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ATTACK FROM THE UNKNOWN REGION:WONDERFUL PEOPLE#1

作者:ハゲゼビア
 事故で息子を無くし、リターン・トゥ・センダー事件で友人をも無くした元海兵隊の男、ジョージ・ランキン。春のニューヨークに出現した謎の巨大生物と、絶えて久しいニューイングランド地方のオカルト騒動。今はワンダフル・ピープル新聞社で働くジョージの視点から、これから始まる悍しい事件の前日譚を追う。
登場人物
ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
―ジェイク・ネルソン…ジョージの上司。
―ケヴィン・サイラス・モート…ジョージの同僚。

ネイバーフッズ
―Mr.グレイ/モードレッド…ネイバーフッズのリーダー。
―ホッピング・ゴリラ…ゴリラと融合して覚醒したエクステンデッド。
―Dr.エクセレント/アダム・チャールズ・バート…謎の天才科学者。
―ウォード・フィリップス…異星の魔法使いと肉体を共有する強力な魔法使い。
―キャメロン・リード…元CIA工作員。
―レイザー/デイヴィッド・ファン…強力な再生能力を持つヴァリアント。
―メタソルジャー/…ネイバーフッズの新メンバー。


1975年4月:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン

 息子が10歳で死に、彼は何もかも嫌になった。親権を得られた事だけが、あの辛い別れの経験における唯一の救いだった。この男は離婚を期に軍を辞め、そのお陰でもう外国への転勤や長期間の留守で息子を煩わせる事はないと思っていた。妻の浮気の責任は、安い小説でよく目にするような、典型的な家庭を顧みない夫である彼にもあったのだろう。まだ性的な機能は衰えていないのに、離婚に至る前はもう10ヶ月以上妻とは添い寝さえしなかったから、夫婦の円満さを思えば当然の結果だったのかも知れない。会話もぎこちなく、些細なきっかけから息子の前で喧嘩した事も度々あり、末期の別居や口汚い罵倒合戦の事を鑑みれば別れる他なかった――そうやって納得しなければ自分を保てそうになかった。頭の中では自分が悪かったという事にして、それで丸く収めたつもりだったが、それまでいた家族がいなくなったため、息子は目に見えて不安がっていた。そして彼は息子との絆を取り戻そうと必死に藻掻いたが、彼の息子は今まで様々な国々を転々としていた生活が突如終わったせいで、生活のバランスが崩れて戸惑っていた。

 無慈悲にも息子は彼の隣で死んだ。あの夜は大雨で交差点の右側からスリップして来た車は、警察によればブレーキの不調も事故原因の一つらしい。更には雨で視界が悪く、酒を飲んで信号無視をしていた悪ガキ達が視界に入ると大慌てで避けようとブレーキとハンドルを切ったが、そのまま私達の乗る車まで滑って来たのだ。タイヤ痕は歩道の上にくっきりと残っており、衝撃で失神した彼が目覚めると、最悪よりはかなりましな部類の損傷を受けた息子の死体が温い血を流して、シートベルトをしたまま座っていた。男は自分自身にはたかだかガラス片による怪我しか無い事を呪った――何故私ではなく息子が先立ってしまったのか? 衝撃で首が折れたらしく、だらんと首が傾いた息子が右半身に酷い外傷を負っていたのが見えた。衝撃で耳がまだ聴こえ辛く、右目に血が滲みて鬱陶しかった。砕けた息子の歯が血に(まみ)れてダッシュボードの上に転がっており、血が助手席にじんわりと染み付き、安売りしていたのを見かけて買った男のゴルフの車内には彼自身の無念の叫びが響き、そして同じく死亡した相手のドライバー――それ程彼に非があるとは思えなかった――の事を思えば、あの悪ガキ達こそ最大の悪に思えた。
 簡単な話だ。彼は一方的かつ躊躇いなく糾弾できる悪を求めたのだ。そしてそれに対して憎悪を向ける事で、復讐心を満たして心に負った致命傷から気を紛らわせる――ただし彼は都合よく、世の中が白と黒とに割り切れない事がままある、そんな単純明快な事実をすっかり失念していた。週に仲間内で何ポンドかのマリファナをキメていそうな、レザーの上着や攻撃的な言葉がプリントされたシャツを着たその忌々しいクソガキども――怒りが更にエスカレートしたため、脅して後遺症が残るまで殴ってやろうかと思っていたところだった――が、男のいる消毒臭い年季の入った病室に入って来て、顔をぐしゃぐしゃにしながら謝ってきたのだ。非を認めるとはつまりそういう事であり、まあどうせ大した罪にはなるまいが、それでも元々最低限だった世間体はマイナスに落ち込むだろう。奴らの目を見て、その謝罪が本物である事は認めざるを得なかった。糾弾するどころか彼は己の憎しみが縮んで消えるのを感じた。静まり返った病室で、どこかから聞こえてくるデイゲームの中継をぼんやりと耳に収めながら、彼はからからに乾いた喉で何かを言おうとした。何を言ったのかは今も思い出せなかった。だが少なくとも、振り上げた拳を下ろす先が無くなった。
 一方的に叩ける絶対悪がいなくなり、結局奴らも聖書が言う悪魔とやらに唆された哀れな犠牲者だろうと考え、彼はもう何も考えたくなくなった。あれが演技とは思えないが、結局のところそれが演技なのかどうかは関係なかった。今となっては、自分への暴力という罪を犯さずに済むにはどうすればよいのかと、希望の無い人生のこれからを考える他なかった。最低でも息子の死を忘れなければ、彼は生きる事さえ拒む事だろう。だができるだけ考えないようにする度、頭の中で次々と事故に関するあれこれが思い起こされてしまった。

