転がるストレンジフルーツ
夏休みに入る前の終業式の日、タカシが僕に話しかけてきた。
「ヨウジさ、夏休みの予定って、もう決まってる?」
「いや、特に決まってないけど」
「高校生にもなってデートの一つもねえのかよ。かわいそうにな」
じゃあ、お前はどうなんだと思うが、何も言わないでおく。
「そんなかわいそうなお前に一つ、素敵なイベントを紹介しよう」
「やだ」
「まだ何も言ってねえだろ」
「どうせろくなことじゃないだろ」
タカシとは小学校の頃からの付き合いだが、一つだけ、気に食わないことがある。それはこいつのオカルト好きだ。小さい頃から何かにつけては、心霊スポット巡りだの、肝試しだのをやりたがる。
「いいじゃねえかよ。行きたいところがあるんだから付き合ってくれよ」
「ほら、やっぱりお前の都合じゃねえか。また心霊スポットだろ」
「ああ、そうだよ。あそこ行きたいんだよ。山の上の廃校」
「絶対にやだ」
タカシも知っているが、僕は霊的なものにとことん弱い。情けないがそういうものがてんでダメなのだ。だからタカシからのこの手の誘いは基本的に断っている。
しかし、タカシも執念深い男で、僕が断れないようにどこで仕入れたのか、僕の弱みをどこからか見つけてきては無理やりに僕を参加させている。彼曰く、こういったイベントは本気で怖がるやつがいるから面白いらしい。
「まあ、そう言うと思ったよ。だから条件がある」
ほら来た。今回はどんな弱みを握られたのか。
「今回のイベントにはタカハシが参加する」
「えっ」
タカハシさんとは、僕が片思いをしている女の子だ。こいつ、いつの間にそれを知ったのか。
「……」
「どうする? 参加するだろ?」
「いや、やっぱりやだ」
タカハシさんと一緒に遊べるのは非常に魅力だ。だが、遊ぶのが心霊スポットなら話は別だ。なぜなら、確実にガタガタと震えて怖がるであろう情けない僕の姿をタカハシさんに晒すことになるからだ。
「そうか、仕方がない。じゃあ、もう一つカードを切ろう」
「えっ、まだあるの?」
どんだけ僕は弱みを握られてるんだ。なんてガードが甘い僕。
「お前の部屋の押し入れの天井裏」
「わかった。わかったからそれを母さんにばらすなよ」
「よし! これでヨウジも参加だな」
押し入れの天井の板を外した裏側に僕は秘密の本やDVDを隠している。こいつ、いつの間に見つけたんだ。
「で、行くのって、山の上の廃校だったよな」
「そ、お前も話くらいは聞いてるだろ」
山の上の廃校。それは有名な話だった。
僕らが生まれるより少し前に殺人事件があったと聞いている。
その当時、すでにその校舎は機能しておらず廃校であったのだが、取り壊されもせず、そのままの状態だったそうだ。周りを山に囲まれた廃校はカブトムシなどの昆虫も多く、遊具も残っていたため、子どもたちの絶好の遊び場になっていたらしい。廃校とは言っても、校舎自体は頑丈なもので、保存状態もよかったため、保護者達や周りの大人たちもそこで遊ぶことに関しては暗黙の了解としていた。
ところが、そこで悲劇は起こった。
廃校の周りに人家がなかったことが災いして、指名手配中の連続殺人犯が根城にしてしまったのだ。何も知らない小学生たちはいつものように廃校で遊ぼうとしたところ、殺人鬼に襲われ、見るも無残に殺されてしまったということだ。
子どもたちが戻らないことを怪しんだ保護者が警察とともに廃校に向かうと血まみれのわが子と、殺人鬼を見つけたそうだ。犯人はそこで捕まり、死刑の判決を受けたと聞いている。
「もしかして、あの子供の霊とか出るのか」
「そうなんだよ。なんでも、昼でも出るらしいからさ、暗くなくて安心だろ?」
「いや、霊が出るだけで、もう吐きそうなんだけど」
「なんだよ、別に怖いことはないらしいぜ、昼間にそこで遊ぶと、いつの間にか子供たちが交じってるってことらしい。子どもたちがすでに遊んでいることもあるってさ。当時と同じようにボール遊びしたり、かくれんぼしたりしてるんだって」
