第1話 未開の森にて
息を潜ませる、気配を殺すというのは僕のような人間たちには必須スキルである。まぁ、現に今息を潜ませている。
ふしゅーという鼻息とカシャカシャという金属が擦れる音。豚みたいな、いや豚よりも遥かに醜悪な顔のくせに異常なまでの屈強な肉体――いわゆるオークである。
この辺の鬱蒼とした森ではさして珍しくもない。彼らはあれでも森の民だ。とても狂暴だが。
そんなわけで僕は今できるだけ物音を起てず、物陰に身を潜めているのだ。勿論、殺すために。
やはり戦いの基本は不意討ちである。生き死にが懸かった戦いで卑怯もクソもない。勝てば丸く収まるのだ。
そもそもオークは支配者側と被支配者側があり後者は頭がものすごい悪い。ちなみに、あのオークは着ている鎧や装備から支配者側である。
「そりゃ、不意も突きたくなるよ」
思わずぼやいてしまった。
オークは現在ぼーっと立っているだけだ。が、油断はできない。上流のオークは武芸に長ける。無闇に斬り掛かればこっちが斬られる。いや、持っている武器がモーニングスターなところを見るとミンチだな。
想像してしまい少々うめく。
自分の武器は刀だ。鎧を斬るには強度が足りない。ならば、鎧の隙間あるいは鎧の無い部分を狙うしかない。つまり、首だ。
腕に自身は確かにあるが、距離8メートル。この体勢から一気につめても2秒半。一か八かの数字だ。しかし居合いを使えば短縮はできるだろう。
僕はタイミングを見計らった。息を止め、オークに視線を集中する。
そしてオークが下を向いた――瞬間に間合いをつめる。飛ぶように詰めたため狙いが定まるか戦うまでは不安はあったが、もう大丈夫だ。鋭い無心の一閃。空気ごと裂くような一撃がオークの首を捕えた。
血飛沫をあげ舞う豚の首。若干唖然といているっぽい、そんな顔だ。
ゴロンと首が地面に落ち、その後体が倒れた。鎧が地面を叩き谺した。
血振りをして刀を鞘に収める。目ぼしいモノをオークの体から見つけようと粗捜ししようとしたが自制し、本来の目的に移ることにした。
すっと懐のバッグから紙とペン、コンパスを出す。
紙には書きかけの線がある。この森の地図である。
ここは最新の未開拓地であり、書きかけの地図はここがまだ踏破されていないことを示す。 未開拓地は番号が振られ、発見者が命名するのが原則だが、ここを探索していた一団が行方不明に――というか恐らくだが全滅したので地図作り直しになったのだ。
故に僕は行けるとこまで行こうと、他の一団に先んじた訳だ。
命名権はこの場合は僕にあるだろうが、なにぶん未開拓地は多い。はっきりいって名鑑を見ないと被る可能性がある。番号も最新のモノがわからないため、どうしようもない。
こういう未開の土地は登るにせよ、降りるにせよ、はたまた平行に進もうとも幾つかの層に分けられる。以前、探索もしないくせに新しい未開拓地を見つけては命名だけしていく『ネーミングカワード』なる輩が出現したため中層域近くまで踏破しないと名前がつけられなくなっていたりする。
手っ取り早く地図を書き、できたものを眺める。
「こんなもん、かな」
ある程度は正しいだろう。多分。
初めは距離をとらえるのも一苦労だったのに成長したなあと物思いに耽りながら道具をしまう。
一人なのであまり奥地に行けないため地図の完成度からしてあと700メートルが限界だろうか。 ふと足跡がした。構造上音の響きやすさはあがっているが、でかい。というよりは多い。10人前後かそれくらいだ。
先ほどのオークの仲間か。出来るだけ影になる場所へ身を寄せ、腰の愛刀に手を掛ける。
が、程なくしてそれは杞憂に終わった。
「おぉっ!?なんだ?ユキトかお前」
いかつい、と言うより不精者といった風情の男が、後ろに9人仲間らしき一団をつれてやってきた。
僕は構えをとき、その一団に向かい合い、先頭の男にいつものように皮肉っぽく答えた。
「や、まだしぶとく生きていたのかい?シモン」
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