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怪奇掌編

隣人

作者:

 

 俺の叔父さんが、若いころに、一人暮らしをしていた時の話だ。


 叔父さんの住んでいた部屋ってのは古いアパートの二階だった。年季の入った金属製の階段を昇って一つ目の部屋だった。

 このアパートの一階と二階には、それぞれ五部屋ずつがあったらしい。他の部屋についても、そこそこ住人達でうまっていたという。

 うだるように暑い夏の日のことだった。叔父さんは、仕事が終わって、夕方の六時過ぎあたりに自分のアパートへ帰ってきた。

 季節は本格的な夏日に突入していて、連日続く猛暑の中で、アパートの階段を昇っていくだけなのに、じっとりと汗が吹き出してきた。夕方になって既に日は傾き始めているとはいえ、日中の熱気には、まだ十分すぎるほどの暑さが居座っていた。

 叔父さんが帰宅した頃というのは、どうも大気の状態が不安定になってきたらしく、強い風がアパートに吹きつけていた。むせ返るほどの、うんざりとするような蒸し暑い風だった。ただ、今のところ空にかかってる雲は薄かったようで、雨が降り出すような気配はなかったらしい。

 階段を昇って、叔父さんは自室の鍵をあけた。、そのまま部屋の中へと入る。息苦しさを感じさせるほどのモワっとした熱気に迎え入れられ、壁に据え付けられているた一つの窓を全開にした。そして、いかにも昔ながらといった扇風機のスイッチを入れた。扇風機からそそがれる風が順調に流れているのを確認した後、冷蔵庫に入っている缶ビールを取り出してプシュッっと。一人で一杯やり出したのだった。仕事終わりでこの暑さだ。おそらく最高の一杯だったんじゃないかと思う。

 叔父さんは扇風機の風を体の正面で受けながら、一人でしばらく飲んでいた。だがそうしているうちに、なにやら体がダルくなってきたのだという。叔父さんはそのまま、畳の上にごろっと寝転がった。すると案の定、ウトウトとし始めた。

 窓の外では風が強く吹いていた。時おり、ビュービューという音と、どこかの戸がかたかたと鳴るのが聞こえてきた。部屋の空気は、あい変わらず生あったかい感じだったという。

 叔父さんが次に目覚めた時、もう空は暗くなっていた。窓からのぞき見える外の様子では、日暮れ当たりに吹いていた風が既にやんでいるようだった。叔父さんは仰向けに寝転がったまま、天井を見つめ、ただボーっとしていた。日が落ちたせいで、いく分気温は下がったかもしれなかったが、まだ涼しいとまでは言えない状態だった。その部屋には窓が一つだけしかなかったから、通気が悪いこともその大きな原因だったのだろう。

 急いで片付ける必要のある用事も特になかったので、叔父さんは動かないまま畳に寝そべっていた。それが一番楽だった。

 そうして自堕落な感じで、ごろごろとしていたところ、外から階段を昇る足音が聞こえてきたのだという。

 ――カツン、カツン、カツン……。

 それからしばらくすると、壁の向こうからラジオの音が鳴り出したのだという。どうやら隣人が帰ってきたらしい。だが、叔父さんはぼやけた意識でまどろんだまま、また眠りに落ちてしまった。そして再び目が覚めることになったのだが、その時にはもう夜中になってしまっていた。

 ――やべえやべえ。

 時計で時刻を確認し、叔父さんはボーっとしながらも体を起こして、開けっ放しにしてあった窓を閉めて鍵をかけた。そして、またゴロンと横になった。とにかく体がだるかったみたいなんだ。そのまま寝ぼけまなこで上を向きじっとしていた。すると、何やら壁の向こうから音が聞こえてくる。

 ――なんだよ、となりラジオつけっぱなしじゃねーか。

 叔父さんはそう思った。だが、その日はなにか様子がおかしかったんだ。

 壁が薄いので、となりの部屋からラジオの音が聞こえてくるというのはよくあることだったんだが、今までは、こんな時間にラジオがついていたことは一度もなかった。しかもなんというのか、となりの部屋から、なんとも奇妙な気配みたいなものを感じたらしい。叔父さんはふと、あることに気づいた。

 ――さっき隣が帰ってきた時、ドア開いたか?

 いつもなら、あけたドアを閉める時にバタンと音がするはずだった。叔父さんは、妙な胸騒ぎがし出した。それまでは動いて風を送っていた扇風機のスイッチを静かに切り、壁の向こうの様子に耳をそばだてた。すると、何かかすかに、ピチャピチャという変な音が聞こえてくる。耳に入るか入らないかのわずかな大きさでピチャ、ピチャ、と。

 ――なんの音だぁ、ありゃあ。ひょっとしたら蛇口しめ忘れてんのか?

