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  Dungeon Maker 作者:蝉時雨
第38話 祈りは彼方へ2
 ――要するにあいつは運がなかったんだ。

 翌朝、葬儀はしめやかに執り行われた。僕は車椅子に乗って行くことになった。まだ身体は本調子じゃないから仕方がない。声は出るようになったのだが、如何せん手足はまだあまり動かないのだ。
 騎士団の面々にもエクセルの死を伝えるべきかと思い、昨日のうちに便りを送ったが出席はしなかった。殉職なら本望だろう。そう返事だけが返ってきた。別に、冷たいとは思わない。
 エクセルは人を守って死んだ。騎士らしい最期だったのだと、ソアラは言った。
 道化師のあの黒い閃光は、一本だけアイリスを貫こうとした。エクセルは本能的に動いたのだろう。咄嗟に彼女を突き飛ばした。そして代わりに貫かれた。胸部だったらしい。
 簡単な事だ。先生と同じだ。運が無かった。それだけだ。故に僕はそれを愚かと罵りはしない。ただ、よくやったとも言わない。
 王都では土葬が主だ。理由は知らないが、伝統的に土葬がよく行われている。
 神父に葬儀を依頼し、共同墓地に埋められるエクセルの棺をただ僕は虚ろに見つめた。自分が何を考えているかよく解らない。
 周りは涙を流すものは少ない。俯く者や、ただ冥福を祈る者だけだ。騎士の死にもダンジョンメイカーの死にも、涙は不要だ。ましてや人を救って死んだなら讃えてやるものだろう。スオウは抑揚のない声で言った。
 というか何故にスオウがいるのか。軽く聞いてみたら、道化師の攻撃で身体の一部が欠損した者は幾らかいるが、王都で死んだのはエクセルだけだそうだ。他の者を弔うついでだという。
 エクセルは灰色の地『死薔薇の園』で散った者たちの魂も背負わされているらしい。最期まで重役を担わされたようだ。
 どこまでも運の悪い奴だ。
 葬儀が終わり皆が去った後、ソアラは肩に掛けていた剣を抜き取り地面に刺した。白い刀身の片手剣。刀身をよく見ると文字が掘られている。《Aglaia EEE》。アグライア、EEE。エドガー・エルシュ・エリプトン。とんだ有名人だ。《剣帝》エドガーの作品か。凄い値打ち物だ。
 共同墓地には『葬儀屋アンダーテイカー』がいる。彼らは彼の地の『墓守』並みに強いので盗みは万に一つも無い。因みに人間だ。元暗殺者(アサシン)の血族だったか。何にせよ剣が盗まれる心配はないだろう。
「なんかさ……」アニエが口を開いた。「あたしらの知らない奴が死ぬなんて日常茶飯事なんだけどね……」
「そうだねー。でも一時でも一緒に戦っちゃうとねー」
 リュカはそこで言葉を切った。彼女の言いたいことが何となく解った。
 エクセルはあの時彼女らにとってはもう仲間だったのだ。昔先生に言われたことを思い出した。

『仲間は付き合いの長さじゃねーんだ。仲間ってのは――』

「……自分が仲間と思った瞬間から仲間……か」
「え?」
「何でもないよ。シエル」
「そう……」
 そう言ってシエルは黙った。訝しそうだったが、追及はしてこなかった。
「……そろそろ戻ろうか」
 ここは寒い。春先とはいえ気候上朝は寒い。だけどこの肌寒さは気候の所為か、それとも僕の気分か。何にせよ今はあの簡素な白いベッドが恋しかった。


