こしたのは、これで三度目。

「お前、どうして人殺しなんてしたんだ?」

「ノー。レミーは人間に危害を加えておりません」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前が殺したんだ。証拠もきっちり揃ってんだよ」

「ノー。人間に危害を加えることは、プログラム上禁じられています。レミーに人間を害することは不可能です」

「……はぁ」

 無機質な音声でそう答えるロボットに、そう嘆息することしかできない広瀬。
 このロボットが、あの部屋で老人を殺害したのは間違いない。ロボットに備え付けてあるカメラの映像はその瞬間を間違いなく撮影していたし、家族からの証言もある。また、棒が並んだような体には返り血すら残っているのだから、否定したところで全く意味などないだろう。
 だが、それでもロボットは否定する。
 今までの二件もそうだ。
 ロボットは最後まで、自分は人間に危害を加えていない、と言い続けた。

「いいか、お前が殺したんだ。せめてそれは認めろ」

「ノー。レミーは人間に危害を加えておりません」

「くそが……」

 警察機構における取調べとは、つまり根気比べだ。
 一人しかいない容疑者に対し、刑事は交代で追い込む。不眠不休で、とにかく追い詰める。そうすることで、『吐いたら楽になる』という環境を作り出すのだ。
 だが、ロボット相手の取調べとなると、話は別だ。
 彼らは疲れるということを知らない。
 どれほど広瀬が尋ねたところで、ロボットは同じ定型文を繰り返すだけだ。だからこそ、以前の二件は最後までロボットは否認し続けていた。

「はぁ……」

「広瀬さん、どうしますか?」

「コイツにカツ丼渡しても意味ねぇしな。RHR社に連絡は?」

「既に行っています。担当の者が署まで来る、と言っていました」

「またか……」

 以前の二件――その両方とも、事件としては全く解決していない。
 殺害した介護ロボットは最後まで容疑を否認し続け、そしてRHR社の担当者にそのまま引き渡したのだ。
 RHR社が責任を持って回収し、処分する――それは、家電としてロボットを見るならば間違いのない処置だろう。加えて、RHR社から少なからず見舞金が遺族に渡されるとのことで、これが裁判沙汰に発展していることは今のところない。

 だが――だからこそ、広瀬は苛立つ。
 目の前にいるのは、殺人犯だ。だというのに、それを裁く法は存在しない。
 広瀬に出来ることは、このロボットを開発元に引き渡すことだけ。
 それが、事件の解決などと呼べるのだろうか。

「いやいやいやいや。どうもどうも毎度お世話になっております。失礼いたします。おおおお、どうもどうもいつもすみません」

 そこで、騒がしい声が取調室へと入ってきた。
 本来、容疑者と担当の刑事、そして関係者以外に入ることのできない取調室。その中に当然のように入ってきた、若い白衣を着た男。
 容疑者でも刑事でもない彼は、関係者。
 RHR社の担当者である斉藤さいとうという男であり、以前の二件の事件においても、ロボットを回収に来た者だ。そのため、広瀬も一応顔は知っている。
 どことなく胡散臭いのは、研究者としての一面もあるからだろうか。

「少々静かに願えますかね」

「いやいやいやいや。これはこれはすみません。いやいや、いつもうちのロボットがご迷惑をおかけしておりまして。今回につきましても我が社の方にロボットを持ち帰りまして、確実に処分させていただきます。ご遺族の方には今回のロボット購入費用に対する全額返金及び、被害者に対する見舞金の方もご用意させていただきますので本当に申し訳ありません」

「……人の話を少しは聞け」

 けっ、と広瀬は、斉藤を睨みつける。
 ロボット嫌いの広瀬にとって、斉藤はどうしても好きになれない相手だ。

「それで斉藤さんよ、これで三件目だ。一体おたくの会社はどうなってんのかね?」

「いやいやいやいや我が社としても非常に遺憾に思っております。ですので最初の事件から、HR702型につきましてはリコールを出し、購入金額の全額返金という形で回収しています。ですが、なかなか回収が上手くいっていないのが現実でして」

