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1. 2016年12月6日_21:07:43

ドスンッ。



「っ…いってぇ……」




尾てい骨から背骨へと衝撃がビリビリ伝わった。思い切り打ち付けた背中をさすりながら、俺は床に手をついてよっこらしょっと立ち上がる。まさかほんとに床が抜けるなんてな… 今時こんなことあるのか。ドリフかよ。



「で、ここは…どこなんだ?」


ほこりなのか何なのかよく解らんが眼前をもやもやしたものが覆っている。さっきからやたら変なところにばっか辿り着くんだが。


やっぱり夢なのか?でもさっき床が抜けて落っこちた時めっちゃ痛かったよな…いやでも普通に日常生活送ってて寝て起きたら異世界にいるなんてありえないからやっぱ…とかなんとか考えてるうちにそのもやみたいなのが晴れてきてここがどんなところなのかが分かるようになってきた。







「……は?」




思わずポカンと開いた口から声が漏れる。…いや、これはだれだってそうなるだろう。こんな状況になってから初めて恐怖を覚える。その情景には俺にそう思わせるほどの衝撃があった。






高い塔。


というか棒。



銀色の輝きを放つ電信柱ほどの太さの塔が、それは―――――おれが今まで見たこともないような高さのところまで伸びていた。




…なんだあれは。




え?なにこれ?としか言えない。表現のしようがない。ただどこまでも高く伸びる銀色の細い棒、としか言いようがない。どうしよう、俺。目ぇおかしくなったのかな。

もともとモ〇ストのやりすぎで視力が大幅にダウンしている身だがこんな幻覚…視力低下と幻覚って関係ねぇだろ!理不尽だ。なんだよこれ。なんなんだよこれ。



仕方ねぇから視覚から伝達されるおかしな情報を脳で受け入れてやる。ほんとなんなんだ…なんなんだよ。なんかさっきからなんなんだとしか言ってないが君も俺と同じ状況になればきっと分かる。いつも通り寝て起きたらそこはベッドの上じゃなく異世界だったんだ。もう動揺しかない。



ぐるっと辺りを見回してみると、周りは高層ビルのようなものとやたら屋根が平らな建物がずらり。俺を取り囲むかのように密集したその街並みは東京に似ている…ような気がする。


天井は先ほど俺がいた空間…というか部屋と同じガラス張りで、太陽光なのかなんなのか知らないが眩しい光がガラスの様々な角度から差し込み、キラキラと反射していた。その光はきれいに並んだ街路樹の薄い葉を透かして地面の芝生に木漏れ日をつくりだす。


心地よい風が俺の髪をさらさらと撫でた。いつの間にかついさっきまでの不安や恐ろしさが和らぎ、好奇心がざわざわと音を立て始める。ってか俺床が抜けて落っこちてきたんだよな?…となると、このガラスの天井を破壊してここに落ちてきたってことだ。そんなんだったかな、と上を見上げると、眩しさに細めた目の間から傷一つないガラスが見えた。うん、穴は開いてないらしい。よくわかんないけどもういい。考えても俺のオツムでは分からないという確信がある。



「…まぁいいわ。とりあえずここから帰る方法は…」


そう俺が小さなつぶやきを漏らしたとき、どこからかドタドタと騒がしく走ってくる足音がした。どうやらこちらに向かってきているようだ。

道の先を見ると、誰かがこちらに猛スピードで走ってくるのが見える。相当急いでいるのだろう、まだ遠く離れているのに威圧感が半端ない。その気迫に押されて若干後ろに後ずさりながら俺は大声を出した。


「あの!!そこの方!すいませんがー、ここってどこっすか?」


するとそいつはなんと、スピードを一切緩めず、俺にそのまま思いっきり突進してきたのだ。こんなことってありますか。



「…っうげっ!」


追突された俺はそのイノシシ野郎と共に道路に倒れこんだ。思わず口から謎の声が出る。そりゃそうだわ、あんなスピードで突っ込まれたら誰だってあんな声が出ますよ。



「…もうっ、なんなの朝から…っちょっとあんた、とっとと退いてくれる!?」


不機嫌そうな高い声が降ってきて顔を上げた。そこには怒りに満ちた表情でどこかの制服を着た少女が倒れこんでいた。



「…は?」


「『…は?』じゃないわよ!!そこ退きなさいよ、あたしは急いでるの!」


その大きな目から浴びせられる眼光に完全にビビりながら俺は「いでっ」と呻きその場から立ち上がった。まだなぜか地面に座り込んだまま、これでもかというくらいイライラを前面に押し出し俺を睨みつけているそいつは、青系統でまとめられたチェックのスカートを履き真っ白なワイシャツの上にグレーのブレザーを羽織って碧いネクタイを締めていた。…ん?まてよどこかで俺はこれを見たことないか。どこかで…



