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<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

廃墟の住人

作者:玄野志向
 体が火照っている。耳の奥のほうが詰まったような感じがする。
 もう夜は遅く、冷めた空気が酒で煮立った体には心地よい。
「でもさ〜、あそこでああなるって思わなくてさ〜!」
「わかるわかる!」
 俺の少し後ろを歩くのは、同じ大学の南川と東堂。
 南川は髪を茶色く染め、黒いポロシャツと短パン、サンダルという夏らしい出で立ち。東堂もまた、シースルー気味のトップスに白のショートパンツの涼し気な服。
 俺と二人はサークルの飲み会を終え、帰宅しようとしていた。二次会の類は特になく、あとは駅まで歩くだけだ。
 俺たちは比較的仲がいい。サークルのなかで結構深く話せる仲だ。だが、その中に多少の(俺が一方的に抱く)曇りを差し込むのは、南川と東堂の関係である。
 今も二人はデートの思い出話に花を咲かせているようだ。二人は恋仲なのだ。となると自然、この三人でいれば俺が余る構図になる。
 かといって何ら付き合いをやめるほど不快なわけでもなし。とりあえず俺は、ほろ酔い気分で二人の先を歩いた。
「あっ、そうだ北原くん!」
「ん?」
 東堂の楽しげな声が聞こえた。歩きは止めず、首だけを後ろに向ける。
「忌川病院って知ってる?」
「いみ……がわ? いや、知らない。どこ?」
 まぁ大したこともない話題だろうが、とりあえず聞き返してみる。すると東堂は、思いもよらぬ答えを発した。
「そこ」
 歩きながら指を指す。その指の先を目で追うと――草が生い茂る、獣道。
「え?」
 これのどこが病院だというのか。抗議めいた目で東堂に尋ね返す。
「そこだよ、それ。ツタ絡まってる看板」
 看板と言われ、視界に入っていたが注目していなかった白い看板を見てみる。
 忌川病院、この先250m――――。
 とても病院の看板とは思えない寂れようだ。ともすればお化け屋敷の看板にも見える。
「わたしが子どもの時たまに来てたんだよね〜。おばあちゃんがここで入院しててさ」
「ええ……こんなところに入院すんの? ヤバそう」
 半笑いで青ざめる南川に、東堂はムッとした表情を作る。
「いやいや、前からこんな状態なわけないじゃん。五年くらい前に廃病院になっちゃったんだよ」
「廃病院……」
 ざらりとした言葉の感触を感じながら、獣道の向こうを見つめてみる。
 草木でだいぶ視界が塞がれているが、確かに何かの建物が見える。とはいえ、そこまで巨大なものでもないらしい。
「で、その病院がどうかしたの?」
「ふふふ」
 東堂はわざわざバッグからスマートフォンを取り出す。
 一秒ほど何かを操作したあと、カメラのフラッシュライトを自分の顎のあたりに当てる。

「――出るって噂があるんですよ」
「ヒュ〜、怖いね」
 南川は笑顔で茶化しながら歩みを早める。そんな南川の腕を東堂が掴んで止めた。
「行ってみない?」
「ははは、あの、電車あるじゃん?」
 南川は見た目と違い臆病な男だ。それとは逆に、東堂は怖いもの知らず。性別が逆ならサマになったのだが。
「終電までならまだまだ二時間くらいはあるな」
「北原ァ!」
 酔っているからか、南川の声はやけにデカい。しかし酔っているという条件ならば俺も、そして東堂も同じなのだ。
「怖いのか南川く〜ん?」
「大丈夫大丈夫、綺麗でいいところだよ。五年前は」
「お前らなぁ……!」
 南川は眉根をこれでもかと寄せている。チャラそうないい男が怖いところに行きたくないとゴネる姿はどことなく滑稽だ。
「じゃあ仕方ないね、北原くんと行こうか」
「まぁ南川が来ないならな、仕方ないな」
「ぐっ……」
 わざとらしい二人でのやり取りに南川は大きく肩を落とした。そして小さな声で呻く。
「行ってやるよ、もう」
「やった〜、それでこそわたしの彼氏!」
「こういうなぁ、神仏を馬鹿にするような真似はほんとに……」
 まだなにか言っている南川を置いて、俺はさっさと道に入る。
 不満そうな南川と、やる気満々の東堂がそれに続く。さっきと変わらない立ち位置だ。
 道は草木だらけで、侵入者を阻む。この夏の季節なら蚊がいてもまったくおかしくない。
「なんだかんだ、北原くんが一番楽しみにしてない?」
「ははは。俺こういう番組とか好きだからね」
「勘弁してくれよ……」
 南川の不平不満を聞き流しながら、俺はさっそく左腕に止まった蚊を叩き潰した。
 すでに少し血を吸われていたらしく、潰れた蚊の体から血が溢れ出していた。

