第3話 悪夢の休日
『蒼碧の森』探索の次の日、朝から僕は休息がてら国の直営店の並ぶ街道を歩いていた。
基本的にソロ活動のため連日の探索は心身ともに確実な疲労を溜めるので、探索終了の次の日は極力フリーにしている。
今回は昨日シモンたちのおかげで倒したオークの持っていた金品等を物色する時間を確保できたので、その際入手した品の売却も兼ねている。
ただ、街道の店舗には買い取り店が全く無い。
そのため僕の目的地はこの先を抜けた個人経営店の並ぶ『ガラ・ド・アーク』という広場である。
広場は慌ただしく、多くの人々が歩き回っている。なにせ王立商店街の品より良質な商品が格安で手に入る事もあるのだ。
『ガラ・ド・アーク』の発展で街道の店舗が一時期廃れたこともあったが、そこは逞しいというかなんというか、現在飲食店や衣服を中心に事業を展開させている。 確かに『ガラ・ド・アーク』ではインテリア系の店は多くはお目にかからない。雰囲気が華やかさに欠けるのだ。
とりあえず、馴染みの買い取り屋に向かう。
『Raineys Goose』という看板。この店の店主は語呂で名前を決めたらしく、当の本人も看板の意味は知らなかったりする。
当の本人は気に入っている様子である。が、まさか意味が『レイニーのガチョウ』だとは言えない。
カランと音をたて、店に入る。外の武骨な景色にマッチした武骨な店だ。
その感想をそのまま述べる。
「うるさい。嫌なら帰れ、ユキト」
「常連にひどい事言うね。まずいらっしゃいが先じゃないか?レイニー」
「入るなり人の店を貶す奴にか?」
「何、ただの小粋なジョークだ」
そんなやりとりももはや二桁に達するほど行われてきている。それを飽きもせず、繰り返すのは馬鹿馬鹿しいかもしれないが、僕には意外と細やかな楽しみだったりするのだ。
ともあれ、下らない応酬をいつまでもしている訳にはいけないので、売りたい品を並べていく。
細工類が中心だが装飾華美な短剣なども今回は手に入れていた。 レイニーは「へー。はぁー。ほぉー」と物品が並ぶたび感嘆の声を洩らす。
元々が童顔かつ身長も低めなためか、いちいち珍しい物を見てはしゃぐ子どものようである。歳は僕よりは年上だが。
粗方並べおわり査定してもらう。しばらくしてレイニーが物品に目を向けつつ、「一体何処まで行ったのさ」と聞いてきた。
「ん?新しい所。名前は『蒼碧の森』」
「新しい、て確か行方不明者の出た?大丈夫かよ。ってか名前のセンスが月並」
「まあ、中層域で折り返したし、途中シモンのギルドと合流したからな。あと月並とか言うな。大変だったんだぞ?名鑑まで調べて」
「へー、『鬼火』のシモンか。ま、アイツもお前の苦労もどーでもいいや。それよりさ」
とレイニーは細工類の中から一つ黒い石のはめ込んだ飾りを取り出す。しかし、オークに飾りか。世も末だな。
「この石なんだがな、閠耀石というんだが、知ってる?」
「知らない」
「速答か。これオークの持ってたもんだろ?閠耀石は珍しい石ではないが、他の土地では採れる場所がな難所なんだ。たかだか新地10キロ程度の間に居たオークがこれを持ってるなら、その森もしかしたら閠耀石の比較的安全な採掘できるかもな」
「どうだろな」
要するに閠耀石なる石発見率は高いが他の土地では奥地、かつ危険な場所にあるようだ。
需要はそこそこあるが、採りに行くにはコストも効率も悪い。何よりリスキーだ。しかし『蒼碧の森』で閠耀石の採掘可能なら今後市場に多く出回るだろう。
少し嬉しそうに語るレイニーを見つめ、なんか悪くないと思い、口元を弛めた。
開拓の目的は広大な大陸の地形などを把握すること、及び新しい未知の素材等を発見することもある。
だからこそ僕らは正確な地図を作り、後の者に残していくのだ。 この世界に住まう者たちのためなどと偽善めいた事を言うつもりはないが、目の前の友人が喜ぶ姿を見るのは、仄かに胸に暖かなモノを感じさせた。
手に入れた品はそれなりの値段を付けて買い取りしてもらい、財布は思いの外暖まった。
やはり持つべき者は友人だな――などと益体無いことを考えつつ、残った暇な時間をどう過ごせば有意義か思案しはじめた。
「家で寝るか、芝生で寝るか、ベンチで寝るか……」
本当に益体無い。しかし、睡眠は重要なのだ、とアホな葛藤に苦しんでいると、誰かに背中を突かれた。
振り向くと見目麗しい女の子が三人。
三人とも剣帯をしており、軽装ではあるが鎧というか金属の板を当てている。
騎士団以外で武器を携えるのはダンジョンメイカーか自警団、もしくは冒険者気取りの粋狂なアホだ。この三人は一応、ダンジョンメイカーだ。
「今失礼なことを考えたね?」
「滅相もない」
すげぇ、読心術か?
