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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

熊よ!熊よ!

作者:冴吹稔
昔書きかけた小説の設定を流用した一発ネタです。

残酷グロテスクな描写がありますのでどうか苦手な方はブラウザバックでお願いします。洒落とかパロディを解される方はどうぞ。
 
 アルミ・ロビンソンは緩慢に死につつあった。

 最大の原因は、現在のこの状況に陥る直前に着用した作業用のパワーアシスト気密服が損傷して、重合有機金属と有機塩素化合物からなる猛毒の廃液が右足から徐々に全身を侵食しつつあることだ。
 スーツに組み込まれた代謝速度可変システムが、脳や重要器官へ致命的な毒物が到達することを辛うじて遅らせてはいる。だが決定的な瞬間は遠からず訪れるだろう。

(ツイてなかったなあ)
長く引き伸ばされた緩慢な主観時間の中、アルミはぼんやりとする頭で思考していた。
(タイミングがわるかったんだ。ハイキブツコンテナの密ぷうタイミング直前に、作業ラインからテンラクしちゃうなんて)

 アルミが捕らわれその人生の最後の時間をすごすこの巨大な牢獄は、外惑星連合が擁する居住ステーション、「木星3003」の工業ブロックから吐き出された廃棄物コンテナだった。
 外惑星連合と内惑星統合政府はもう30年もの間、太陽系内を二分して資源の収奪と拠点の破壊を基本とする不毛な小競り合いを繰り返している。
 木星3003に併設されたかつての内惑星系むけマスドライバー「オオヤマ」は、現在では重力井戸の底で安穏と暮らす地球在住者に、外惑星の有毒廃棄物を質量兵器としてたたきつける、大量破壊兵器として機能を続けていた。居住ステーションから運び出された廃棄物はこの「オオヤマ」によって加速され、太陽系中心部へ向かう長楕円軌道に乗せられる。
 無論、コンテナの多くは地球に衝突することなく太陽の重力に捕らえられてその表面へと落下し、燃え尽きるのだが、まれに地表に落下するそれは大都市を丸ごと灰燼に帰し、数千年オーダーで生物の生息を不可能にする。

 外惑星連合の居住ステーションは苛酷な格差社会で、アルミのような低学歴低所得の若年労働者が一人二人消えたところで何の詮議もされない。
 居住空間と資源には限りがあり、生まれてくる赤ん坊はつねに部屋が空くのを待っているのだ。
 勤め先のエルンスト清掃公社は半官半民の企業だがとかく悪い噂が多かった。たとえばそう、労働効率の悪いものを日常業務の中で作為的に処理するノルマを課されている、といったものだ。
(あたし、消されちゃったのかな)
 アルミの出来のよろしくないおつむでは考えてもわからなかった。少なくとも落ちたのは自分の不注意だし、作業服が破れて廃液の浸入を許してしまったのは本当に不幸な事故だ。

(でも、通信機で呼びかけてもキュウメイ信号をコールしても、だれも密ぷうプロセスを止めてたすけちゃくれなかったよ)
 廃液はとっくに絶縁気密インナーの内側まで浸透し、下半身の皮膚や粘膜をぴりぴりと侵している。先ほどから時々吐き気がするからもう長くは持たないだろう。それに廃液のなかに半ば浮いた状態で低減されているが、コンテナ全体にはすでにかなりの加速がかかっているのがわかる。
(死んじゃうんだな、あたし。こんな毒まみれのバケツの中でだれにも知られず。毒で死んだ後で太陽ヒョウメンかタイキケンに突っ込んで燃えちゃうんだな)

(恋とか、してみたかった――)
気密服のヘルメットの内側で、もはや闇しか映さない眼に涙があふれる。畜生。あいつら。私を――あんなヌルヌルの汚染水でぬれたデッキで――命綱もなしに。
考えれば考えるほど自分がぼろ雑巾のように摘み上げられて捨てられたのだと言う思いがつのる。
 思い知らせてやりたい。