 ジョージ・ランキンはまたもや辛い過去を夢に見てしまい、それら悪夢じみた記憶は彼の心を苛んでいた。テレビを点けてから髭を剃りに向かい、流れてくる音声に耳を傾けた。来週はリターン・トゥ・センダー事件の追悼式があり、参加する予定だった。同僚でありよき友人であったベリンダ・ホジソンが亡くなった事は本当に大きな痛手であり、母子家庭であった彼女の相談には何度も乗った。男女の仲ではなかなかったものの、実に親しく交流したものだから、そんな彼女の突然過ぎる死は本当に手痛いものだった――元々空っぽだった心に空っぽですらない真の無がじわっと広がるような、なんとも恐ろしい心境だった。
 葬儀には例のネイバーフッズとやらも参加しており、ふざけた仮装パーティーから抜け出して来た阿呆どもを想像していたものの、実物は相応の荘厳さを持ち、彼らは身長が何百フィートもある巨人族であるかのようにさえ見えたものだった。そして彼らは謙虚に哀悼の意を示し、不思議と薄っぺらさは感じられなかった。何故そう思えたのかはわからないが、今のところジョージは彼らにはいい印象を持っていた。小雨の墓地へと移動してベリンダの埋葬が執り行われる中、雨風にじっと耐える仏像のごとく佇むヒーロー達と、色々と工面して葬儀代は払えたものの引き取り手が見当たらぬベリンダの娘が、唯一直接の親交があった彼のズボンをぎゅっと握り締め、小雨が傘や芝生に落ちる音を伴奏にして司祭の声が最後の別れを促していた。親交のあった同僚達は悲痛さを隠そうとしていたものの、空模様と同様にどんよりとしていたものだった。彼自信もまたもや訪れた喪失感を忌まわしく思いつつ、しかし抑えられぬ悲しみに耐える他なかった。だが一番辛いのは娘のライラだろう。彼女は葬儀の間中悲愴な表情で柩を眺め、慣習上にこやかにするパートでもライラの表情につられて全員が強張っていた。少数による葬儀だったため、余計に寂しく思えたものだった。
 ジョージはライラを除けばベリンダがヴァリアントであると知る唯一の参列者――彼はそう思っていたがネイバーフッズはそれを知っていた――であり、他の参列者は彼女がヴァリアントだと知っても変わらぬ哀悼と旅立ちの見送りをしてくれるのだろうかと内心不安に思った。そんな彼の内心を反映でもしたのか、雨が先程よりも強くなった。