「んなことぁ聞いてねぇんだよ。なんでおたくの会社で作ったロボットが、人殺しをしてんだよ」

「私どももそれにつきましては、確認しております。ですが、なかなか難しいものでありまして。どうやらプログラム上で何らかの不具合があったようなのですが、702型ヘルパーでは事件が起きているというのに、全く同じプログラムを使用している700型イレーサーでは何の事件も起きていないのですよ。現状ではリコールでの回収以外に方法がない、と我が社の上層部の方より通達されております」

「……ふん」

 斉藤の言葉に、広瀬は眉根を寄せる。
 胡散臭い男だが、RHR社の関係者であるこの男が言うならば、間違いないのだろう。
 ロボットが殺人事件を起こしているというのに、その理由は謎。それは開発元として、あまりにも無責任だとしか言えない。

「さてさて。では僭越ながら、これからお話を伺いましょう。とはいえ、毎度のことですから我が社としても、答えることは同じですけれども」

「御託はいい。こっちの質問に答えろ」

 けっ、と目の前に座る斉藤――そのにやけた顔に苛立ちながら、ひとまずメモ帳を開いて睨みつける。
 ロボットが殺人を犯した。それに対して聴取をする相手はロボットのみならず、その開発者。

「ロボットが人殺しをしたわけだが、おたくの安全管理はどうなってんのかね?」

「我が社のロボットには全て、アイザック・アシモフ氏の提唱されましたロボット三原則をプログラムの中枢に入れています。何が起ころうともロボット三原則は必ず守るように、多重のプロテクトをかけておりますので、人間に危害を加えることはまずありません」

「そのロボット三原則ってぇのは、具体的に?」

「はい」

 すっ、と斉藤は指を一本立てて。

「第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」

 次いで、二本目の指を立てて。

「第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない」

 最後に、三本目の指を立てて。

「第三条、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない」

「……だったら何故、殺人を犯す?」

 斉藤の言葉に、広瀬は不機嫌を隠そうともせずそう返す。
 彼の言葉が間違いなく正しいのであれば、殺人など起きない。それこそ容疑者のロボットが言っていたように、人間に危害を加えることなどできないだろう。
 ならば、そこに何らかの不具合があるのだと考えられる。
 そしてこのやり取りも、既に三度目。既に定型文のようなそれに、嘆息を隠せない。

「プログラム上で不具合が発生したのかもしれませんが、詳しい内容につきましては我々といたしましても鋭意捜査中です」

「……分からねぇ、ってか?」

「ええ。700型イレーサーから、人工知能の成長プログラムを導入しています。これは介護ロボットとして、利用者の身体の状態の応じたより良い介護を提供するために、状態に応じた行動ができるようにと導入されたものなのですが、それが悪い影響を及ぼしているのではないか、と推測しています。それ以上は分かりかねますね」

「あー、俺には難しいこたぁ分かんねぇんだよ」

 はー、と大きく広瀬は溜息を吐き。
 そして、ぎろりと斉藤を睨みつけた。

「んで、結局おたくとしては、今回の件についてはどう思ってんだ?」

「不幸な事故であったと認識しております」

 斉藤の言葉に、広瀬は無言に睨みをきかせ。
 それから、大きく肩をすくめた。

「ああ、そうだな。俺もそうなると思う」

「お話は以上で? それでは702型ヘルパーは回収させていただきます。調書などにつきましては、後ほど記入させていただきますので」

「俺としては、てめぇらを業務上過失致死で送検してぇよ」

「もうとっくに、うちのプログラマーは逮捕してるじゃないですか。おかげでこっちは大忙しなんですよ」

 ははっ、と苛立ちすら覚える仕草で、斉藤は肩をすくめる。

「それに、我が社としましては、不具合が発生してすぐにリコールを出しております。そして、それに対する補填も行うと明言しております。だというのに、お客様がリコールに応じず不幸な事故が発生してしまっただけですから」

