第29話「小夜子の迷い」
容態が落着いて、小夜子は警護付の病院に移された。アレクシーナの計らいだった。
キスをされ口ではリューヤを拒絶したが、心まではリューヤを拒絶出来なかった。やはり、私はリューヤを好きであり、心の底で感じるリューヤへの温かさ、リューヤへの感情はより激しい物へと変わっていっていた。
リューヤが所用で出かけるその瞬間に寂しさを感じたし、いない間に感じる寂寥感は言いようのない程激しい物に変わっていた。
いっそ、リューヤがリーンを思い拒絶してくれていれば、少なくとも自分は強いままの自分でいられたはずだった。だが、リューヤは小夜子の思いを受け入れ、リーンとの間に横たわる複雑な感情に決着をつけていくと言った。
病室で繰り返されるリューヤのキスは自分を別の物に変えていくようで奇妙な感覚だった。だが、それは悪い感覚ではなかった。恋愛は自分以外の他者を大切に考える最初のハードルだと誰かが言っていたが、その意味が少しだけ分かるような気がした。
病室で見上げれば、リューヤはいつもすぐ側にいた。小夜子の告白を聞いてから、リューヤは前よりもずっと優しく接してくれた。キスを求められればキスをした。体が重症でなければ、感情の波に飲まれ、きっともっとリューヤを求めていただろう。リューヤを抱きしめたいとも思っていたし、リューヤに抱きしめられたいとも思っていた。
その反面、自分の任務はリューヤを守り場合によっては暗殺する事だという事を考え、自分の感情に蓋をしようとした。私は冷静で冷徹なはずだろ?何度もそう問いかけた。叶わぬ望みであるからリューヤに対する自分の感情を私情と割って捨てられていた。だが、その望みは完全とは言えないまでも叶ってしまった。リューヤも私もこれでいいのだろうか?何度も考える。世界を変え得る者とそのボディーガードが恋仲になってしまう。まるで映画の中の世界のようだった。これでいいはずはないと何度言い聞かせたところで、本気で自分の身を案じ、優しく接してくれているリューヤを見ると、心は萎え、恋の感情に身も心も捉えられた。
「何故、私は告白などしてしまったんだ・・・・・・」
小夜子はリューヤのいない部屋で静かに呟いた。
トントンとドアのノック音が聞こえる。
「誰だ?」
「西城だ、入っていいか?」
「ああ、だが、リューヤは今いないぞ。」
西城がドアを開け、カツカツとと足音をたて入り込んだ。
「具合はどうだ?」
「大丈夫だ。回復待ちだな。」
「そうか・・・・・・・・まあ、ゆっくりと休む事だな。リューヤもそうだが、お前さんもちっとは休んだ方がいい。」
「気を使わせて悪いな。私は大丈夫だ。後、三日もすれば動けるだろうさ。」
西城は近くの丸椅子に腰掛けて小夜子から目を逸らせた。
「お前さんもリューヤも無理をする性質だ。体をきっちり休ませなきゃ仕事はできねー。そう考えて休むこったな。」
小夜子はフっと笑う。
「リューヤは一度家に戻って来ると言っていた。暫くは戻らないと思うぞ。」
「知ってるさ。その代理の護衛できたんだ。」
「?ここは王侯貴族専用の病院だ。警備システムに抜かりはあるまい?少しくらいの時間なら大丈夫なはずだ。」
「まあ、そうなんだが、ちょいとばかしリューヤが時間が欲しいって言うんでな。F国の一件でえらい信用されちまったもんだ。難儀な事だぜ。」
小夜子が再びフフッと笑う。
「お前さん・・・・・・・笑うようになったな。」
その言葉を聞いて小夜子は顔を引き締めた。
「気が緩んでいるのかもしれないな。刺されたばかりだというのに。」
「笑うようになったのはいい事だと思うぜ。」
西城はそう言ってニヤリと笑い、小夜子も微笑を零した。
「お前さんリューヤに告白したらしいな。」
西城が唐突に言った。小夜子が気色ばむ。
「リューヤから聞いたのか?」
「いんや、運転手が聞いてたのさ。残念だがお前さんがたは完全に自由じゃない。我々の監視がある程度行き届いているって事さ。」
「そうか・・・・・・・そうだろうな。運命を変え得る男、リューヤ・アルデベータの事だからな・・・・・」
「そういう事だ。まあ、知ってるからリューヤにもかまをかけた。最初は渋ってたが成り行きは聞いた。勘違いするなよ。深いとこまでは聞いちゃいねえ。お前さんがリューヤを好きでリューヤもお前さんを憎からず思ってるって程度の事だ。それ以上の事は聞いちゃいねえよ。」
「下世話な事をするな・・・・・・・」
「わりーがこっちも仕事なんでな。リューヤの動向を知っとかなきゃなんねーんだよ。人の恋路に入り込むなんざ、俺は反対だったんだが、アレクシーナ様が酷く知りたがってな。リューヤが「救世主」なら様々な問題に対する答えがそこにあるはずだってな。だが、まあ、野次馬根性だな、今回ばっかりは・・・・・・」
西城が諦めたように溜め息をつく。
「アレクシーナ様の言う事も分からなくもない。恋愛や結婚の問題はいずれの宗教でも結構大切に扱われている。」
「俺にしてみりゃ、好きだ惚れたなんてのは個人の問題で他人が口を挟むような問題じゃねえって思うんだがな。」
「神が運命を定めているなら、結婚相手も神の定めた相手だろ?それをコロコロ変えてもいいのかという考えは何度も問題になってる。それが理由で改宗した王様もいるくらいだ。」
「リーンの事を言ってるのか?」
西城が問った。
「リューヤの定められた相手というのはリーンだろ。私はそう思う。」
小夜子が答える。
「おりゃあ恋愛にゃ詳しくねえが、そういうのは当人同士の気持ちじゃねえのかい?」
「リーンはリューヤのパートナーとして文字通り「復活」までしてるんだ。それを、私なんかが割り込む余地はなかったはずだ・・・・・・だから・・・・・・・」
「だから、今の恋がいけねーてのか?俺はそうは思わねーぞ。幸せになる権利ってのは誰にでもあるはずだろ?リーンにもリューヤにも、もちろんお前さんにもだ。相手がいるからって思いすら伝えちゃいけねーなんて決まりはねえだろ。それに、俺はリーンはリューヤのパートナーとして生き返ったんじゃないと思うぜ。リーンはリューヤに復活した事を伝えず会いもしなかった。七者会議でようやくご面談だ。それで、あの言いようだ。昔からなのか変わったのかしらないが、今のリューヤにとっては酷な話だ。俺はリーンよりお前さんの方が似合ってると思うぜ。戦友だし、どちらかと言えばお前さんを応援するさ。」
西城はそう言って小夜子を優しく見詰めた。 |