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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怖いひとたち

特製肉の秘密

作者: 鈴本耕太郎

 霊能力者。

 それは普段、焼肉屋の経営をしている私のもう一つの顔だ。

 ただ誤解のないように言っておくが、私自身は幽霊が視えるなんて一言も言った事はないし、実際そんな能力は持ち合わせていない。

 ではなぜ霊能力者等と呼ばれているかと言えば、単に誤解が誤解を生んで収集が付かなくなってしまっただけだ。まぁ私としては、それがプラスに働いているのだから、敢えて否定する気はさらさらない。


 さてそんな私だが、表の顔である焼肉屋は連日大繁盛で半年先まで予約が埋まっている。完全予約制で、メニューもお任せコース一つしかないにも拘らずである。

 人気の理由は?

 そう問われれば、胸を張って特製肉だと言えるだろう。最後に少しだけ提供するこれが何の肉かは、私だけの秘密だ。本来、食肉とされる事がほとんどないそれは、臭みが強くて筋っぽい。

 しかし私の長年の研究によって、短所であったそれを長所へと昇華させる事に成功した。その調理法を習得してからというもの、噂が噂を呼び、気が付けば今の状況に至ったという訳である。

 とはいえ、食肉として一般的に流通していない為、一人当たりの客に提供出来るのはほんの僅かだ。客からはもっと大量に食べたいとの要求を貰うが、こればかりは仕方がない。

 実は私が直々に獲物を吟味して狩っているのだ。美味い肉を提供する為には、絞めた直後に特殊な下処理を行う必要があるという訳である。


 そんな具合に日夜仕事に情熱を燃やしている私の元に、とある電話がかかって来た。

「娘に会いたいんです」

 電話口でそう呟いた女性の声は震えていた。


 山下日香里ちゃん。

 電話主の子供で、一ヶ月程前から行方不明なっている八歳の女の子だ。

 赤いパーカーを着た少女が、湖の前で笑顔でピースをしている写真が何度もテレビニュースで公開されていた。いなくなった当日に撮ったというそれが、まさか最後の写真になるなんて、両親は思いもしなかった事だろう。


 日香里ちゃんは両親と共にキャンプに行き、ほんの僅かな時間、目を離した隙にいなくなってしまったと報道されていた。

 警察や自衛隊、地元の自治体等が協力して捜索を行ったが大した成果が出せないまま、時間だけが過ぎていった。そして結局、彼らの努力は実る事がないまま捜索は打ち切られた。

 ほんの少し前に話題になった事件である為、まだ記憶に新しい。

 

 私は電話の向こうで泣いている日香里ちゃんのお母さんに向かって、出来るだけ優しい声で話しかけた。

「お力になれるかわかりませんが、明日私の店に来てください。開店前であまり長くは時間を取れませんが、それで宜しければお話を伺います」

 私の言葉を聞いた彼女は何度もお礼を言っていた。


 最初に言ったように私には霊視能力等というモノはない。

 ではなぜ、彼女の話を受けたのか。

 それは単に私の趣味だ。

 最低だと思うだろう。私自身も悪趣味だと自覚している。それでも私の話を聞いた相手が少しでも救われるというのなら、それで良いのではないかと思うのだ。

 それに相手を騙して金銭をとっている訳でもない。ただ他人の不幸に触れる事で、私の中の何かがゾクゾクと波打つ感覚が癖になっているだけなのだ。


 翌日、時間通りに日香里ちゃんのお母さんは旦那さんと共にやって来た。

 軽く挨拶をした後、私は用意していた特製肉を盛り付けた料理を出した。

「これは?」

 驚いている二人に私はニコリと笑って見せる。

「お二人とも酷い顔をされています。碌に食事も取れていないのではないですか?まずはそれを召し上がってください。お二人がそんな状態ではいけませんよ」

 二人は多少渋ってはいたが、何とか食べて貰えた。

 こんな状況では、どんなに美味い料理だとしても味なんてわからないかもしれない。それでも二人には食べて貰いたかった。私の特製肉にはそれだけの価値があるのだから。


「いかがでしたか?」

「とても美味しかったです」

 疲れた顔で旦那さんが笑った。そして……。

「こんな状況でも美味しいって思えるんですね」

 日香里ちゃんのお母さんはポロポロと涙をこぼしていた。

「私の料理は特別ですから。せっかく日香里ちゃんがご両親の元に戻れたというのに、そんな顔をしていたらダメですよ」

「――え?」

「それは、どうゆう事ですか?」

 旦那さんが真面目な顔でこちらを見た。

「さあ?なんとなくですかね。黄色いTシャツを着た日香里ちゃんが、お二人に微笑んでいるように思えただけです」

 二人の間に視線を送ると、彼らもそれに続いた。

 そして……。

 同時に泣き崩れた。


 帰り際、奥さんを抱えるようにして歩いていた旦那さんが、こちらを振り向いた。

「本当は霊視能力なんて信じてなかったんです。それでも藁にも縋る気持ちで訪ねてみたんです。それがまさか本当に視えるなんて驚きました。日香里はあの日、赤いパーカーの下に黄色のTシャツを着ていたんですよ。私達ですら忘れていたのに、あなたがそれを知っていたという事は、そうゆう事なのでしょう。本当にありがとうございました」


 彼は深々と頭を下げると、再びゆっくりと歩き出した。

 その後ろ姿を見送りながら、私はどうしようもない程の快感に浸るのだった。


 店へと戻った私は開店の準備を始める。

 冷凍庫を開けば、一ヶ月程前に狩ってきた肉がだいぶ少なくなっていた。一度に提供する量はかなり少なめなのだが、これでは後一週間ももたないだろう。

 幼い個体の肉は柔らかくて美味いが、量が少ないのが難点だ。次はもう少し成熟した個体を狙うとしよう。

 私は黄色い布で巻いた肉を取り出して、冷凍庫の扉を閉めた。

 


特製肉の秘密が何か分かったでしょうか?ちゃんと伝われば幸いです。

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