 医療センターのベッドの上で寝転がり、僕は何かを考える。しかし何を考えているか自分でも解っていない。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。
 そんな下らない応酬を繰り返し行うこと三十分。時間の無駄だ。
 アルグは会合があるらしく、ギルド本部に帰還した。別れ際に悪かったなァと謝ってきた。ただアンタは悪くない。僕はそうとだけ返した。
 アニエとリュカは『クァンジュ』に行くそうだ。誰かが死んだからといってダンジョンメイカーの仕事は休みにはならない。
 ソアラは宿に帰るらしい。僕は彼女が一番心配だった。ソアラは仲間を亡くしたのだ。一度に、大勢の仲間を。大丈夫だろうか。放っておけば僕のようになるかもしれない。穴だらけの心に。
「……シエルは帰らないのか?」
「うん」
「そうか……」
 本当は突き放すべきなのかもしれない。なのに僕はどうしてだろうか。心の何処かで彼女を求める。傍にいて欲しいと願う。
 僕は人の温もりが欲しいだけかもしれない。切り捨てたはずの感情は今尚僕の心に根付く。もしかしたらシエルじゃなくても僕は構わないのかもしれない。
 何て最低な奴だろうな。僕は。
 僕には愛が解らない。凰州の下層、ドブのような場所で生きてきた。それは『彼』に出会った後も変わりはしなかった。僕の根底にあるのは所有欲なのかもしれない。そこに好意はあるのだろうか。かつて僕が欲した『彼女』を僕は果たして愛していたのだろうか。
 冷静に考えれば考えるほど自分が解らなくなる。僕はシエルが好きなのか。好きって何だ。自分の気持ちも解らない。嗚呼、誰か答えてはくれないのか。
「ユキト君……?」
 シエルに呼ばれ、思考を強制終了する。胸が苦しい。頭が痛い。僕はどうすればいいんだ。
「ユキト君?」
「あ、ああ。ゴメン、何?」
「眉間に凄い皺が寄ってたから……。考え事してたの?」
「うん。まあ、ちょっとね。それでなんだい?」
「あ、あのね、ユキト君。あの時の言葉なんだけどね……」
 そこまで言ったとき、扉が開いた。間が悪いな。誰だと見たらソアラだった。
「お、お邪魔でしたか?」
 ただならぬ空気を感じ取りでもしたのだろうか。別に構わないのだが。大丈夫と声を掛けようとしたときソアラの抱えている袋が目に入った。
 大事そうに抱えたそれとソアラを見て僕は何かあると感じた。
「……シエル、済まない。席、外してくれないか。話は後で……ゴメン」
「え、あ、うん……大丈夫」
 無意識に僕の声のトーンが下がっているのを感じ取ったらしい。シエルは素直に頷いて部屋から出た。
「座りなよ」
「あ、はい。失礼します」
 ソアラが隣に座る。近くで見たらソアラの目には隈ができていた。寝ていないのか。違うか。眠れないのだ。きっと。
 彼女は悪夢の中にいるのだ。
「大丈夫か?」
「はい。私は元気が取り柄ですし。ユキト様は……」
「ほとんど身体が動きません」
 茶化して言った。少しソアラの表情は柔らかくなった。だが、それを見ると余計に心苦しい。だが、無理矢理押し込め言葉を紡ぐ。
「で、その手に持ってるのってさ……」
「はい。エクセル君の遺品です……それで……」
 形見分け、というやつか。僕がエクセルの遺品を持っているなんて本人が知ったら激昂しそうだ。というかそもそも。
「どうして僕なんだ?」
「……騎士を辞めたエクセル君の一番の友達……ですから。ユキト様は……」
「友達……ねぇ」
 なんともエクセルが憎まれ口を言いそうな。しかしソアラが望んでいるなら仕方あるまい。僕は了承した。
 エクセルの遺品――ペンダントと腕輪、懐中時計。趣味が僕に似通っている。懐中時計が特に。
 ペンダントはソケットが付いていて、中を見ると女性の姿が写っていた。妙齢の美しい女性だ。
「……姉か?」
「母親……だそうです。流行り病で亡くなったそうで……」
「そうか。まあ、これは墓に供えた方がいいな」
「そうですね……忘れてました。普段は持ち歩かないそうなので」
 几帳面な奴だったのか。まあ、きちきちしてそうな感じだったしな。
 暫く話し合い、僕は腕輪を、ソアラは懐中時計を。ペンダントはお墓に供える方向で決まった。
「エクセル君、ユキト様をとても気にしてましたから。……きっと喜んでますね」と笑う。しかしその笑顔も弱々しい。
「へぇ……」
 それはライバル視しているだけではないだろうか。
 しかしそれを苦笑する事もなく、ソアラの方を向く。頬には涙の跡。それは誰にも見せない苦痛の印。悪夢の印だ。
 僕はそれを見てほとんど無意識に口を開いていた。
「ソアラ。辛いなら我慢しないでくれ」
 動かぬ身体を必死に傾け、彼女の瞳を見つめた。穿たれた痛みは本人しか解らない。肉体でも心でも。解るとすれば同じ傷を背負った者だ。
 ソアラの痛み、辛さ全てを理解は出来ない。それは傲慢だ。だけど少しは解る。
 昔は、いや今でも僕は痛みの渦中にいる。蜘蛛の糸さえも垂れてこない、地獄の底だ。
「そんな……私は……別に……」
 震える声は僕の心を揺さ振る。僕はソアラを追い詰めているだけかもしれない。
 それでも。それでも僕は苦痛や後悔を胸に秘め、大きな空白を心に作らないで欲しい。空いた心に埋まるのは歪んだ感情だ。僕のように。
 だから僕は言葉を紡ぐ。
「辛いときは辛い顔をすればいい。それでも無視をされるなら叫べばいい。お前は……僕の仲間だ」

 ――たとえ君が世界の敵でも、僕は君の味方になろう。

 かつて『彼』と交わした約束は果たせなかった。だけど、今度こそは守りたいのだ。
 僕はソアラを見つめた。逸らしはしなかった。
 そして彼女は口を開いた。
 洩れ出たのは。
「わ……わた……わたしは……う……うあ……あああ……」
 嗚咽。
 溢れる涙はとめどもなく。
 溢れる思いはとめどもなく。
「うあああああ…………!」
 ソアラは泣いた。
 糸が切れたように。
 僕のベッドに顔を擦り付けて。迷子になった子供が、見つけてもらったときの安心感から泣きだすみたいに。
 されど未だ悪夢の中にいるように。
 泣いていた。

 その傷付いた少女を抱き締めることも出来ない僕の腕。
 そんな腕で僕は本当に人を、シエルを愛せるのだろうか。
 ただ泣きじゃくる少女を見つめるしかない僕は本当に人を、仲間を救えるのだろうか。
 昼下がり、漸く陽気の出てきた空を見上げて僕は問い掛けた。返す者は誰もいない。
 病室は少女の泣き声が轟くばかりだった。


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