第48話 明けない夜
「……ふうん」
血のような赤黒い文字を読む。けったけそ悪い。特にこの手紙の紙だ。紙じゃなくて皮なんだからな。しかも数日前まで生きてた奴の。
アイゼン。
まあ、あの目からして行くんだろうなとは思っていたが、こんなコンパクトになって帰ってくるとはな。流石に僕も驚いた。
塩漬けされたのか、まだ腐臭はしておらず、手触りでは一見して皮とは解るまい。かなり綺麗に、丹念に延ばされている。
――外道だな。
取り敢えずそれを畳み、スオウに渡す。
「驚かないのだな」
「驚いてるさ」
嘘ではない。本当だ。ムカついてもいる。何もこんなところで見せなくてもいいんじゃないだろうか。
『小白龍』。
凰州人の経営する、王都で唯一凰州料理を食べられる高級料亭だ。
高級なだけあって、普段では手も足も出ないほど馬鹿高い値段を要求してくるので、貧乏な一介のダンジョンメイカーに行ける店ではない。だから僕は来るのは初めてだ。
そもそも懐の具合を気にするような奴には来れない。ここに来るのは、本物の富裕層の者達だろう。部屋の造りや、雰囲気の所為か、密談にも使われる料亭なのだ。主要ギルドや貴族連中なら一度は来ているのだろう。僕の勝手な想像だが。
小白龍は高い石塀に囲まれている。でかでかと鎮座する荘厳な佇まいの門戸を潜り、風情ある美しい庭――枯山水の静かな情景を見ながら玉砂利の敷かれた石畳を渡る。――もっとも、今は夜なのであまりよく見えないが。数分歩けば玄関部に辿り着き、複数の仲居が出迎える。そして靴を脱ぎ、玄関ホールを抜け、長い廊下を渡り客間へと案内される。
僕一人なら門の扉に右足を入れた瞬間、満足して帰るだろう。つか怖くてそれ以上入れない。
しかし以前の約束のお陰で今回は全てスオウが代金を持つ。最高だ。僕に損はない。
それ故かこの男、せめてもの嫌がらせかは知らないが蛇竜に送られてきたという手紙を僕に見せやがったのだ。笑えない。ぶっ飛ばしたい。
まあ、奢ってもらう身だし文句は言うまい。アイゼンも知らない奴ではないし。つい先日に共に開拓地に探索に行ったのだ。悼むくらいはしても罰は当たるまい。
「失礼致します」襖が開かれる。
凰州の伝統服飾を身に纏った仲居が料理を持ってきた。
凰州天城にて宮廷料理人をしていたという小白龍の料理人が振る舞う最高級の数々。天麩羅や、魚の刺身など向こうでも食ったことはない。あー洸武帝一族が羨ましいね。
しかし何でまたここの料理人は凰州の地を追われたのだろうか。毒でも入れたか。まあ詮索は寿命を縮める。止めておこう。
僕は目の前の料理を見て溜め息を吐いた。
「魚は嫌いか?」
「いや、感動してるんだよ」
「そうか」
さて、何から手を付けるべきか。僕は舌なめずりしそうになって慌てて自制した。箸を持つ。何だか懐かしいな。ここではスプーンやらフォークが当たり前だし。箸は懐かしく思える。
懐かしい、なんて思えるということは悪い事ばかりでも無いのかな。箸を持った手を見て少し口元を綻ばせた。
煌めく白米の盛られた茶碗を手に取る。明日からパン食べられるだろうか。少し躊躇う。
「食わんのか」
「食うよ。幸せに浸ってんだよ。僕はアンタと違って貧乏なんだよ。毎日こんなん食えねーんだよ」
「いや、俺も食ってないぞ。毎日は」
知ったことか。毎日は食ってなくても何日かには食ってんだろ。金持ちめ。滅んじまえ。
訳の解らない恨み言を心の中で呟きながら食べる。
スオウはそんな僕を見て嘆息した。
「……何だよ?」
「確かに誘ったのは俺だが、よくそんなに食えるなと思ってな」
「育ち盛りだしな」
「そうじゃなくてな」
「?」
「アイゼンはお前も知り合いだろう」
「まあ」
ああ、そういう事。
知り合いが死んだくせにやけにドライだな、と言いたいのか。
別にそこまで仲がいいわけでもないし、知り合って間もない奴なんだから普通だと思うけどね。それに、
「料理を我慢すればアイゼンが生き返るわけでもないしな」
「………」
「そういえばアンタ、アイゼンの事知ってたのか」
「一度蛇竜に誘った事がある。腕の立つ、頭のキレる男だったからな。今回の暴挙の理由も解っている」
「復讐……か」
少し遠い目をした。
刺身を食べる。美味しい。
「――つかアンタはこれからどうするんだ?」
「どうする、とは」
「とぼけるなよ。手紙にはアンタの同志とシンラの交換が書かれている。つまり向こうにとってシンラは重要な戦力なんだろ。先を見据えて殺すのも一手だ。が、向こうはアイゼンを殺して脅しを掛けてきている。シンラを殺ればこちらはこれくらいはやるっていう」
「………」
「シンラを殺せば今度はアンタの同志の骨を臓物でトッピングしてくるかもな」
気持ち悪くなった。クソ。刺身が不味くなるじゃないか。……言ったのは僕だけどね。
「蛇竜総長の考えは如何に?」
スオウを箸で差す。
スオウは押し黙った。僕は答えを待った。自ずと静寂が訪れた。
漸くしてスオウは嘆息した。
「お前は本当に嫌な奴だな」
そう言って徳利を持ちお猪口に酒を並々注ぐ。一口飲んだ。