 忌川病院。
 忘れ去られた廃病院。その前にたどり着いた。
「なんか……意外と綺麗、か?」
 南川が安堵したような声を漏らす。確かに、外観に傷はなく、植物が絡まっているということもない。
「まぁ、そんなに大昔の場所じゃないし」
 しかし人の利用がない、ということは半開きのままの自動ドアが立証しているようだ。
 近くに立ってもセンサーは反応することなく、俺はそのままドアをくぐり抜ける。
 外に立っている街灯の明かりで、入口付近の様子はある程度わかる。ここは待合室だ。
 床に備え付けられているらしいズラリと並んだ椅子が、使用当初の列を崩さぬまま並ぶ。
「ホコリくさ……」
 姿をとどめているのは設備だけで、それらの上には高くホコリが積もっている。
「なんだ……案外普通じゃね?」
 南川も余裕が出てきた様子だ。確かに、少し拍子抜けかもしれない。ここまで寄り道したなら、少しくらいは肝を冷やす体験をしてみたいと思った。
「まだ入り口だからね、手術室も拝んでないし」
「いやいやもう十分だろ! もういいって!」
 軽く笑ってそれを受け流し、俺はスマホの懐中電灯を付ける。電池は、まだまだ残っている。
「もぉ〜どこまで行く気だよ! 電車終わるぞ!」
「しっ! 静かにして」
 叫んだ南川を、東堂が制す。何かあったのかと俺も振り返った。
「……なんだよ?」
 南川が声を抑えて尋ねたが、またも東堂に黙らされる。不満げな南川が五秒ほど待つと、東堂は口に当てた人差し指を離した。
「やっぱり、なんか、ズルズルって音聞こえない?」
「は?」
「なんか引きずるみたいな音、とか」
 言われて南川と俺も耳を澄ましてみる。

 ――――ずず。

「確かに、なにか……」
「はぁ!? お前らそういうのやめろよ! 俺は聞こえないぞ!」
 何かを引きずる音、だ。東堂にそう言われたからそう聞こえただけかもしれないが、確かにその類の音がどこか遠くで鳴っている。
 そう重いものを引きずっている音でもなさそうだ。軽い、布のような音。
「……行ってみるか」
「やめろって〜!」
 ようやく面白くなってきた、と東堂は楽しげに付いてきた。南川も諦めが出てきたか、トボトボと付いてくる。
 最初のうちは色々と喋っていた南川だったが、俺達の反応は悪く段々と無言になる。
 すると、懐中電灯分の明かりしかない暗い廊下を静寂が支配する。
 ――――ぺち、ずずっ。
 音も少しは明瞭に聞こえるようになった。どうやらこの音はけっこう断続的に鳴っている。
 そして、音がだんだん大きくなっているということは――近づいてきている。
 南川にも聞き取れたらしく、とても神妙な表情をしている。さすがに東堂の表情にも不安が見えてきた。
 さらに進む。廊下の左右にいくつもある扉は入院患者の部屋なのか、或いは医者の控室なのか。はっきり分かるのは、その部屋の利用者は誰もいないということだ。
 廊下は続き、二階への階段へと差し掛かる。
「うわっ!」
 後ろで南川が大きな声を出し、俺たち二人を驚かせた。
「なっ、なに!? どうしたの?」
「あ……すまん、車椅子だった」
「……もぉ〜」
 ――――そんな二人の会話に紛れて、何やら音が聞こえてきた。