「……くそが」

 斉藤の言葉に、広瀬はそうとしか返せない。
 既にRHR社のプログラマーを十名、業務上過失致死の疑いで逮捕しており、送検している。既にその措置が取られている以上、警察機構からRHR社に干渉することは難しいのだ。
 斉藤がロボットを台車に乗せ、電源を切り、警察署から去る。
 広瀬はそれを、ただ背中を眺めて見送ることしかできなかった。


 早送りしている映像の中で、機械の腕が人間の陰部を洗っていた。
 介護ロボット、HR702型ヘルパーに内蔵されている映像である。広瀬はそれを、何か事件のヒントでもないかと繰り返し見続けていた。

 近くにあるのは、他の事件二つにおける映像。どれも全て、同じように介護を繰り返している。
 ロボットが男の紙おむつを開いて、そして中に存在する汚物を洗い流して新しいものと交換し、そのまま紙おむつを閉じる。そしてベッドの体を起こしてから食事を与え――そして、ロボットは凶行に及ぶのだ。
 食事をしている途中、唐突にロボットは男性の頭を持ち。
 そのまま、胴体の部分を抱え。

 握り潰した。

 叫び声の一つもなく、男性が絶命するのが分かる。
 カメラに向かって返り血が飛ぶ。だがロボットは気にすることなく、続いて右腕、左腕、右足、左足、と繰り返し胴体の中へと収納してゆく。
 そこで、絶叫が聞こえた。
 家族が凶行の現場を発見したのだ。
 だがロボットはそれに動じることなく、今度はベッドの上に散らかった肉片の掃除を始める。まるで何事もなかったかのように。

「……はぁ」

「以前の二件と、ほぼ変わらない内容ですね」

「全くだな。普通に介護していると思いきや、突然相手を握り潰して殺す。殺された本人からすれば、意味が分からんだろうな」

 近くの、今回の被害者である大塚健吾という男性の資料に目をやる。
 五年前に脳梗塞を発症し、右半身麻痺が残る。病院にてリハビリを行ったのち退院。この時点で要介護度3を認定されている。
 要介護度とは、介護が必要になった人間に対して付けられる等級だ。軽い生活の支援が必要となる程度の要介護度1から、日常生活の全てに介護を要する要介護度5まである。
 五年前の時点で、その真ん中――ある程度の介護が必要となる、という程度だ。

「……ん?」

「どうしましたか?」

「……いや」

 そこで広瀬は、以前の被害者の資料を取り出す。
 以前の二件、被害者――男性と女性の二名だが、ほぼ同じような内容だ。日常生活に介護を要するようになり、退院。その後自宅にて療養。
 この二人は、片方が要介護度3、もう片方が要介護度4。
 広瀬は眉間に皺を寄せながら、煙草の煙を吐き出した。

「おい、桂木」

「はい?」

「要介護度3ってぇのは、こんなに動けねぇもんなのか?」

 映像の中の男性。
 それは全く動くことなく、排泄もトイレにて行わず、食事も自力で食べることができない。何より――頭を握り潰されて、叫び声の一つも上げない。
 日常生活の全てに介護を要する、というレベルではない。
 これは最早、ただ生かされているだけだ。

「ああ……なんでも、二年前には要介護度5まで上がったみたいですけど」

「……待て」

 そこが、引っかかる。
 五年前から、介護ロボットにより介護が行われた。
 その時点では、恐らく男性は喋ることも、ある程度自力で動くこともできたのだろう。
 だが、それが次第に衰えていった。
 三年間という長い間――その全ての介護を、ロボットが行ったから。

