第53話 二度では多すぎるから2
「魔女は……少年が知っているかは知らないが、悪魔と人間の混血だ。ゆえに、姿形が人であろうとも、悪魔の力を受け継いでいる。空間操作などはいい例だ。
同時に、彼女らは悪魔の性質をも受け継いでいるのだ。……少年は悪魔が何たるかを知っているか?」
僕は首を横に振った。悪魔のことなんぞ興味を持ったこともない。醜いということだけは知っているが。
「悪魔は地獄の住民だ。地獄には一つの大原則が存在する。すなわち、『力こそ全て』というな」
「力……だから爵位があるのか……」
「む? 少年は悪魔と交流があったのか?」
そんな破戒僧の問いに対し、僕は渋面を作った。「……んな訳ねーだろ」あんなブサウザキモイ奴らと交流するくらいなら、そこらへんのゴキブリと交流を深めるわ。早くここから出ていってくれって。
「悪魔には女王がいる。地獄の頂点に君臨する者だ。誰も見たことはないがな。際涯の深淵にいて、人では辿り着けない」
「どうでもいいや」
「まあ聞け。この地獄の女王のいる伏魔殿には、あるものがあるらしい」
「……勿体ぶるなよ」
「シグナレス・ブール」
「あ……?」
どこかで聞いた名前だ。一体、どこだったか。思い出す暇もなく、破戒僧は続けた。
「輪廻の渦だ」
「シグナレス・ブールとは、一切衆情の魂を管理する機関。いわゆる、煉獄と呼ばれるものだ。魂は万物の力であり、万物の源。地獄の女王はその魂を再利用する。悪魔にとって、魂は糧であり力なのだ。だからこそ、『巣』が存在する。シグナレス・ブールと巣は循環する、言わば、心臓と細胞のような役割だ。
彼らの中で、女王に選ばれた者――つまり爵位持ちの悪魔は、巣の付近に自らの領域を設ける。魂を回収するためにな」
「……それが魔女と何の関係があるんだ?」
「魂を回収するのは悪魔自身と『狩人』。狩人は悪魔の作り出した疑似生命体――玩具の兵隊だ。戦闘用として『墓守』というものもいる。他にも色々と創られたらしいが、今はどうでもいい。集められた魂が問題だ。……上級悪魔にはある器官がある。それが魂袋。その名の通り魂を貯える袋だ。そこから巣に魂を流し込み、シグナレス・ブールを循環し、再び巣に分配される。力としてな」
「だからそれが……」
「魔女は上級悪魔と人間の混血。魂を回収する本能を受け継いでいる。だが魔女には魂袋がない」
なんとなく、続きは聞きたくなかった。そのあとの言葉を聞けば僕はきっと後悔すると思った。聞いたことにではない。あの少女に出会ったことを。
「魂袋のない魔女は……人の魂を喰う」
「……つまり、あれか。魔女ってのは放置しておくと人の魂を食らうってことか。……魂を喰われると人はどうなる」
「その人の器だけを残して、消える。その先は、死だ」破戒僧は少し間を置いて再び口を開いた。「……望まれぬ生に望まなかった力。彼女らは哀れな存在だ」
「だから……」目一杯、破戒僧を睨み付ける。そんなことをしても、意味がないことを僕は解っているのに。「だから殺すのか……魔女を」
「そうだ」
間髪入れずに淡々と返す破戒僧に僕は掴み掛かろうとした。寸でのところで自制する。そして浮かんだ疑問を投げ掛ける。「……アンタは何で、そんなことを知っている」
「イレーネが語った」
「修道女が……?」
「この娘は魔女だ」
「なっ……!?」
破戒僧の隣にのほほんと座る場違いな修道女を見る。魔女だと? この女が?