 ぺち、ぺち、ぺちぺちぺちぺちぺち。

 明らかに音が早く、大きくなる。布のようなものを引きずる音も近付く!
「なんだ!? なにか来るぞ!」
 ここまで来てはっきりわかる。このぺちぺちという音の正体。これは足音だ。
 足音といっても俺たちのような靴の音じゃない。裸足で、塩化ビニルの床を叩く音。その音が、階段の上の方から近付いていた。
「に、逃げようよ! なんかやばくない!?」
 東堂も完全に怖気付いていた。
 しかし、南川も東堂も、音が近付いてくる階段から目が離せず、足も動いていない。
 そして階段の踊り場から、黒い何者かがぬっと顔を出した。
「きゃあああああ!」
「……!」
 東堂は怯えて派手に悲鳴を上げ、南川と俺は声を噛み殺す。
 俺自身も、いい加減この場から逃げ出したい衝動に駆られたが……頭の芯のあたりは未だ冷静だったらしい。
 無意識のうちに、階段のものを観察した。ボロボロの破れた布を身にまとった髪の長い男。破れた服を引きずる音と、裸足で歩く音。なるほど、さっきの音はこの男のものだ。
 顔や肌のあちこちが黒く、露出した腹は腹水なのかひどく膨らんでいる。
 幽霊の正体は、この男だ。おそらく、廃墟をねぐらにしているホームレスだろう。
「あん……おぉ……」
 男がもごもごと口を開く。
「おめら……酒ェ、飲むか……?」
「はっ……?」
 南川が思わず聞き返す。酒? 今、酒を飲みに誘われたのだろうか。
 ともあれ、幽霊の正体は見た。これ以上ここにいていい事は何もない。
「いや……いいです。すみません、お邪魔してしまって」
 一通りの謝罪だけ終えると、すぐさま踵を返す。二人も俺に倣い、男に背を向けた。
 男は動かなかった。実際動いていないかどうかはわからないが、少なくとも呼び止めはせず、大きく動くようなこともしていないようだ。

 早歩きで出入り口を目指す間、誰も一言も発さなかった。
 廊下に懐中電灯でない灯りが差し込み、外が見え始める。スマホの灯りを消し、外を見る。
 だが、入った時と違い、出入り口は閉ざされていた。半開きだった自動ドアが完全に閉まっている。誰が? 何のためにこんなことを?
「なんで閉まってんだよ」
 南川が焦った様子で扉に手をかける。それでも、ドアは動かなかった。
「何これ? 閉じ込められたの?」
 東堂のその言葉で事態を再確認し、俺たちの間にじっとりとした恐怖が湧き上がる。
 それは期待していたような超自然的恐怖ではない。それは、人間の――
 背後から、またぴたぴたという足音が聞こえてくる。それも今度は複数だ。
「おめぇら何やってんだ!」
 先ほどの男より明瞭な声で怒鳴り声が響く。振り返ると、待合室にすでに五人ほどのホームレスらしき男たちが入ってきていた。
 相手が人間とわかったからか、東堂は恐怖が、南川は恐怖より怒りの表情が強く表れている。ここで下手に拗らせると面倒なので、なんとか俺が説得を試みる。
「す、すいません。道に迷ってしまって! 駅はどっちでしょうか?」
 そう言うとホームレスの男たちは小声で何かを相談し始めた。南川の後ろに東堂が隠れる。
「学生か」
 一人の男がぶっきらぼうに確認してくる。とりあえずはい、と返事しておく。
 すると男たちはまだ何事家相談し始めた。なんとか耳が拾ったのは肉、まだ若い、変わらない、鏡、神棚……聞けば聞くほどきな臭くなっていく。
 南川が男たちの隙を突いて、消火器を手に取る。念のため、俺も何か武器になりそうなものを探す……が、見当たらない。