次週:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン、タイムズ・スクエア

 タイムズ・スクエアでは事件の追悼が行われ、ジョージもそれに参列した。式典の後に仕事へ行くのはなんとも心が重いものだった――彼はニューヨークを襲った悪夢的な事件について今も色々と考えていた。もしも友人であるベリンダの死が無ければ無関心を貫いたのだろうか。単なるジャーナリズム上の対象としてのみ考える、ありえそうな話だろう。殺人事件だとか事故だとかを取材できたのは単純にそれらが人事だったからではないだろうか。故に己と繋がりのある事件というものに直面して、彼は空いた時間にぼんやりとする事が増えた。友人の死は彼が忘れようとしていた息子の死を無理矢理に思い出させて、それについて考え、そして苦しむがよいと言い放っているかのよういでさえあった。
 ある日などは朝まで飲んで忘れられるかと思って飲み明かしたが、吐いた後に見た鏡に映った己の疲れ切った酷い表情の顔を見るや、それと共通点の多い彼の息子の顔が脳裡に浮かんだ。鏡を素手で叩き割ってその場を離れ、ベッドに丸まって目を閉じたが、暗闇の中でぼんやりと浮かんだ彼の息子の折れた首が気怠げに向き直り、右半分が血塗れのその表情は批難を表していた。絶叫してベッドから転がり落ち、隣人が怒鳴りながら壁を叩くのがぼんやりとジョージの耳に届いた。出血でじんじんと痛む右手の指が何かの慰めになるかと思ったが、それはただ単に痛い以外には何も(もたら)す事なく、悪態を()きながら無意味な八当たりで怪我した事を後悔した。むしゃくしゃして自分が今どうなっているのかさえよくわからず、とにかく何もかも嫌だったがそれでも仕事に行った。
 そしてその後日こうして晴れ空の下でタイムズ・スクエアの追悼に集まった人だかりに混ざり、式典で他の見ず知らずの人々と時間を共有していると、何か特別なものが感じられる気がした。彼は正直言って期待などしていなかった――たかがこんな式典などで慰めが得られるとは期待していなかったが、しかしてかくも高密度に集まった数百数千の人々を眺めると、彼らもまたここで亡くなった誰かと親しかったのではないかと思えた。すなわち、苦しみを味わったのは彼だけでなく、他にも大勢の人々が同様の地獄を味わったのだろう。隣を見ると美しい黒人の女性がまだ7歳程の少女を軽く抱き寄せるようにして立っていた。運命の残酷さを思えば、彼女達の一家に何があったのかなどは考えたくもなかった。
 変な話だが、ジョージは己のみが苦しんでいるわけではないと悟った事で、少しだけ気が楽になったのを感じた。
 ネイバーフッズのスピーチや発表が終わり、それから5分経ったところで式は終了し、人々は警官の群衆整理などを受けながらその場を離れ始めた。見ればまだあの6人の巨人とその新たな同志はまだ壇上の近くにおり、人々の様子やここで起きた破壊の爪痕を眺めていたらしかった。ジョージは思い切って彼らに近付いた。人々の間を苦労しながら近付き、あと少しというところででき物の跡が顔に残っている太った警官に制止されたが、ヴェトナム系青年のデイヴィッド・ファンが彼に気が付き、あの葬儀の時に同席した人物だと口添えしてくれ、通してくれた。だがレイザーと名乗るデイヴィッドの立ち振る舞いやさり気なくジョージの背中に手を回して通してくれた時の動きなどには、彼が紛れもなく恐るべき近接戦闘能力を持っているであろう事の片鱗が感じられ、ある種の恐ろしさを感じたものだった。
 改めてこのヒーロー達と対面し、ジョージは緊張して口を噤んだ。
「先日お会いしましたね。お悔やみ申し上げます。お名前は…」
 彼らのリーダーである(いにしえ)の騎士モードレッドは、お高い雰囲気も見せず丁寧な態度でジョージを出迎えてくれた。他のメンバーも穏やかな目をしていた。
「ジョージ・ランキンです。ご存知かも知れませんが、先日亡くなったベリンダ・ホジソンは私の友人でした」
 すると他のメンバーも口々に哀悼や何かの祈りのような言葉を口にし、ジョージを気遣ってくれた。なるほど確かに、彼らネイバーフッズは傲慢に取り締まる政府の犬などではなく、自称通りに隣人的なヒーローなのかも知れない。特にあのゴリラの姿をした男と緑のコスチュームを纏った軍人めいた装いの男は、人並み以上に故人を惜しんでいる風にさえ見えたものだった。
「お気遣いに感謝します。ところでメタソルジャーこと、ウォルコットさんにお話があって来たのですが」
「私に?」
 その超人兵士は意外そうに首を傾げた。つい先程会見でデビューしたこのネイバーフッズの新メンバーは、何があったのだろうかと注意深くジョージを値踏みしていた。
「ええと、それ程大した事ではないのですが」大柄なケイン・ウォルコットにこうして観察されるのは、どうにも身が竦むものだった。「以前海兵隊に勤めておりまして。ドイツであなたを見かけたのですが、多分覚えてはいないでしょう。雑多な思い出の一つでしょうし」
 ケインは思い出すように考え込んだが、暫くしてから何か晴れたような顔をして答えた。
「思い出しました。もしかして一緒にトランプをやりませんでしたか? 確か…階級は少佐だったと記憶していますが」
「覚えていてくれましたか…ここ最近は辛い事ばかりでしたが、あなたと再会できた事で少し落ち着けました」
「それは光栄です。ヒーローとして活動するにあたって、早くもそうした声が聞けるのは嬉しい限りです」
 ジョージはふとレイザーの方を見た。ヴェトナム系の青年がネイバーフッズにいる事は先月の会見や葬儀を通してわかっていたつもりだったが、改めて対面するとどこか複雑な気分だった。彼自身はヴェトナムには行っていないにも関わらず、心境は単純なものではなかった。そして更に付け加えると、実際にヴェトナムへ行っていたケインとヴェトナム系のレイザーが並んでいるのは、さぞ皮肉な光景に見えたものだった。ケインは金髪碧眼の長身で立派な体躯を誇るアングロサクソンの元退役軍人という、一昔前の――あるいは今なお――理想的な男性像であるため、尚更だった。
 その視線に気が付いたレイザーは、持ち前のドライさでスルーするつもりだったが、さすがに溜め息を吐いてこう切り出した。
「一ついいかな?」するとジョージがはっとした。「俺はアメリカ人で、それ以上でもそれ以下でもない。ヴァリアントでもあるけどな」
 彼はそう言い放ち、ジョージは自分の中にあった無意識の偏見に気付かされた。なんとなく反発心で腹が立ったが、悪いのは自分だったためぐっと堪え、非を認めようと努めた。思えば彼の周りには白人ばかりだったし、イタリア系やアイルランド系、スペイン系などもいなかった。ベリンダがヴァリアントである事を意識した事は、彼女に難が及ばないかと考えていた時のみで、日常ではほとんど意識しなかった。なればもし、ベリンダが後戻りできない変異で蜥蜴や毛むくじゃらの姿になっていたとしても、己は彼女との交友を続けられたのか? その自信は無かった。
「まあ、そう気にしなさんな。実際さ、俺がもしヴェトナムで生まれ育ってたら、白人やその他を気味悪がったかも知れない。俺がもしヴァリアントじゃなけりゃ、ヴァリアントを気味悪がったかも知れない。それだけの事だ」
 このクールな青年は、自分がマイノリティである事にそれ程頓着していない風であった。だが実際、彼もまた今までマイノリティであるが故に嫌な思いはしてきたはずだった――セントラル・パークの会見のように。
「私はただの貧乏で身寄りのない死に損ないのドロップアウト野郎です。だがデイヴィッドの凛とした姿を見ていると、私も負けられない、私もまだまだやれると思えるようになった。若い者にはまだまだ負けられない」
 新たな友であるレイザーを見やり、ケインは己の考えをジョージに伝えた。
「そういうが、まだあんたはそっちの若い爺さんよりは歳下だと思うぜ」
 レイザーがそう言うと、リードがにやにやし、『若い爺さん』も苦笑して答えた。
「一番年長なのはズカウバだろうな」
 すると尋常ならざる異界的な声が響いた。
『我とて永遠なるロキや妖艶なる白蛆の魔王ルリム・シャイコース程の古ぶしき実体ではないがな』
 ジョージはその凄まじい声に驚いたが、これこそがネイバーフッズの会見で発表されていた異星の生物の声だと悟った。そうやって相手の事を知ると、その異界的な声もどこか親しみのあるものに思えた。そしてジョージは先程のケインの発言が心に残っていた。『若い者には負けられない』とケインは言った――先程の、ネイバーフッズ二度目の会見でケインが行なったデビューのスピーチと発表が事実なれば、彼は何十年も眠ったままだった。そしてそんなケインの言う『若い者』が、ジョージには自分にも向けられている気がした。ならば上等だった。最低の連続たる人生なれど、これから再スタートを切ってやろうではないか。
「皆さんとお会いできてよかった。私も結構不幸な方だと自負していますが、それは私だけじゃない。皆さんの活力にも負けないよう、これからを生きて行こうと思います」