 と叔父さんは思った。だが、すぐに違うということに気がついたんだ。

 その音は、壁をはさんだすぐ向こうから聞こえてきた。アパートの間取りはどの部屋も同じはずで、流し台は別の位置、入口のすぐ近くにあるはずだった。今、叔父さんの頭があるのは窓のそば、部屋の一番奥だ。こんな耳元の近くで、流しの音が聞こえてくるわけがないんだ。

 しばらく考えを巡らせていた叔父さんは、ふとある結論に思い到る。

 ――なんか食ってるのか……。

 だが、それは普通の食事で出すような音とは思えなかった。経験上から、あれは違うものだと感じた。

 現実の思考で物事を把握できないってのはけっこう恐いもんだと思うが、叔父さんはそこで、わけのわからない寒気がしてきたのだそうだ。ふと叔父さんが腕を見てみると鳥肌が立っている。頭のこめかみの辺りがピクピクとした。これは、叔父さんにとって何かまずいことが起こる時の前兆なのだという。

 叔父さんの意識はにわかに覚め、体が嫌なこわばりかたをしていた。叔父さんがしばらく身構えていると、コン、コン、と音がした。入口のドアからだった。誰かが部屋のドアをノックしていたんだ。叔父さんは動かず、目だけをドアに向ける。

 ――コン、コン、コン。

 また叩いた。だが、叔父さんは無視した。というか、体がこわばりすぎて動けなかいという感じだったらしい。

 ――コン、コン、コン、コン、コン。

 再びノックの音がする。回数が増えた。ドアの向こうから、何かおとないの声が聞こえてくるというわけではなかった。叔父さんは、なおも黙って、眼球目だけを動かしドアを凝視している。ぴくりとも体を動かさないままに。すると、急に異変が起きたんだ。

 ドンドンドンドンドンドンドン!

 猛烈な勢いでドアが叩かれた。だが、何も声は聞こえてこない。

 ばーん! ばーん! ばーん!

 さらに激しさを増し、もはやノックなどとはとうてい言えないような衝撃がドアに走る。ドアがぶっ壊れると思った叔父さんは、観念して立ち上がった。大きくこわばった体を無理やりに引き起こす。恐怖でひきつりながらも、よろよろとドアのほうに近づいていった。そしてドアの前に立つと、叔父さんはびりびりと震えているドアののぞき穴から、外の様子をおそるおそるとうかがってみた。するとだ。

「ひゃっ」

 叔父さんは、腰がくだけるようにして後ろにぶっ倒れてしまった。のぞき穴の向こうで、でっかい顔らしきものが、ぺったり張り付くようにして中をのぞき込んでいたからだ。その顔というのは、目と鼻がなく、ただ口だけだった。耳は意識すらしなかった。

 ――なんだ、ありゃぁ!

 ガチガチガチガチ、と生涯初めて歯を鳴らして叔父さんはふるえ始めていた。すぐさま押し入れまでにすっ飛んで行って布団を引っ張り出すと、頭から布団をひっかぶった。布団にくるまりながら、ひたすらふるえていた。

 どれほどの時間が経過したのかはわからなかった。いつの間にかドアを叩く音は止んでいた。だが、隣の部屋からは先程までとは比較にならないような、馬鹿でかい音が鳴っていた。

 ――ラジオじゃねぇぞあれ!

 ラジオだとばかり思っていたが、それは明らかに違うような気がした。それでは何なのかというと、それがよくわからなかい。と、その時だった。

 バリーン!

 ガラスのようなものが、激しくくだけ散る音がした。ひっと叔父さんは布団の中でうめく。

 ギャーン!

 この世のものとは思えないような、断末魔めいた悲鳴が轟く。布団の中にうつぶせでうずくまっている叔父さんは、思わず両手で耳をふさいでいた。ただならぬ物音に、必死になって、助けてくれ、誰か、とうめいていた。

 いつのまにやら全てが静まかになっていた。

 ふるえがまだ止まらない叔父さんはようやく我にかえった。その時、時計の針は午前三時すぎを指していたという。叔父さんは、いったい何事があったのかということがまるでわからなかった。ただ、非常にまずいことが起こったのだろうという意識だけがはっきりとあった。

 翌日になった。叔父さんは必要な手続きを済ませて、たった一日のうちに疾風の如く、怒涛の勢いでアパートを出ていった。


 十年以上の歳月が流れた。叔父さんは俺にこの話をし、最後にこう付け加えたんだ。

「宇宙人て奴は、やっぱ、わりとひんぱんに地球に来てるんだろうな」

 どこか後悔しているような口調に思えた。

 叔父さんが一日で引っ越した際に、隣の部屋の様子は全く見なかったということだ。




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