第33話「6対2」
「リューヤ、起きたのか?」
小夜子がベットから出るリューヤに寝ぼけ眼で言った。
「起こしたか?悪い。」
「いや、いい。私もそろそろ起きようと思っていた。」
小夜子が退院して3日がたつ。傷は塞がっていたが、まだ激しい運動は止められていた。その三日間、二人はお互いを求め、少しの間でも離れるのを厭うように抱き合った。退院して若い二人を止める障壁は何もなくなっていた。リューヤは小夜子を求め、小夜子はリューヤを求め、幾度も幾度もお互いがお互いを満たし合い、与え合った。
「小夜子、お前の傷が治ったら、俺はジョーの野望を終わらせる為に動き出そうと思う。」
リューヤがグレーの腰掛に座って唐突に言った。
「そうか・・・・・・・お前の道だ・・・・・・・お前の好きなように選ぶといい。私はお前についていくさ。」
小夜子は敷布団の上に膝を抱えて座り込み、淡い青のチェックの柄の布団を肩まで被っていた。
「小夜子・・・・・・・・」
リューヤは再び小夜子の名前を呼んだ。それは、少し寂しげなトーンを孕む声だった。
「なんだ?」
「ジョーの周囲を探るのをお前に手伝って貰おうと思う。」
「ああ、構わない・・・・・・・・私はお前を守り、お前の望みを叶える為にここにいるんだ。遠慮されたり、お前が黙って単独で危険な任務をこなそうとする方が、私にとっては苦痛だ。そういう事はしないで欲しい。」
「分かってるさ戦友。」
リューヤは小夜子に纏わりつく死のイメージを振り払い、お互いの思いを大切にする為にそう口にした。リューヤにとっても小夜子にとっても二人は幾多の修羅場を越えてきた、戦友である。だが、その前に二人はお互いを案じあう恋人同士でもあった。リューヤの背負った責務も、小夜子の背負った任務も、お互いが単なる恋人同士であることを許してはくれない。だが、そんな関係だったからこそ、お互いはお互いを引き合い結ばれた。それは、戦場で咲く徒花で決して実を実らせる事はないものなのかもしれない。だが、リューヤも小夜子もこの大きな戦争を止める為に、それに関わる小さな戦争を引き受けざるを得ないのだ。
世界を動かすβ能力者、その首魁。そして、ジョー・アルシュこの二人は斬っておかなければならなかった。
首魁の名前が分かっていない。だが、アレクシーナの所に来ていた人物は変装はしていたが、その人物はアレクシーナに最も近く、β能力者を統括してアレクシーナの指示をβ能力者にやらせていたらしい。狙い目はその人物という事になるか。
アレクシーナからジョーの側近にアリス・メーラーの名前が加わったと聞いた。小夜子を刺した少女に催眠術をかけた女の名前がアリス・メーラーだった。敵は取り合えず、アリス・メーラーの名前を秘密にしていない。挑発だろうか・・・・・・・
「何がだ?」
考えていただけのつもりだったが、最後の言葉は口にだしてしまっていたようだ。
「アリス・メーラーの事だ。」
「TVで見たが、かなり使えそうな人間だな・・・・・・・私達が狩ってきた「悪魔」とも違う。」
「人間でジョーのやり方に賛同する者がいるって事か?」
リューヤにとって考えたくない結論だった。人間が人間を滅ぼさぬ為に粛清する。そんな事はあるべきことではないはずだという思いがリューヤの中に確かに渦巻いていた。
「いてほしいとは思わないけど、いても不思議はないさ。」
小夜子は淡々とした口調だった。
「やつらは「悪魔」の只の人型兵器とは違う。連中も「選ばれた者」なのか?」
小夜子が肩にかかった毛布を一段と引き寄せる。
「少なくとも干渉者の人型兵器は、私やリューヤには通用しない。物理速度を上げただけで、この世界の機微、気配をまるで捉えられない。「眺める者」から力を借りてる私達の相手は、彼らじゃ無理だった。」
小夜子は辛そうな瞳を虚空へ向けた。
「「干渉者」から力を手に入れた人間が相手になると言う事か?」
「そういう事になる。そして、恐らくその敵はジョーを除いて6人。」
「6人?」
「聖書の記述だ。ケモノには7つの頭があるという。現実に666の男がいて、本人に7つ頭がないのなら、ケモノは残り6人いるという事だろう。」
「その一人がアリス・メーラーだと?」
「恐らくな。」
小夜子はそう言ってから一拍おいて、続けた。
「2対6じゃ勝負は見えてる。私とリューヤ二人だけでの暗殺は不可能だ。アレクシーナ様の協力は不可欠になる。」
「じゃあ、アリス・メーラーの名前をあえて出したのはやはり・・・・・・」
「挑発だろうな。もし、我々と同じレベルの能力者が6人もいたら勝負にならない。」
「ジョーを含めて7人か・・・・・・・・・」
小夜子がフッと笑う。
「2人じゃ勝ち目がない。ジョーは身のこなしからして普通に見える。だから、そうたいした事もないと思えるけど。戦闘に特化した化け物が6人。我々二人だけじゃどうにもならないかもしれない。」
「アレクシーナ様の助力を仰ぐか。」
「敵の強さが同じとしてこちらも我々と同レベルの人間があと二人はいる。だけど、そんな人間がゴロゴロいるとも思えない。相手が挑発してきている以上、各個撃破をさせてくれるとも思えない。手詰まりだな。」
小夜子はそう言って溜め息をついた。
「あああああああああああああああああああああ」
小夜子はリューヤの唐突な奇声に驚いた。
「どうした?リューヤ?」
「ミハエル・コーターとロード・コーター。」
リューヤは突然思い出したかのように言った。
「誰だ?それは?」
「俺のα能力の師匠だ。彼らに「契約」してもらえれば、可能性はある。」
小夜子は一瞬考えた素振りを見せて落ち着いた声で返す。
「ならば、可能性を追って助力を頼みにいくか?」
「ああ、場所はアルテイル公国だ。行くだけの価値はあると思う。」
「ならば、すぐに向かおう。時間がどれ程残ってるかも分からないしな。」
「ああ、行くぞ。」
リューヤは突然の思いつきに狂喜した。
「服くらい着させてくれ。」
小夜子はそう冗談を言って、服を着はじめた。 |