数時間後:ワンダフル・ピープル本社

 勢いでそう言い切ってしまったが、妻と別れ息子と友を喪った事実に変わりはなかった。それを思うと再び陰鬱な気分が立ち込めてきた。故にオフィスに帰って来たばかりの彼は力一杯に笑い飛ばした。広いオフィスで書類や電話とにらめっこしていた同僚達が一斉に彼の方を振り向き、上司のネルソンは遂に狂ったのかとでも言いたげに睨め付けた。一頻り笑い切ると、ジョージは数言で自分のここ最近続いた不幸をジョークにして笑ったところだと簡潔に弁明すると、何事もなかったかのようにネルソンの所へ行った。
「ランキン、心が傷付いたなら遠慮はするなよ」
 ネルソンは黒い埃っぽい電話を人差し指でとんとんと叩いた。ネルソンの太った体と力強い目付きには威圧感があったが、軍上がりのジョージは全く臆しなかった――立ち直るまでは遠慮していたが、今では何も気後れはしていない。
「大丈夫ですよ、ボス。さっき気持ちに一段落付けました。何か歯応えのありそうな仕事はありませんか?」
「そりゃ、幾らでもあるだろうが――」
「ボス、不味い事になりましたよ!」
 ネルソンの言葉を遮って部下の一人が叫んだ。ネルソンは溜め息混じりに問い正した。
「ええい、どうかしたのか?」
 椅子でふんぞり返ってネルソンは怒鳴った。ネルソンの言葉を遮った張本人のモートは少し怯みながら答えた。
「イースト・リバーの上空に巨大な何かが浮かんでるって大騒ぎになってますよ!」
「何かとは?」
「ええと、それはまだ…」
「お前は自分の目で確認すらしていない事を俺に報告したのか。まあいい、そいつが本当に馬鹿デカくて場所がイースト・リバーならここから見えるだろう」

 社員が何十人か屋上に上がった。オフィスビルの屋上からはこの壮麗なる世界都市を一望できたが、海峡の上空に浮かんでいる実体を目にするや、全員が硬直して何も言えなかった。空間を引き裂いてずるりとはみ出たそれは、赤黒い色のせいもあって摘出されたばかりの臓器に見えた。どくどくと脈動しており巨大な心臓のようでもあった。暫く眺めているとその表面に無数の目が出現した――瞼が一斉に開いたのだ。
「驚いた」
 ネルソンの口から火のついていない煙草が落ちた。
 それら無数の目は赤く名状しがたい紋様の瞳を持ち、ルビーのごとき輝きと奥深さを持っていた。その肉塊の全体像は恐ろしくも、まるで空に果てがないようにどこまでも美しかった。恐らく普段は天空の玉座に腰掛け、下界を眺めているのだろう。神々しい様は万神殿(パンテオン)でも重要な位置を占めている事が窺え、計り知れぬ程の深みを持つ深海のような、想像とてできぬ知性に溢れ、優れた頭脳を持つ学者や金融業の人々は頭上を見上げて恍惚の表情を浮かべた。ヴァリアントだろうがなんだろうが、この美の前では分け隔てなかった――なんたる皮肉であろうか。この実体の持つ美は、恐らく人間の手では再現できぬように思われた。蒼古たる黄金期のアトランティスの都市とて、ここまで美しくはあるまい。下手すれば人の手によるものならぬ、偉大なるドラゴンのクトゥルー自ら建設した、かの神と人々が共存していた異界的な作りの燦然たるルリエーの摩天楼でさえ、遠く及ばぬかも知れなかった。
「おいランキン、お前のリハビリにちょうどいい仕事だぞ」
「リハビリなんて必要ありませんよ。私はやるだけです」
 彼らの声はどこか上の空で、とても空虚に聞こえた。
「とにかく、あのどっか遠いところから来たと思わしき神だか天使だかについて徹底的に調べろ。どう調べるかはお前が決めろ」