 復讐してやりたい。

 クソみたいなステーションと公社をぶっ飛ばしてやりたい――

 17歳の誕生日を迎えて間もない少女の意識は、そこで途切れた。虚空の中で巨大な機械の腕が、彼女の牢獄を優しく抱きとめたことを知る由もなく。





 意識が再び目覚めたとき、彼女には体の感覚が無かった。ただ画素数の足りない機械的なものに置き換えられた視覚と、奇妙に変調した聴覚。それだけ。

「どうやら意識が戻ったようだな。君のコンテナを捕捉、回収するには、うちの命知らずどもも随分と技術的挑戦と無茶を余儀なくされたようだが、まずはめでたしだ。気分はどうかね?」
知的だが何処か偏執狂的な響きを帯びた男の声がアルミの聴覚中枢に直接入力された。
「ココハ――?」
合成音声が室内に響き渡る。変な声だ、とアルミは意識だけで苦笑いした。
「火星だ。内惑星統合軍の第12機甲師団駐屯地。君を収容したのは第三軌道砲兵中隊の輸送艦、ヴィクトリクス号のチームだ。普通、廃棄物コンテナは軌道を確認して破砕するか、太陽へ落ちるのを傍観するんだが……救命信号を発信していると知ったとたん、そりゃあ眼の色を変えてね」
「アリガトウ」
「礼を言われるとこっちが恐縮するな。実のところ君の肉体はほぼ完膚なきまでに汚染されていてね。脳と神経系の一部、それに生殖腺の一部を救い出すのが精一杯だった。本当なら全能細胞による全身再生処置を施してあげたいんだが、生憎この基地には設備と資材が足りない。軍属でない君の場合、費用の問題もある……」
「アタシ、ドウナルンデスカ?」
「しばらく義体――つまりサイボーグのボディに入って生活してもらうことになるだろう。で、選択肢があるんだが」
男はカーニバルの露店でくじを売る売人のように、芝居がかった調子で彼女に問いかけた。

「慰安用セクサロイドを改修した義体と、特殊強襲部隊用の重戦闘義体がある。どっちにするかね。もちろん、それぞれのボディの機能を活用して収入を得られれば、将来的には再生されたきれいな体に戻れる」
「ジャア、重戦闘義体デ」
「予想に反するな。興味深い。参考までに理由を聞いていいかね?」
「イツカ、恋ヲシタインデス。元ノヨウナカラダニモドッテ。心モキレイナママ」

「なるほど、感動的だ。軌道砲兵の連中が聞いたら萌え死ぬかもしれんな」
「萌エ?」
「地球の古い文化の中核を形成した概念さ。地球生まれの連中は未だに少女の恥じらいとか処女性とか、頭頂部に屹立する触角類似独立毛髪とかに命をかけられるんだ」
「アタシ、学ガナイカラムツカシイコトハワカリマセン」
「これから勉強すればいいさ」

 やがて丁寧な――ほとんど優しいといってよいほど丁寧なプロセスで、アルミ・ロビンソンの意識は再びシャットダウンされ、そして永劫にも思える静寂の後、再び灯された。



 そのボディは、熊に似ていた。全高2mにまとめられたセラミック=チタン複合材の軽量強靭なフレームに、有機物ならあらかたエネルギーに変えるバイオマス反応槽とエレクトリック・タービンを搭載、高分子ゲルからなる人工筋肉チューブで駆動し、装甲表面にはカーボン・ナノチューブをびっしりと密生させた科学の毛皮が、黒光りするその繊維の防御力を誇示していた。
 とどめに両手の甲には伸縮式の三連溶断サーマルブレード。通常の銃火器も無論、器用に作られた人間同様の拇指対向性をもつ五本指で扱えるし、ブレードは状況に応じて高周波ブレードやモノフィラメントブレードなど、各種えげつないものに換装可能だ。

「熊ですね」
「ああ、間違いない。熊だな」

「何かチュウイジコウとかありますか」
「そうだな、注意して欲しいこととしては、まず泣かないこと。閾値を越えた感情の爆発は、君の残った生身の神経系と電子回路との間に重大な過負荷をもたらす。ボディの制御を失うか、最悪、再生医療が不可能になるから気をつけたまえ。あと、内骨格の一部に微量ながらアルカリ金属が使われている。爆発する危険があるので水浴びは避けたほうがいいだろう」
「……グリム童話ですか」
「学がないと言いつつ妙なことを知ってるな。まあ、神様へのお祈りは自由にしたまえ」
男――マンスレック軍医は面白そうにクスクスと笑った。

「あと、右わき腹のポケットには、毎日10クレジットが振り込まれる口座の、Q-REスティックが入っている。義体ではあまり買い物の必要もないだろうが、自分のために有意義に使いたまえ。基地司令のレイコック大佐が特別に便宜を図って、予算を組んだものだ」

「ありがとうございます、あたしがんばります」
「死ぬなよ」

 無学で惨めな清掃員、アルミ・ロビンソンは死んだ。だが、その屍灰の山の中から立ち上がる一羽の不死鳥――否、一人の熊が、人を人とも扱わない外惑星連合へのがむしゃらな復讐に燃えて今、一歩を踏み出す。

      ************

 火星基地の居住区を結ぶベルトウェイの上で、髪を短く刈り込んださわやかな青年が、アルミ=熊=ロビンソンとすれ違った。

「やあ、君がアルミか。基地広報で見たよ、よろしくな。僕は第三軌道砲兵中隊のジョナサン・ダルキースト中尉だ。ジョニーと呼んでくれ」

 軌道砲兵中隊を揺るがす型破りコンビ――これがその最初の出会いとなった。

残念ですが続きません。

あとご迷惑かとは存じますが、いまや熊とは切っても切れないとあるお方に、謹んで。


【追記】
2016年9月29日:
本作のご好評につき。

続かないのは変わらないのですが、本作の原典にあたる、『昔書きかけた長編』を近日公開することにしました。現在リライト中です。
一部設定が『熊よ! 熊よ!』とは異なったものになりますがお楽しみにお待ちください。

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