「なにブツブツ喋ってんの。変なヤツね」



変人を見るような目つきで俺を一瞥したそいつは、ようやく倒れこんでいる状態から立ち上がって…と思いきや、再びそこに座り込んでしまった。


既に立ち上がっている俺はそいつを見下ろし声をかける。



「お前何やってんだ」


すると地べたに座ったままそいつはこっちを振り向き「なに?見も知らぬ相手にお前なんて言われたくないわ」と冷たく言い放つ。なんなんだこいつは。せっかく親切で話しかけてるのに。


俺が隣でムカッっとしている傍ら、そいつはまた地面に手をつき立ち上がろうとするが膝が持ち上がったあたりで諦めてしまう。これは…


「なぁ、ちょっと足見せてみろ」


その瞬間ぐるっとこちらを向きもの凄い形相で睨まれる。「へっ変な意味じゃないんで!!」俺はもういちいち身を守るのに必死だ。



やっと理解したのか渋々と足首を見せるそいつ。かがんでよく見てみると、やっぱり足首ののところが軽くすりむいていた。ついでに捻挫もしてるらしい。


「…お前、ここ捻挫してるぞ。血もちょっと出てるな。だからその体制だと痛くて立ち上がれないんだろ」


するとそいつは「え?」みたいな表情になって「そうなの?」と今までとは打って変わって気の抜けた言葉を返した。


「そうだよ」


そいつはなぜかしばらく下を向いて悶々としていたが、俺が「あの…急いでるんじゃないのか」と遠慮がちに問いかけると急にはっと顔を上げた。


「そうだった!やばいわ、どうしよ…これだと走れなそうだし、歩いていくしかないか…ああでもそれだと…」


おれはそいつの言葉をよそにブレザーの内ポケットの中をがさごそと探った。そして指先にお目当てのものを見つけるとそれをつまんで引っ張り出した。



「…なにしてんの?」


俺が白いハンカチを広げながらそいつの足元に再びしゃがみこんだのを見て、そいつは不審そうに目を向けてくる。



「別にどうってことないさ」


白いハンカチがガラスの天井を突き抜けて反射する太陽の光に眩しく輝く。俺はそれをそいつの足首に巻き付けて軽く結んだ。


「これで血はもう止まると思うぞ。捻挫のほうは氷とか今持ってねーから対処できないけど」


そいつは俺が結んだハンカチの結び目を驚いたような顔で見つめ、次に俺の顔を見上げた。そして目を逸らしてちいさく言った。


「…バーカ」


「…」



「…はぁあ!?今俺君を助けてあげたんだよね?えっ?でもバーカって言われたんだけど。普通ここ『ありがとう♡』って上目づかいで言うところだよね。俺がおかしいの?世の中ツンデレが正義なの?」


「なに騒いでんのあんた。まぁ、ケガを応急処置してくれたことには感謝するわ」


驚愕したままの俺を眺めながら、偉そうにそいつは言う。なんだこいつ。

するといきなり、そいつは何かに気付いたように俺の顔をまじまじと見て、目をじっと見つめた挙句、少しばかり左下を見ながら考えるようなそぶりを見せると、


「うん、いいかもね。これならいけるかもしれない。」

と呟いた。


「え?今なんて言っ――――」


俺の言葉を見事に無視し、肩にかかった髪をかき上げて、その毛先を背中で遊ばせながら、そいつは今までとは打って変わって急にペラペラと喋り始めた。


「そう、あたしは、大切な用事があるというのにここで莫大なタイムロスをしてしまっているの。あなたと衝突したせいでね。だからあなたには、そうね、あたしにしばらく付き合ってもらうことにするわ」


「はぁ!?なんで俺がお前に付き合わなきゃいけないんだよ!被害受けてるの俺のほうなんだけど?」


「だからこそよ。…まぁ、あんたなら暇つぶし程度にはなるだろうし。私だけじゃなんとかならないかもしれないし…とにかく問答無用!」



不吉な予感がめちゃくちゃする。この人生、生まれてから一番の不吉な予感だ。



いつの間にか、ガラスを通して射してくる太陽の光がさっきよりも眩しくなっていた。


どこかで鳴き始めた蝉の声を合図に、いよいよ俺の周りでも夏が始まる。




夏のスタートを切ったその予感は的中し、そいつはふふんと得意げに笑うと、その大きな瞳で俺の目をまっすぐに見て言った。



「あたしと一緒に今すぐ来なさい!」







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