30分後:ニューヨーク州、マンハッタン、ニューヨーク公共図書館

 とは言えどのように調べるべきかで迷い、途方に暮れたものだった。勢いで飛び出して来たが本社ビルの資料を見漁ってもよかっただろうか? だが海兵隊にいた頃に世界中を赴任して来たためか、ジョージは外に飛び出して自分の足で色々な所へ行くやり方を好んだ。ひとまず公共図書館で調べる事に決め、立派なアメリカン・ルネサンスの正面玄関を潜って中へと入り、立ち並ぶ本棚の間へと侵入した。
 暖色の図書館は窓から陽光を採り入れて暖かい雰囲気が漂い、立ち並んだ机にはほとんど人がいなかった――外では警察や軍がごたごたとしている。ジョージはまず新聞をざっと流し読みしとうと思い立ち、10分程度突っ走るように何号も読んだが、何年の何日の新聞を読むべきなのかと思い悩み、元あったところへと戻した。速読に自身はあるものの、あまりに膨大過ぎる。先程座った席に戻ってメモ帳を鞄から取り出すと、ペンを握って渋い顔をした。考えるよりも行動する癖があったが、こうして時々立ち止まるのも好きだった。脳裡にあの肉塊じみた脈動するいずこかの神格の姿が浮かび、恍惚の表情を浮かべぬよう歯噛みした。ひとまずあの神の姿を頭から追い出した。

 彼は神話や魔術に関する本を持って来た。アステカやイロコイ連邦の神話、それにニューイングランド地方周辺やニューヨーク周辺のオカルトに関連する本、そして『リヴァイアサンへの回帰』なる怪しげな英語写本を机に置いた。しかしジョージは今までこうした分野とは無縁であるため、その内容も眉唾に思えた――だが少なくとも未来からの来訪者は存在した。なればこうしたオカルト分野に関しても、ただのまやかしとは言い切れないのではないかと思えた。これがもし世界的に認知されているエクステンデッドやヴァリアント程度の『非日常』しか存在しないとすれば、ジョージは魔術的なものの実在など信じられなかっただろう。そしてウォード・フィリップスやMr.グレイもまた、実在しているのだ。かくなれば所謂プラグマティズムに関して考え直す必要があるかも知れない。どこからどこまでが抽象でどこからどこまでが具象か。ジョージの葛藤を見透かすように、セイレムの魔女裁判について纏めた本には『幻は現実であり、現実は幻である。より高次の次元ではこれら二者は一括りにできたり、入れ替わる事もあるのだ。例えば〈深淵〉(アビス)では現実こそが幻であり、幻こそが現実に該当する』と書かれていた。

 ジョージは本を読みながら琴線に触れる部分があればそれをメモに取った。インディアンの神話をいくつか調べると、イサカという神格ないしは人喰いの名が度々出てくる事に気が付いた。解説によるとイサカはウェンディゴという別名でも呼ばれるらしい。ウェンディゴという名前、及びイサカー(Isakwah)やイタクワ(Itaquwa)などの類似した名前は複数の部族の神話に跨って登場する。他にもオサダゴワーなる謎の名称も度々登場したが、しかし更に多くの資料を当たってみるとセネカ族からナヴァホ族まで広範な部族の神話や伝承に登場するイサカ程ではなかった。仮にウェンディゴやウィンディゴ(Windigo)などとは書かれていないそれら資料にも、大抵はイサカに類似した名が登場した。
 一旦冷静になって、本当にこのイサカなる実体――あの浮かんでいる肉塊とは違いまだ実在を確認していない――は今回の取材で重要な位置を占めているのかどうかと悩んだ。ジョージがイサカに引き寄せられたのは単純な話で、その別名であるウェンディゴという名はブラックウッドだったかマッケンだったか、彼が昔友人から借りた小説で目にしたものだったからだ。包括的に先住民の神話を取り扱う本には、イサカが何らかの暗喩か部族同士の古い交流の名残りではないかと推測していたが、本当にそれだけなのだろうか? ただの直感的なものだが、たまたま見付けたこのイサカという伝承は、何か重要な意味を持っている気さえした。
 そして次に彼は『リヴァイアサンへの回帰』という稀覯本に目を通した。英語版の写本らしいが例によってけばけばしい装飾で飾り立てられたそれは紺色の革表紙を持ち、それぞれの角とその中央部には銀色の金属細工が配置されていた。手触りや劣化具合からするにこの手の本としては比較的新しい、製本から100年かそこらのものらしかった。中を開くと黄変した羊皮紙のページから仄かに黴の匂いがして気分が悪くなったが、なんとか我慢して読み進めるとその内容は魔法の使い手達が見聞してきた知識を纏めたものだとわかった。リヴァイアサンといえば巨大な体を持つ伝説の生き物だが、この本におけるリヴァイアサンはもっと別のものを指しているように思えた。読み進めると遂にリヴァイアサンについての記述も見付かったが、その姿は巨人じみた恐ろしい(かお)を持ち、まるで八腕類じみた太い触腕を生やしていた。だがその姿はどの挿し絵でも全体像が描かれておらず、まるで空間からずるりと這い出しているように見えた――まるであの中に浮かぶ恐ろしくも美しい肉塊がごとく。ぺらぺらとページを捲って確認すると、あるページのリヴァイアサンの挿し絵には『彼らは恐ろしいまでに美しい』と書かれていた。思えばあの肉塊とて美しいと認識してしまうのは異様な話ではないか。本当ならばあれは摘出された臓器にしか見えないはずが、何故ああも美しいと思えてしまうのか。そしてこの『リヴァイアサンへの回帰』で紹介されているリヴァイアサンの特徴も、恐ろしさと美しさとが同居するものであった。果たしてこれらには何かの鼻持ちならぬグロテスクな関連性があるとでもいうのか? 細部は違えど、空間を割って這い出る触腕の生えた実体という点では似ているとも言える。そして少なくとも、挿し絵を描いた人間の能力の限界故にリヴァイアサンがただの不気味な怪物にしか見えない可能性もある――それに実物が存在すればの話だが。202ページからはリヴァイアサンの性質が解説されており、それらはあたかも本物のリヴァイアサンと対面した事があるかのごとく、不気味な生々しさと説得力とを兼ね備えていた。226ページからは主なリヴァイアサンの紹介が掲載されていた――どうやらこの本で使われるリヴァイアサンとは単一の個体ではなく種族の名らしかった。〈萎れた水平線〉ブライテッド・ホライゾン〈荒れ果てゆく神話〉(ルイニング・ミス)〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズなど、なんとも物々しいがどこか支離滅裂な感じのする名前が並び、不格好な印象を受けた。
 沈黙が支配する図書館の中でジョージは無謀にも居座り続ける一人であった。他にはフランスの服で固めた老婦人や白髪混じりで黒い髪の40代の男性が、落ち着き払った様子で席に座っていた。あの美しい肉塊が何か危害を加えぬとは限らないが、上司の命を受けて逃げもせずこうして黙々と調査に打ち込んでいる。しかし不思議と陰鬱な気持ちにはならないものだった。なべては狂人が書き連ねた文言の羅列やも知れぬなれど、しかして徐々にだが無駄であるとは今や思えなくなり始めた。ここまで来たらあとは突っ走る他ないと考え、そういえば映画や小説の主人公もかようにして思い切りがあるなと内心笑った。