「なんですぅ? わたしに惚れましたかぁ?」
ウザイのでスルーして、もう一度破戒僧を睨み付けた。
「魔女を殺す奴が魔女を連れてる、だって? 洒落にしては笑えない」
「これは契約だ」
「契約……?」
「イレーネは悪魔に育てられたおそらく唯一の魔女だ。ゆえに人が知りえなかった知識を有する。……そして、己という存在の危うさも。
ゆえにイレーネは契約した。私とな。『すべての魔女を永久の楽園に送り出すことを約束するなら、この忌まわしき知識を与える』と」
「永久の楽園……?」
「約束の地。言うなれば理想郷。魔女が信じる死後の世界だ。私はイレーネと全ての魔女を理想郷にその魂を解き放つと誓った」
「結局、殺すんだろ」
――綺麗事だ。吐き捨てるように言う。
それに反論したのは破戒僧ではなく、修道女の方だった。さっきまでののほほん顔ではなく、真剣で、そして慈愛に満ちた瞳をしていた。
「違います。わたしたちは死ぬのではありません。理想郷へと旅立つのです。果てなき旅路の先にある、わたしたちの約束の地へと。……グラシアスが全ての魔女の魂を解き放ったその時は、わたしもその後を追うのです」
解りましたかぁ? 修道女はすぐにのほほん顔に戻った。ウザイのでスルーする。
言っている意味が解らない。というか、意味は理解は出来るが、僕には受け入れられない。
死んだら終わりだ。何で自ら命を断つ。理想郷なんてあって堪るか。この世は悪夢だが、死んだら醒めるとでも思っているのか。違う。死んだら無だ。悪夢が終わり、無が始まるんだ。
だから、
「……僕には綺麗事にしか聞こえない」
「解れとは言わない。だが彼女らにはそれしか道はないのだ。私はオレガノの地でイレーネと出会い、誓約を交わした」
「オレガノ……地下霊園」
「悪魔信仰の団体だ。魔女を奉り、悪魔の知恵と技術を模倣しようとした哀れで呆れた連中だ。ボルダン……だったか。人間をベースにした疑似生命体を創って遊んでいたイカれた奴らでな」
絶句した。オレガノ地下霊園と灰色の体躯の人ならざる者。あれが人間?
あり得ない。
「私の属していた教会が昔、殲滅したが、今でも実験体が野放しらしいな」
「アンタの教会……って」
「神の狗正教会」
「な……」神の狗正教会。魔女狩りを行った宗教団体。だがあれは。「解体したはずじゃ……」
「した。王都からの命令でな。私の先代たちの時だ。それでも神の狗正教会は消えなかった。ゆえに私が存在する」
詳しいことは聞いてはいけないと思った。だから深くは突っ込まなかった。それでも、
「私は魔女狩りは間違っていなかったと思っている」
その言葉には腸が煮え返りそうだった。
「アンタは……」
「神の狗正教会の魔女狩りの動機は私は頂けないが、魔女狩り自体は間違ってはいなかった。そう確信している」
「アンタはっ!」掴み掛かった。耐え兼ねていた。
「放せ、少年。これは私の使命だ。そして、咎でもある。全てが終われば、私は我が身を引き裂いて死ぬだろう」
「……くっ」
手を放す。贖罪に死ねばいいという話ではないだろう。何でコイツはこんなにも普通にしていられる。
「しかし、少年。先ほどからの反応を察するに、魔女について何か知っているようだな?」
「……さてね」
白々しい嘘。せめてもの抵抗か。みみっちい。なんてみみっちいんだ、僕は。
「そうか」破戒僧はだが、追及はしなかった。「嫌な話をしたな。金はまた返そう」
おもむろに立ち上がった破戒僧は、じゃあなと一言言って去って行った。修道女が僕を一瞥して、破戒僧のあとを追っていった。
僕だけが、取り残された。
「クソ……やな話だ。ユフィに言ったほうがいいのか……?」
だけど何て言えばいい。アイリスは危険だから殺そうってか。あの娘は僕らを救ったんだぞ。あの灰色の腐った薔薇園で。それを殺せというのか。大体、あいつの話が本当だという確証などないのに。それならこの怒りはなんだ。解っている。奴は嘘は吐いていない。目を見れば解る。破戒僧の話すときの、あの目は僕と同じだった。咎を背負った目だ。だから信じた。だから怒った。奴にじゃない。自分の無力さに。愚かさに。
「……クソ」
畜生。
ムカつく空だ。雨でも振れ。
そして天に八つ当りする僕はくそみそだ。
色んなことが頭で回る。
狐の手袋のこと。昔の仲間のこと。今の仲間のこと。凰州のこと。聖キルディシア興国のことと戦争。魔女のこと。自分のこと。
全部解決出来るほど聖人君子ではない。自分にどうにか出来るなら、そもそも迷わない。さっさと解決して、次の日の晩飯でも考えたほうが余程有意義だ。
東区の人気のない広場のベンチに腰掛ける。サンライズ・ラ・フォーレと比べたら何もない。いや、何もないほうがいい。僕としては。
何で関わってしまったんだ。あの破戒僧に。アイツは僕にとっての疫病神だ。悪いことばかり運んでくる。いや、兄妹のことは必ずしもそうではないが。それでも厄介事に変わりはない。もう会いたくないが。奴が出ていくときは多分、あの空色の髪の少女が死んだときだ。やはアイツは疫病神だ。
「畜生……」
「畜生はアンタよ」
「がっ……!?」
声に驚き首をもたげた瞬間、顔面を誰かに殴られた。既視感……というか、前にもあった気がする。つーかいてぇ。
「何を……」
「このクソミソ野郎」
「ぐぇっ」
確かに僕はくそみそだが、人様から言われるとかなり悲しい。つか誰だ。いきなり挨拶代わりに人の顔面を殴ってくるのは。なんとか起き上がり、犯人を見た。
「……アニエ?」
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。