「それ、近くの小学生が本当に遊んでんじゃねえの」
「いやいや、お前も聞いて知ってると思うけど、あの事件って、結構猟奇的な殺人事件だっただろ。出てくる霊も殺されたときの姿で出てるらしいんだよ。足がなかったり、ところどころなくなってるところがあるんだと」
「うえぇ、僕、グロいのダメなんだけど」
「まあまあ、危害は加えないらしいからさ。……多分」
「多分とか言うなよ」
「はは。まあ、参加するからには覚悟決めて来いよ。タカハシも見てるぞ」
「それも嫌なんだよ。ビビってる姿見られるのもさ」
「頑張れよ。じゃあ、今週末の日曜に一度、高校の正門に集合して行くことになってるから」
「何時?」
「一時に集合だから、飯食ってから来いよ」
「わかった」
夏の日差しがさんさんと降り注いでいる。あいにくの天気である。どうせなら、雨が降って中止になってほしかった。
僕は心霊スポットに行く不機嫌さとタカハシさんと遊べる喜びの混ざった複雑な気持ちで集合場所に赴いた。
「あ、タネダくん。やっほー」
正門にはすでにみんな揃っていて、動きやすい格好をしたタカハシさんが僕に声をかけてくれた。タネダは僕の名字だ。
タカハシさんのほかに、タカシと、もう一人女の子がいた。同じクラスのコジマさんだ。コジマさんはよくタカハシさんと一緒にいる子だ。
「タネダくん、心霊系ダメなんだって? タカシのせいでとんだ災難だねえ」
くすくすとタカハシさんが面白そうに言った。
タカシのやつは僕の心霊嫌いをタカハシさんに話してしまっていたようだ。せっかく怖いのを我慢しようと思っていたのに、出鼻をくじかれてしまった。それにタカハシさんはタカシを名前で呼んでいるのも面白くなかった。すでに二人は仲がいいらしい。
「タネダくん、私もこういうの苦手なの。何もなければいいね」
コジマさんが細い目をさらに細くして顔をゆがませている。どうやら、今回は半分が怖がりのようだ。
「ユッコのこと守ってあげてね」
タカハシさんが僕に向かって言った。ユッコというのは、コジマさんのあだ名だ。コジマユキコだから、ユッコらしい。このタカハシさんのセリフもやっぱり面白くなかった。
「さて、じゃあみんな揃ったし、行きますか」
タカシが号令を出して、みんなは歩き出した。
高校から出発して、廃校まではそこまで遠くはない。とはいえ、小さな山を登るので、四十分ほどかかった。
廃校の入口に着く。いまだに取り壊されないその廃校。取り壊されない理由はやはり霊的な妨害があるからだと、みんな言っている。
廃校の周りを取り囲むフェンスは殺人事件が起きてからのものらしい。ところどころ錆びたフェンスだが、特に有刺鉄線などはついておらず、簡単に乗り越えられる高さのものだった。
「さすがに見えるところには、子どもの霊はいねえな」
何が嬉しいのか、ニヤニヤしながらタカシが言った。
「まあまあ、中にも行ってみようよ」
同じくニヤニヤしながら、タカハシさんがフェンスを乗り越えた。どうやら、タカハシさんはタカシと同類の人種らしい。
「え、入っちゃうの」
すでに泣きそうな顔のコジマさんは僕と同類だ。僕も泣きたい。というか、泣いているかもしれない。少なくとも日の下で見れば、僕の顔は青白くなっていただろう。
仕方なく、僕とコジマさんもフェンスを越えて続く。心霊話さえなければ、冒険心をくすぐるようなワクワクするシチュエーションだ。女の子たちと一緒に秘密の場所に行く。響きだけは最高だ。
しかし、残念ながら今のシチュエーションには気持ちは盛り上がってくれなかった。コジマさんは僕の服の裾を握って離さない。普通だったら嬉しい出来事だが、僕にはそんな余裕はなかった。
木造ながらしっかりとした校舎の前に立った。
「じゃあ、今から中に入るわけだけど。」
タカシが話し始めた。
「とりあえず、今、見える範囲では霊たちは遊んでいないので、俺らが先に遊ぶことにしよう。俺らの遊びに霊たちを混ぜるって感じね」
「はーい!」
タカシとタカハシさんだけが嬉々としている。