 重要と思われる点――すなわちイサカとリヴァイアサン――についてメモを取ると、ジョージは図書館を出た。イースト・リバー沿岸に向かうと人集りができて道が埋め尽くされ、市警や軍人がかなりの数いるようだった。警察は拡声器で退避を呼び掛けていたが、民衆はあまり聞いている風でもなかった。そして海峡の上空には慄然たる肉塊がその美しさを纏ったまま(げき)として佇んでいるのが見えた。触腕は風に揺られる枝のようにゆらゆらと揺れているが、よく見るとその無数の目は同じ方向を凝視している事に気が付いた。あまりの美しさ故に気力を振り絞ってメモを取るまでに何分もかかり、彼もまた群衆の中に混ざって恍惚していた。
「『ワンダフル・ピープル』の者です。今どういう状況ですか?」
 髭を生やした痩せ気味の警官にジョージは尋ねたが、彼は引き返して下さいと叫ぶばかりで駄目だった。他に何人か当たり、州兵の兵士から何とか話を聞き出せた。
「さっきヘリで近付いたり呼び掛けも行なったがびくともしなかった。この後ネイバーフッズも呼び掛けに行くと聞いたが…俺から言えるのはそれだけだ、早くあっちに行け!」
 ありがとうと礼を言ってジョージは立ち去った。退役軍人だと話すと先程の州兵は態度が一変した。使える手かも知れない。


1時間後:ワンダフル・ピープル本社ビル

「ふん、それでそのイサカだとかリヴァイアサンだとかの他には? もっと使えるネタはないのか?」
 ネルソンは机の上に載せている『アダム・ストレンジ』のTPBを中指でこつこつと叩きながら、ジョージの報告を受けていた。こういう威圧感のある上司は、軍にいたジョージにとっては逆に接し易く感じた――もちろん軍にいた誰もがそう感じるわけではない。
 ジョージはネイバーフッズが出動予定である事など州兵から聞き出した事を話し、そして最後に付け加えた。
「それとあの奇妙な巨大生物の目ですが…」
「お前はあれを直視してまともでいられたのか? 驚いた」
「うっとりとしてしまって大変でした。まるで高校のダンスパーティーみたいに。とにかく、あれの目はどうやら同じ方角を見ているようですが、視線を辿ってもそっちはマンハッタンの中心方向の上空というだけで、一体あれが何を凝視しているのかはさっぱりです」
「お前の講釈はともかく、使えそうなネタはあるみたいだな。よくやった」
「ありがとうございます、ボス」
 そして振り返って席を離れようとしたが、そこで彼はネルソンに引き留められた。
「お前に頼みがある。あの謎のデカブツに関しちゃ実際何もわかっちゃいない。大方未来か、そうでもなければどこか宇宙の彼方からやって来たんだろうがな。いずれにしてもライバル紙よりもあいつについて知らねばならん。そこでお前を暫くこの件で掛かりっきりにしたい」
 ジョージは少し考えてから答えた。外はそろそろ斜陽だろうか。
「構いませんが人手は大丈夫ですか?」
「問題ない、やるんだ」
 それっきりだった。