 自分で排泄をする必要はない。
 自分で食事をする必要はない。
 自分で何もする必要がない。
 それは――緩やかな、衰退だ。

「あいつは……ロボットは、言ったな。自分は人間に危害を加えていない、ってよ」

「え、ええ。そうですね」

「……まさか、あのロボットは」

 自分で動くこともなければ、喋ることもない。ただ上から食事を流し込まれ、下からそれを垂れ流すだけの男性。
 ロボットがそれを、いつまで人間だと認識するのか。

「人間を、『物体』として認識した……?」

「……へ?」

 広瀬は、ぎりっ、と奥歯をかみ締める。
 HR702型ヘルパー。それは元々、HR700型イレーサーのモデルチェンジだ。
 HR700型イレーサーの特徴。
 それは――ゴミを圧縮すること。

「斉藤のクソ野郎が、こう言ってただろ。HR702型ヘルパーは、人工知能の成長プログラムがどうこうってよ」

「ああ……はい」

「だったら、人工知能はどう認識するんだろうな。次第に動かなくなっていく人間ってやつを」

「――っ!?」

 ロボットは、人間の陰部から垂れ流されるそれを汚物と認識している。
 汚物のついたものをゴミと認識している。
 人工知能は学習し。
 そのまま、理解したのではなかろうか。
 汚物を垂れ流すコレはゴミである、と。
 ロボットが汚物の処理を行うのであれば、その根本から断ち切ればいい、と。
 ロボットは、合理的であるがゆえに。

「おい桂木」

「は、はい……?」

「表にパトカー一台回せ。RHR社に行くぞ」

「はいっ!」

 何故ロボットが人間を殺したのか。
 その謎は、解明した。ロボットは、殺した相手を人間などと思っていなかったのだ。
 ただ、汚物を垂れ流すだけのゴミだと認識していたのだ。
 これをRHR社に教えてやることで、少しでも次の事件を減らすことができるかもしれない。


「なるほどなるほど。人工知能の成長が、逆に利用者を物体として認識してその処理に及んだ、ということですか。いやぁ、その発想はありませんでした。さすがは広瀬刑事」

 RHR社の応接室。
 そこのソファで対面に座っている斉藤が、そう上機嫌に述べる。
 広瀬はそんな斉藤の様子に苛立ちを隠せなかったが、しかし嘆息するだけで留める。

「これにつきましては、次のプログラミングの際に参考にさせていただきます。下手に人工知能の成長を促してはいけませんね。いやいや、勉強になりました」

「……御託はいい。さっさと今出てる介護ロボットを直せ」

「いやいやいやいや」

 ははは、と斉藤は笑う。
 笑いながら、しかし困ったように頬を掻いて。

「勿論、リコールに応じてくださったお客様に対しては、より品質の良いプログラミングを施した介護ロボットを提供することで対応いたします」

 しかしそこで斉藤は、大げさに肩をすくめて嘆息した。

「ですが……広瀬刑事、私が言うのも何ですが、事件はまだ起こりますよ」

「……何?」

 斉藤の言葉に、思わず広瀬は眉根を寄せる。
 原因は、人工知能の成長による人間に対する認識不足だった。ならば、それを改善すれば事件はもう起こらない。
 だというのに、斉藤の言葉はまるで逆だ。

「我が社の理念として存在するのが、『働きたくないならばロボットを作れ』です」

「関係ねぇだろ今」

「これは我が社の創設者、現在の会長が常に思っていたことだそうです。会長は若い頃から、決して働きたくなかった。労働をしたくなかった。だからこそ、全ての産業においてロボットによる労働力で代替すれば、働かなくてもいい未来が作れる。そう考えたそうです」

「……働いてんじゃねぇか」

 あまりにも間抜けすぎる創設者とやらの考えに、思わずそう広瀬は溜息混じりに突っ込む。
 働きたくないからロボットを作った。その結果として、企業を一流までのし上げた。あまりにもその話は、馬鹿げている。

「まぁそうなんですけど。しかし大抵の人間は、働きたくないものです。私だって出来ることならば、家でゴロゴロして毎日暮らしたいですよ。広瀬刑事だってそうでしょう? 働くことが楽しいと思う人間など存在しません」