「で、何の遊びをするかだけど、かくれんぼをすることにしよう」
「いえーい!」
もう二人だけでいいんじゃないかな。
「それで、ルールなんだけど、みんなバラバラに隠れるってことにしてね」
僕の服の裾をさらにぎゅっと握るコジマさん。首を横にブルブルと振っている。
「もう、ユッコったら、ちょっとくらいいいじゃない」
憧れのタカハシさんの発言ではあるが、鬼かと思った。こんなに怖がりのコジマさんを一人にさせるのか。
「で、かくれんぼの鬼なんだけど、これは子どもたちの霊にやってもらおうと思う。とはいえ、霊が出ないこともあり得るから、三十分経っても出なかったら、とりあえず入口に集合で」
こんなところに三十分も一人でじっとしているのか。顔から血の気が引いた。隣を見るとコジマさんはもう、真っ白だ。
「じゃあ、入ろうか」
そう言って、タカシは校舎の入口を開けて入っていった。
タカハシさんがそれに続き、僕とコジマさんはおそるおそるという感じで入っていく。
校舎の下足場だ。中は窓からの採光によって、思ったよりも明るかった。しかし、校舎の中という閉ざされた空間にいる緊張感を感じてしまう。思わず後ろの扉が開くか確かめてしまった。ホラー映画のように勝手に閉まったりしなかったので、少しほっとした。
「中にいる子供たちの霊にも、ルールを話しておかなきゃね」
タカシはそう言ったかと思うと大声を出した。
「俺たちが隠れて十秒経ったら探しに来てねー! かくれんぼの鬼をよろしくー!」
タカシの声が無人の校舎に反響する。返事はない。いや、なくていい。
「じゃあ、ズルできないように一人ずつ隠れましょ」
タカハシさんがニコニコと言った。可愛らしい顔だが、もっと別の機会に見たかった。
「ユッコから隠れて」
「あ、あたし!?」
コジマさんが顔を真っ青にして驚く。
「隠れる時間がいっぱいある方がいいでしょ?」
「え、えと」
コジマさんが僕をちらちらと見る。僕はこっそりとコジマさんに耳打ちする。
「僕も怖いからあとで合流しよう。探しに行くから、先に隠れてて」
僕がそう言うと、コジマさんはギュッと握りしめていた服の裾をおずおずと離して、校舎の奥の方に走り出した。
「何言ったか、知らないけどズルはするなよ」
「さあ」
タカシの言葉に僕はとぼけた。
「じゃあ、そろそろいいかな。次は私ね」
そう言うとタカハシさんがコジマさんの行った方向とは逆の方向に向かっていった。本当に楽しんでいるらしい。怖くないのが羨ましかった。
十秒ほど待ってからタカシが言った。
「じゃあ、ヨウジは最後な」
「え」
言うが早いが、タカシは走っていった。
「十秒待ってから、隠れろよー」
姿はすでになく、声だけが聞こえた。
正直なところ、一人きりになった瞬間、すでに怖い。十秒待てと言われたが、八秒ほどで我慢できなくなり、走り出した。
コジマさんが走っていた廊下を走る。
あのとき、走る音は結構長く聞こえたし、階段を上る音も聞こえたから、結構先まで行っているだろう。外から見た校舎は三階建てだったから、もしかしたら三階まで行っている可能性もあるかもしれない。
あらかじめ、行く場所について、大体のところがわかっていたらよかったのだが、そうもいかない。しらみつぶしに探そう。
とりあえず二階から探す。廊下を走りながら思ったのだが、ホコリは積もっているものの、木造の校舎は大した傷みもないようだ。さすがに多少軋む音はするが、床が割れるようなこともない。少しだけ安心したが、不思議でもある。
二階の教室を端から開けていく。
「コジマさんいる?」
返事はない。次の教室へ。
次の教室に入ると、どうやら保健室のようだ。ベッドがあり、薬棚もある。
「コジマさんいる?」
声をかけたが返事はない。隠れる場所が多かったので、念のため見ていく。
そのとき、廊下から声が聞こえた。
「もーういーいかーい」
全身の毛が逆立つ。それは子どもの声だった。明らかにタカシの声ではないし、タカハシさんの声ではないし、当然ながらコジマさんの声でもない。