感心しつつも怒らせると恐いので、さっと誤魔化すように挨拶をすることにした。
「久々な気がするな、アニエ、リュカ、シエル」
「一週間ぶり?」「そうだねー」「うん」
と三者三様の返事を返してくれた。危険は回避したと胸を撫で下ろす。
女性の騎士が珍しいように女性のダンジョンメイカーもまた珍しい存在だ。彼女ら三人はフリーランサーだが、実際ギルドを営む凄腕女性ダンジョンメイカーもいる。
そういう人たちの活躍を聞くと、――やっぱ性別ってより才能と運の世界だよな――といつも感じるものだ。
「なに?そのキモイ顔」
「なっ、き……きも!?」
なんつー奴だ。人の思案顔をよりにもよってキモイかよ。
茶髪をポニーテールにしている赤と黒の装備で固めた女性、アニエは初めて遭った時からこういう奴だ。
姉御肌なのだろう三人組のリーダー格である。レイニー曰く「女にモテる女の典型」らしい。
「人の顔をキモイとかゆーな。ってか僕そんなにキモイ?」
何気に不安になってアニエの左隣の流れるような黒髪に群青と黄色の外装の女性、リュカに尋ねた。
「んー?キモくはないよ。線細いし肌きれーだし。ねぇ、シエちゃん」
「ふぇ?あ、あ、うん」
「シエちゃん、またぼーっとしてるーラブリー」
「ご、ごめん」
リュカにいきなり話をふられたシエルの狼狽える姿に半ば僕は見惚れていた。ってかラブリー?
まぁ、女性に関してはレイニーのようにあまり詳しくない僕でも、シエルは確かに綺麗だった。
プラチナブロンドの揺れる髪に白を基調とした外装は見るものを引き付けるものがある。
「だからキモイ顔であたしらのシエを見るな」
「ぬぁっ!見てないっ!見てないです!ってかキモイゆーな!」
こんな攻撃的な奴が姉御?否、違うだろ。おてんばっ言うんじゃないのか?
「私たち朝から協会に仕事探しに行ったんだ」
蹴られる僕を救済するでもなくリュカは聞いてもない事を話し始めた。ってか助けてくれません?話聞くから。
「だけどいい条件のなくてさー。今日は諦めるか、溜り場行ってみるかーって話してたんだけどユキト君見つけたからさ」
成る程アニエの蹴りは仕事が見つからなかったが故の苛立ち混じりなのか。道理で痛いわけだ。チキショー八つ当りか。
「っ……だから……はあ、はあ……なんか……ぜえ、ぜえ……おごってよ」
「疲れるまで蹴るんじゃねーよ。お陰で痣なりかけだぞ?」
「そういうことだよー。ダメ?」
リュカの上目遣いは凶器だと以前レイニーが言っていたが確かに強力だ。うっ、とたじろいたら最期、ごり押しされるらしい。
自身で味わって僕は初めてその脅威を感じた。そして、
「わかったよ……」
ごり押しされた。
そのまま流される形で三人に連れ回される羽目になった。
不本意ではあったが、以外と有名なこの三人とともに歩けるのは光栄ではあるし、何より僕の右隣にいるシエルが申し訳なさそうに「ごめんね?私は反対したんだけど……」と言ってくれたので、よしとしよう。
連れていかれたのは先程の街道――普段街道としか言わなかったので忘れていたが、たしか『ロイヤルキングストリート』だったか――に並ぶ店の一つ『シトライネス』という甘味処だ。
「すごいねー。初めてくるけどオシャレだねー」
「うん。高くてあんまり手が出せなかったもんね」
「へー、そうなのか。ん……?高い?」
恐ろしいワードが聞こえたが、扉を開け中に入る。
とりあえず、白黒のウェイトレス姿の従業員に嬉々として三人と一匹でーす、などと言っているアニエにだけは心底奢りたくないが、ウェイトレスもにこやかに三人と一匹でございますねと聞き返すのは勘弁してほしい。
店の雰囲気は落ち着いていて、確かにオシャレだ。
女性客ばかりなので、少しばかり落ち着かないが。
メニューを楽しそうに見てはしゃぐ三人はダンジョンメイカーみたいな危険な職に就いてるとは思えない、普通の女の子みたいで、若干口元が弛んでしまった。
イカンイカン、またアニエに蹴られてしまう。次こそ痣になる。すぐに自分のそれを引き締める。
しばらくしてメニューを決めた彼女らはウェイトレスを呼んだ。
ご注文は?という問いに対し、アニエが
「チョコモンブラン」
リュカが、
「DXクイーンパフェ」
シエルが、
「チーズケーキ」
と頼み、僕はモカを頼んだ。
程なく運ばれてきたスイーツを頬張る女の子三人はとても嬉しそうで、また口元が弛んでしまったが、ふと置かれた伝票を見て、
――ぷひゅっ
と、モカを吹き出した。
「な……っ、何じゃこりゃ!?た……高すぎだろ!」
「きったないなぁ」
「汚いじゃない!いや聞いてねーよ、予想外だよ!?チョコモンブランとチーズケーキは兎も角DXクイーンパフェ頼んだ奴!」
「なーに?」
「何じゃない。値段までクイーン級だぞ!?遠慮しろよ少しはっ」
「アハハー」
頭をこれほどもたげた事は多分、未だかつて無いだろう。
その日、暖まった財布はたった半日で真冬になった。
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