 そうしていると、突然男たちはどかどかとこちらに向かって近付いてきた。
「なんっ……何だあ!」
 先頭の男が俺に組み付いてきた。そのまま俺の腕を掴み、腹に膝蹴りを入れてくる。
 鳩尾に入っていないものの、何発も蹴ってくるとその痛みは尋常でない。振り払おうとしても男の力はやけに強く、ただ口から苦悶の声が漏れる。
「やめろてめぇ!」
 南川もいよいよ堪忍袋の緒が切れたか、消火器を振りかぶって俺に組み付く男の頭を殴りつけた。男は物も言わず、俺にかぶさる形で倒れた。
「離れろ!」
 仲間が一人殴り倒されたにも関わらず、ホームレスのうち一人が東堂に掴みかかっていた。
「ちょっと! やめろ! なんなの、離せ! 嫌!」
 何のつもりか、男は東堂を奥へと引きずっていこうとする。
「おい! 触ってんじゃねぇ! ぶち殺すぞ!」
 南川が怒鳴り、集ってくるホームレス三人に向かってめちゃくちゃに消火器を振り回す。
 俺も東堂を助けに行きたいが、上に乗っている男が邪魔でなかなか抜け出せない!
 ホームレスのうち一人が、受付からさすまたらしきものを取り出してきた。そして消火器を振り回す南川の腹を突く。
「うげっ」
「離して! 何すんのよ!」
 南川は消火器を取り落とし、その隙にとホームレスの三人が南川に殺到する。
 どちらかでも、すぐに助けなければ――俺は上に乗ったままの男を強引に振り払おうとする。
 だが、離れない。どうやらこの男、意識を取り戻したらしく、ぐるんと首を上げ俺の顔を間近で凝視する。そして口を開き、
「おめぇのあんるッが、すえのせいだろうがァ!」
 訳のわからない言葉を怒鳴りかけてくる。しかも、そのまま首を絞めてきた。
 呼吸ができず、血が頭に溜り破裂しそうになる。抵抗しようにもやはり力が強すぎる。
 ふと左に目をやると、南川は三人に三人に殴る蹴るの暴行を受けている。その側には、あっちに行ったりこっちに行ったりと往復すして転がる消火器。
 手を伸ばす。消火器が転がって遠のいていく。もっと、限界まで手を伸ばす。消火器がこちらに転がってくる。
 あと少しだ! ピンに指が引っかかれば、このまま上の男を殴り倒せる。そのあと で 南川を 助 ……。
 指は消火器をすり抜ける。消火器は向こうに転がっていく。
「く が……」



 聞いたことがある。
 こうした廃墟には、不良やヤクザ、ホームレスが住んでいることがあると。
 ――――東堂の悲痛な悲鳴は聞こえなくなって久しい。
 そして、彼らは迷い込んだ人に危害を加えることもあると。
 それは単なる暴力衝動であったり、臓器売買の類いであったり、人身売買であったり、怪しげな宗教であったり様々だ。
 ――――絶えず聞こえる念仏のような声が、完全なBGMとして脳に馴染んだ。
 好奇心は猫を殺す、というが。
 ――――南川の低く大きく、長い絶叫も途絶えていた。
 こんな僅かな好奇心に対してなら、少しばかり。
 ――――男が俺の顔に袋を被せてきた。
 代償が大きすぎやしないだろうか?
廃墟は今や日本の様々な場所に存在します。
そこに住んでいるのが幽霊などの非実体の存在とは限らないのです。
そこに住んでいる住人があなたに敵意を向ける存在だとしたら。
とても理解できない思考を持った者たちだとしたら。

廃墟探検の際は、くれぐれも「人間」にお気をつけください。

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