それに子どもの声は複数だった。いろいろな可能性を考えてみる。一番考えられるのは、タカシが近所の小学生にさせているというものだ。怖がりの僕の反応を見るために子どもを連れてくるくらい、タカシならやりかねない。
でも、そうじゃなかったら。どうしても、そんな考えが浮かんでくる。僕はそっと保健室のドアを閉じた。部屋を見渡して、隠れる場所を探す。ロッカーや薬だなよりも、ベッドの下の方が見えにくいように感じた。
ホコリは少し気になったが、構わずに身を入れた。
隠れてからすぐにトットットットッと、足音が聞こえてきた。これも複数の足音だ。さらに言えば、子どもの足音だとわかった。タカシではない。体重の軽い子どもが歩いている。
ドアの下には少し隙間があり、廊下を歩く人影の足が見えた。ベッドの下から見るとそれはよく見えた。何人いるだろうかと足の数を見て、確かめようと試みた。
いち、に、さん、し、ご、ろく、なな。
足の数は七本だった。数え間違いであってほしかった。
タカシの話が脳裏をよぎる。殺された姿で子どもたちは現れる。足を切られた子もいる。そんな話を思い出した。
子どもたちが保健室を過ぎていく。少しほっとする。彼らが通り過ぎたら、急いで校舎から出てしまおう。そのまま帰るつもりだった。
そのとき。
――ドッ!
廊下から、何か落ちる音がした。子どもたちが保健室の前で足を止める。
「おい、俺の落とすなよ」
「ごめんごめん」
廊下から声が聞こえる。そういえば、子どもたちは普段、ボール遊びなんかをしていると言っていた。そのボールを落としたようだ。早く拾って、この部屋から離れてくれ。
廊下の子供たちがボールを拾って、また歩き出すと思ったその瞬間。
――ピコーン!
心臓が跳ね上がった。僕の携帯が鳴ったのだ。こんなときに!
急ぎつつもそっと携帯を取り出す。
コジマさんからのメッセージだった。
『おねがいたすけて』と、すべてひらがなで書かれたメッセージ。それは僕のセリフだ。
携帯の音量を無くしたものの、すでに遅かった。
廊下を歩き出そうとした子供たちが引き返してくるのがわかる。
僕はもう見ることなんかできなくて、ベッドの中で必死に震えを止めながら、ギュッと目をつぶっていた。
部屋の中を歩く、気配がする。それぞれがロッカーを開けたり、薬棚を開けたりしている。ベッドの周りにも気配が近づいてくる。近づいた気配はサッと僕の真上にあるベッドの布団をはぎ取った。
気配が近い。恐ろしく近い。僕は自分の心臓の音が相手に聞こえるんじゃないかとひやひやした。
幸いなことに、気配は僕の真上の布団をはぎ取っただけで、ベッドの下を確かめることはなかったようだ。
子どもたちの気配がドアに向かっていくのがわかる。
この部屋の探索をあきらめたようだ。
だが、そのとき。
――ドッ!
ボールが落ちる音がした。
――ゴロリ
ボールは転がっているようだ。
――ゴロリ
まずい! ベッドの下に近づく気配がある。
――ゴロリ
やめろやめろやめろやめろ!
――トンッ
僕の腰のあたりにボールが当たる感触があった。
終わった。
すぐにボールを拾いに来た子どもが僕を見つけてしまうだろう。
僕は必死に呼吸するのを我慢しながら、どうするか考えた。
しかし、どう考えても、切り抜ける方法が見つからない。
どうするどうするどうするどうする!
ふと気づいた。
誰もボールを取りに来ない。
それどころか、子どもたちの気配は保健室から離れていく。
助かった!
しかし、いずれボールを取りに来るだろう。
彼らが離れたら、すぐにこの部屋から出なければ。
足音が遠ざかる。
大丈夫だ、逃げよう!
僕がベッドの下から出ようとしたそのとき。
僕の腰にあるボールが言った。
「一人見っけ」
短くまとめようとしましたが、難しいですね。登場人物が四人もいるなら、逆にもっと長くすればよかったかなと思いました。
タイトルのストレンジフルーツは隠語です。
調べたらすぐに出てきますが、画像検索はおすすめしません。