「……だから何だってんだよ」

「それは、身内の世話すらしたくないってことなんですよ」

 ぴくり、と広瀬の眉が上がる。
 決して見逃せない言葉が、斉藤の口から発せられた。

「我が社の発売した介護ロボットHR702型ヘルパーは、現在、購入代金の全額返金という形でリコールを出しています。ですが、そのリコールに応じてくださったお客様は、全体の三割に満たないというのが現状でして」

「……どういうことだ」

「介護ロボットをこちらに返すということは、その間の身内の介護は誰が行うことになりますか? お客様ご自身で行わなければならないのですよ。現在まで介護ロボットに全てを任せていたお客様が、ご自身で行われるはずがありません。ですので、リコールが出ている不良品でもいいから、介護をしてくれるならばそれでいい、という方が多いのですよ」

 働きたくない。
 身内の世話もしたくない。
 下の世話などもってのほか。
 それが――ロボットに侵食された、現在の社会だというのか。

「ですから、事件はまだ起こります。我が社としましては、売り出しているHR702型ヘルパーのうち六割が事件を起こす、という前提で予算を組んでいます」

「六割だと!? それは……!」

「お客様の立場になってみれば、むしろ嬉しい事実ですよ。介護をしてくれる。ついでに、邪魔な身内を殺してくれる。さらに、我が社から金まで貰える。いいことずくめでしょう?」

 ぐっ、と広瀬は言葉に詰まる。
 そう考えれば、何もかも納得がいく。
 働きたくないし、金まで貰える。それは、あまりにも甘美な果実だ。
 それ以上、広瀬には何も言えない。

「広瀬刑事のお話は参考になりました。これからのロボット開発にあたって役立たせていただきます」

「……そうか」

「ところで我が社も、最近では『働きたくないならばロボットを作れ』という理念が揺らいでおりまして。ロボット作りって働いてるじゃーん! と反発する若い社員が多いのですよ。そこで、今度は新しい挑戦としましてロボットの開発と生産ラインの配備についてまで、全てロボットに任せてみようか、というプロジェクトがあるんです。これが完成すれば、私どもももう働かなくて良くなりますので、今から成果を期待しているのですよ」

「……ああ、そうかよ」

 力なく斉藤の言葉にそう返しながら、広瀬は立ち上がる。
 これ以上、RHR社にいる必要はない。何より、どっと疲れた。

「おや、お帰りで?」

「ああ。てめぇと話してると疲れる」

「それはそれは。玄関までお送りしましょう」

「いらねぇよ。道くれぇ覚えてる」

 ふん、と鼻を鳴らしながら、広瀬は応接室から出て玄関へと向かった。
 時代の最先端、RHR社。
 そこには、数多のロボットが存在する。受付嬢ですらロボットだ。
 ロボットだらけの、その空間を見ながら。

「……あながち、間違った未来じゃねぇ、ってか」

 いつだったか、桂木と話したこと。
 与太話として、二人で笑っていたが。

「ロボットの容疑者をロボットの刑事が逮捕して、ロボットの弁護士とロボットの検事が法廷で戦い、ロボットの裁判官が判決を下す、だけならまだいい。ロボットがロボットを作るような未来になりゃ、もう人間の存在意義ねぇだろ」

 玄関を出て、巨大なRHR社の看板を、逆光に目を細めて見ながら。
 広瀬は思う。
 人工知能は合理的な成長を行うことで、人間を物体として認識するようになった。
 ならば、人工知能がロボットを開発するとき、合理的に何を排除するのだろうか。
 真に合理的な考えを持つならば――ロボット三原則のような非合理的なシステムは、自ら排除するだろう。
 そのとき、ロボットは何をするだろうか。
 決まっている。

 ロボットによる、統治だ。

「……馬鹿らしい」

 広瀬はそう呟いて、煙草に火を点ける。
 先端が赤く光ると共に、手が滑ってそれを落とし。
 それを無言で、HR700型イレーサーが回収した。

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