「モート、少しいいか?」
「なんだい?」
 ジョージはモートの机に立ち寄った。それから今日あった事を説明し、明日からまずどのように取材しようかと相談した。モートの方がこの仕事は長く、ジョージは度々彼の世話になった。もちろんベリンダにも。
「君の取ったメモが事実ならひとまず東海岸北東辺りの部族にまず話を聞くのがいいんじゃないか? 彼らもすぐにあのでっかいミートボールの事を知るだろうし、それにそのイサカだったっけ? そいつが色んな部族の伝承に出てくるなら多分何か知ってると思うよ」
「なるほど…確かに考えてみればそうだな。ありがとう、私は癖で突っ走ってしまうからな。助かったよ」
「ああ、多分君以外のボスの部下も度々この件に関わるだろうから、みんなで一発特ダネを出そう。ベリンダのために」
 ジョージはモートの肩に手を置いて頷いた。
「ああ、ベリンダのために」

 その夜ジョージは妙な夢を見た。夢の中で彼は何故かアメリカの小学校にいた。生徒が行き交っている。彼は生徒の顔や学校の内装から息子が最後に通っていた小学校との共通点を探したが、何も共通点は無かった。どこの学校だろうか? 生徒の訛りから場所を割り出そうとしたが、生徒や教員の声はぼんやりと霞んでいるように聴こえ、よくわからなかった。彼らはジョージの存在に気が付いていないのか、誰もジョージの方を見ずに廊下を行き交っている。次の授業は何だろうか? 楽しそうに笑ったり、ふざけて教員に注意を受けている微笑ましい光景を見ていると、本当は今頃息子もここにいたんだろうかと考えずにはいられなかった。彼はその後襲い掛かるであろう後悔と悲しみに備えた――しかしただひたすら、自分が不器用に息子と接していた最後の数ヶ月が思い出されるのみであった。
 ふと気が付くと人気が消えていた。得体の知れぬ不気味さを感じ、ジョージは周囲を見渡した。するうちじんわりと、しかし明らかに異様な速さで建物の内部が朽ちていった。まるで長い年月が経つダイジェストでも見ているような速さで。生徒達の活気が急速に失われ、彼らが残した明るいテーマの絵や教室内のアメリカ地図など、多くのものが朽ち果てた。教室のドアはがたんと外れ、黒板の表面を虫が履い、そして塗料がぺらぺらと剥がれて金属の部品はグロテスクに錆びていった。ただそれだけの事なのに、何故うっすらと恐怖を感じるのだろうか? やがて無法者やジャンキーさえ疎らになり、最後の一片の活気さえも掻き消えたその時、闇の帷が垂れ込め、闃として静まり返った。


翌日:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン、レキシントン街周辺

 翌日の午前中、ホテルの一室にジョージはいた。というのも自称セネカ族の血を引くという男に、昨日会社から出たところを呼び止められたのだ。そしてここに来いと言われた。一目でジョージが『ワンダフル・ピープル』の記者だとわかったらしく、そういえば昨日図書館にこのような白髪混じりの黒い髪の男がいた。
 ジョージが何を調べていたのかは大体わかったらしく、記者という事で接触して来たらしい。
「それで何を教えてくれるんですか?」
「お前さんが知りたい事次第だな」
「ではまず。あの空に浮かぶ肉塊の正体がわかりますか?」
 部屋の窓からはちょうどあの赤黒い肉塊が見えた。遠目からでもまじまじと見てしまえばあれに心を奪われてしまう。実際ニューヨークではあの正体不明の肉塊の美しさに見惚れて発生した事故が昨日あったと今朝のニュースでやっていた。
「あれの正体はわからん。しかしお前さんが『リヴァイアサンへの回帰』を読んでいたように、私もリヴァイアサンとの関連性を感じた」
 この男はジョージを事細かに観察していたようだ。
「リヴァイアサンとはなんなんですか?」
「大体はお前さんが調べた通りだろう。あの資料から重要な箇所を抜粋したはずだ。ま、古来よりの悪魔の一族で、それぞれが己の次元を持つ強大な実体達だ。好みは知的生命体の魂で、奴らは契約を持ち掛けてそれを報酬にする」
「はぁ…」
 話が飛躍したがメモしておいた。
「じゃあイサカについては? イタクワやウェンディゴと言うべきでしょうか」
 すると自称セネカ族の血を引く男は硬直した。額には薄っすらと汗をかいている。
「どうかしましたか?」
「我らはそれを鎮めるための儀式は行なうが、決してその偶像や絵画は残さぬ」
「何故ですか?」
「それ程までに慄然たる実体であるからだ。〈混沌の帝達〉エンペラーズ・オブ・カオスに列するあの神霊は、コントロール不能の自然現象そのものなのだ」
「イサカは今回の件に関係あるでしょうか? 私はなんとなく目に留まって調べてみたのですが」
「それは断言できん。あるいは無駄足やも…だがこれだけは覚えておけ、あの実体には気を付けろ。とりあえず風のイサカを祀るやり方だけでも教えておこう。これからもこうした曖昧模糊な領域について調べるつもりなら行く先々で見かけるものの中に、イサカと関連するものがある事も考えられる。絶対ではないがな」


