第37話「涙」
死んだ。死んだ。一人、死んだ。誰がだ?ウォルター。俺は知らない。そう君は知らない。計画は狂う?いや、狂わないさ。一人くらいの誤差は修正できる。やはり、恐るべきはリューヤ。リューヤ。始末しなければ、この先、どうなるか分からない。始末しなければ、始末しなければ、始末しなければ、
「始末しなければ!」
ジョー・アルシュは自分の声で目を覚ました。ジョー・アルシュは半身を起こし、夢の中の声を振り払うように頭を振った。
今の夢は何だ?いや、誰の声だ?最近、頭の中で自分以外の者の声がする。私は狂ったのか?ウォルターなどという人物を私は知らない。何故、知らない人物が死んだ事を私が知っている。誰か一人が欠けた。それは間違いない。それが、私には分かる。何が欠けたのだ?死人など毎日掃いて捨てる程出ている。私に何か関係ある人物なのか?関係ない。
関係ないはずだ。私は私のやるべき事を成すだけだ。私の成すべき事。それは再生。人類の再生だ。
ジョーは再び頭を振って、側にあるコーヒーカップに手をやった。白い陶器のコーヒーカップには飲み残しの冷めたコーヒーが残っており、ジョーはそれを口に含み、一気に飲み干した。
「いるか?」
ジョーは気配を探すように言った。
「お側に。」
黒衣の装束に身を包んだミハエル・コーターが、ジョーのベットの横に控えていた。いつの間に来ていたのだろうか?相変わらず目の前に姿を見せるまで気配をまるで感じない。
「ウォルターという人物が近日中に死んだかどうか確かめられるか?」
ジョーの言葉は冷たい響きで部屋の中にこだました。この部屋は防音盗聴防止付きの部屋である。窓も二重に嵌められており、声が外に漏れる事は絶対にない。それでも、この言葉を言うのは躊躇われた。只の夢の話かもしれないのだ。
「ウォルター・・・・・・・・ですか?」
ミハエルは動揺を隠し、静かに言った。だが、ジョーはその響きの中に何か違和感を感じた。
「知っているのか?」
「リューヤ暗殺の部隊の殉職した人間の中に、同じ名前があります。」
「そいつも、β能力者だったのか?」
ジョーはコーヒーカップを寝台の横の台に置いた。
「α能力、β能力。両方を持つ逸材でした・・・・・・・・」
ジョーの目から涙が零れる。
「いかがなさいました?」
「何故かは分からないが、とても、とても悲しい気分だ。恐らく、私にとって、とても大事な人間だったのだろうな・・・・・・・・」
ミハエルは顔を下げ、肩を揺らせる。泣いているのだろうか?世界崩壊のシナリオを描き、アレクシーナを騙し、ラスアの暗殺を手配したこいつでも、やはり泣くほど悲しい事があるのだろうか?顔を下げているせいか、顔までは見えない。だからといって、それを見る気にはなれなかった。
「ジョー様、我々の作戦には犠牲者も出ます。それを押して、ジョー様には頑張って頂かなければなりません。」
ミハエルが俯いたまま、唐突に言った。
「それが、私の覇欲から来ているとしてもか?」
ジョーの目からはもう涙は流れていない。
「そうです。」
ミハエルは顔を上げてそう答えた。
「リューヤ、これは・・・・・・・」
小夜子は目の前の死体の前でそう呟いた。辺りにはもう人の気配はない。
「やはり、小夜子の予想があたっていたな。」
リューヤも小夜子の横に立って、死体を見ていた。ウォルターと呼ばれた男の死体の右腕に、666の痣が綺麗に浮かんでいた。 |