「シンラは『狐の手袋』の主力に間違いはない。向こうはこちらの構成員五名を捕らえている」
「五名も?」
「そうだ。三人は探索の帰りに、三人の偵察隊の内二人が偵察中に捕まった」
偵察が捕まったのか。笑えない冗談だ。
それにしてもシンラ一人に対して五人と交換か。シンラはそれほどまでに重要なのか。それとも彼らの仲間意識が強いのか、別の意思があるのか。何にせよ胸クソ悪い。
「で、どうするんだ」
「迷っている」
「らしくないな」
「……お前に何が解る?」
「いや、何も」
冷徹非情の鉄面皮のスオウなら簡単に仲間を切り捨てそうだが。
――上に立つ者の責任……か。
大局を見るならば、切り捨てるのも一つだ。シンラは確かに天賦の才を持つ剣士だ。敵に回れば厄介だ。飛燕流剣術の継承者を甘く見てはいけない。犠牲を払っても潰すべきだろう。
だが、仲間を見捨てるような者に上に立つ力があるかどうか。大小の問題ではないのだ。シンラを殺せば五人は死ぬ。五人を助ければ後でもっと多くの犠牲が出るかもしれない。
僕は第三者だ。スオウの考えは解らない。だけど、迷う気持ちは解る。同じ状況に陥って、僕は何を選択するのだろう。直ぐに答えは出ないだろうな。特に、ギルドの長などという立場を想像する事は難い。道を敷き、導く事など僕には出来ないのだから。
天麩羅を塩に付けて食べる。美味い。
「――ま、僕はアンタじゃない。半端者の僕には何も言えないさ」
スオウは何も言わず酒を一口飲んだ。
僕も同じように徳利を手に取ってお猪口に酒を注いだ。一気に飲む。美味い。麦酒のうん十倍美味い。
酒の美味さの余韻に浸っていると、スオウが口を開いた。
「……お前は、シンラを斬ったら俺を恨むか?」
「全然」
きっぱり答えた。
恨みはしない。既に袂を分かった身だ。少しは悲しむかもしれないが、恨む事はない。寧ろ、多分僕はシンラを哀れむだろう。
お前は本当にそれで満足だったのか。一本の刀剣として生きて、お前は何を得る事が出来たんだ。
そう問うのだろう。
気付けば知らず知らずのうちに下を向いていたようだ。スオウに向き直る。
「僕は凰州に捨てられた。そして同時に凰州を捨てた。『狐の手袋』は……彼らは凰州を捨てられなかった者達だ。未練で動く哀れな亡者だよ。彼らは死人だ」
「……その死人はキルディシアと手を組んだらしい」スオウは僕を見据えた。
「聖キルディシア興国か?」
「そうだ。逃げ延びた偵察の一人がその目で見た。キルディシアの左大臣、ルベリオ・フィエーラをな」
「誰だそれ?」
「国王側近で、政治に大きく関与する人物だ」
「有名人か。何でまた」
「拉致では無いようだったと。……訳は解らないが。ただ、今あの国はかなり揺れているはずだ。王都は何もしないが、バレンシアやモークリッドは前々から緊迫している」
「版図拡大ってやつか?」
「解らん。ただ国が儲けるのに一番手っ取り早いのは戦争だろう」
戦争。
王都ネイルの初代国王がアトラスの大半を統一してからはほとんど耳にしない単語だ。東部の李帝国とアベニール独立自治領、カンパルノ第二王国の三ヶ国は未だいざこざを起こしているらしいが、とにかく王都統治下の都市間で争いは起こっていない。
聖キルディシア興国に一番近いのは花都バレンシア。観光名所の国だ。次に商業都市モークリッド。多分狙うならこっちか。
しかし腑に落ちない。
反政府組織の反抗が続く現状で、戦争など吹っかけられるはずがない。まさか既に討伐されたのか。それなら解らなくもないが。
そもそもなぜ『狐の手袋』と手を組む必要があったのか。
キルディシアに何の利益があるというのか。
「何か……きな臭いな」
「俺が思うに、『狐の手袋』側にも利益が無いと手を組むはずがない」
「……他に情報はないのか?」
「……確か、キルディシアは飛竜艇の開発をしているという噂を聞いたことはあるが……」
「空……か。……なあ、奴ら、まさか凰州に攻めるつもりなんじゃないのか?」
「何?」
あからさまに眉を潜めるスオウ。まあ、無理はない。スオウはあれが起こる前に凰州を出ていったのだから。
だけどこれを言うべきか。
これは僕が凰州を追われた原因でもある。つまり過去を掘り返すということだ。自分自身の手で。僕にそれが出来るのだろうか。
キルディシアが『狐の手袋』と手を組んで凰州に攻め入るのなら、僕には関係のない事だ。喋る必要はない。
しかし現にアイゼンは殺され、スオウの同志が捕らえられている。シンラも蛇竜の手中にある。何が起きるか解らない。
もしかしたら僕はもう巻き込まれているのかもしれない。なら僕は言うしかないんじゃないか?
スオウは僕を見つめている。言葉を発するのを待っている。これが大事な情報になるのかもしれない。
言うしかないな。
僕はお猪口に口を付け、酒を一気に飲んだ。よし、落ち着いた。僕はスオウを見据えた。
少し息を吸う。
「……シンラ達は、一度、洸武帝一族に対して大きな反乱を起こしているんだ」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。