数週間後:マサチューセッツ州、ボストン

 それから続く数週間は暗澹たる尋常ならざる事件が連続で起きた。恐るべき事に、ニューイングランドで絶えて久しい魔女集会じみたグロテスクな装いの儀式が野山で開かれ、最初の事件では犠牲者も出てしまった――呪われるべき古代の黒魔術が跋扈するなど、なんと魂を凍えさせる怪事件であろうか。最初は犠牲者の死体がもっと視覚的には明確に恐ろしいものだと考えていた。首を切り落とされて、胴体は饗宴に使われているだとか、全身を綺麗に腑分けされているだとか、心臓を生け贄として抉り出されているだとか、そうした安いホラー映画で見かけるような類を覚悟していた。だが特別に警察から見せてもらったその遺体は、そうした陳腐な予想とは全く別の方向性であり、写真を見た時は思わず言葉を喪った――あの霜が降り色の変色した死体を強いて言い表すならば凍死体としか言いようが無かったが、この時期は霜だらけで凍死する程は寒くなかった。
 ジョージはそれらの事件についても取材で現地を訪れた。彼は電話でネルソンに、未だに浮かぶ海峡上空の肉塊とこの連続怪事件には必ず関連があると伝え、ネルソンの方も『いずれにしてもあのデカいミートボールに影響を受けた馬鹿はアメリカに少なからずいるだろうな』と答え、更なる調査取材をジョージに命じた。
 ジョージは3件目の事件が起きた時点で思い切ってネイバーフッズのウォード・フィリップスと接触した――ウォードは機密に接触しない限りは可能なだけの情報を流すと約束してくれた。ウォードはついでにアメリカ政府のこの件に対応している諜報機関員の連絡先も教えてくれた。

 この間にも彼は夜眠るとあの不気味な学校の夢を見ていた。やはり息子の死とは無関係に思えた。精神科医の世話になろうかと思ったが、他にやる事や考える事が山積みでその気にはなれない。
 日中の間は、まだあの廃校も見られたものだったが、夢の中では忌まわしい事に夜も訪れた。外では風が厭わしい声をあげており、それがただの風なのか何かの超常現象なのかは判断がつかなかった。かつては立派なトロフィーが展示されていた場所には割れたガラスと色褪せた金の残骸が転がり、廊下は誰がやったのか積み重なった机や何かの機材で塞がっている箇所もあった。金属のフェンスは折れ曲がったり錆びて溶けたりしていた。ここにかつては子供達がいた事など、今の姿からは想像もできない。
 そもそもこの夢は一体なんなのか? この学校とその荒廃は史実なのか? それとも生活から親しい者達が消え、邪悪極まる仄暗い儀式について調べていた事で心が生み出した、何かの奔放な幻想なのか?
 荒れた真っ暗な校内を歩いていると、床板が嫌な音を立て、積み重なった紙や布切れを踏むと誰か別の人物が立てた足音のように聴こえ、遂に気が狂ったかと自分でも嫌になってきた。積み重なった机の向こう、隙間から見える廊下の奥で、一瞬だけ白い煙のようなものが見えた。そちらから厭わしい冷風が吹くのを感じると、ジョージはいよいよわけがわからなくなってきたのを感じて覚悟を決めたが、気が付くとその煙はもう見えなくなっていた。教室内を通ってその向こう側へと出てみたが、やはり何もいなかった。だがその煙がいた辺りの壁に触れてみると、何やら異様に冷え冷えとして、慌てて手を引っ込めた。
 そのような夢を、彼は何度も見た。

 ジョージは3件の事件が数日から一週間前後おきに発生してきた事を鑑みた。まだ件数が少な過ぎて法則性を割り出せない。彼はボストンの安ホテルの一室であれこれと考えた。とりあえず今わかっているのは、3件の邪教的儀式が全てマサチューセッツで起きているという事だ。およそ8マイル圏内だ。そして事件の概要を見るに、最初の事件と次の事件では人間の生け贄が1、動物の生け贄も1だった。だが3件目の事件では動物の生け贄が5に増えていた。何故増えたのか? これらの事件が繋がっている事は、どの事件でも2つの祭壇が用意されていた事から見て明らかだ。
 増えた理由を30分程度考えていたが全くわからず、ジョージは嫌になってテレビを点けた。茶色い作りのテレビは画面にニュース番組を流していた。こうしてホテルの一室でやむなく立ち止まり過ぎている事に悶々としながら暫く見ていると、ボストンのあるレストランが経営転換で食器を高級なものから安物に変えた話を紹介していた。
『どうせ割れるなら安くて補填し易い方がいい。それに結局のところ、一番重要なのはいかに高い皿かではなくいかに美味しい味であるかでしょう』
 経営者のインタビューを聞くうちにジョージはパズルのピースが正しい場所に収まってゆく感覚を覚えた。徐々にだが何かが見えて来た。1分後、彼は部屋を飛び出して例の政府機関とやらの連絡員にロビーから電話し、自身はタクシーを拾って街から飛び出した。
 今回はどうしても提出が間に合わず、前半部分しか投稿できなかった事に関してお詫びを。この続きは今回のホラー企画とは別の部分で完結させます。

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