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【夢噺 弐】 キルト
「……だったら、何?」
 眠っている気配は確かに感じなかったけど、同時に生気もほとんど感じられなかったベッドからの声に、私は別段おどろきも感じなかったが、生返事を返してしまった。特に感慨も無い返答に、青年の小さな声は続く。
「……君は、人を……人を殺した事が在るのか……?」
 ……こいつは何を知ってるんだろう。迂闊(うかつ)に知られたくないな、一般人には。
 そう思い、私は無難に沈黙を返す。何かを知られたくない時は沈黙を返すのが一番有効だ。相手が自分勝手な想像を信じ込む可能性は捨てきれないが、取り敢えず現状を進ませないためには、(しゃべ)らない事が一番だ。事実はそれ以上動かなくなる。知られたくなければ、何も応えなければいい。そう、教え込まれた。
 青年は一向に返って来ない私の応えにどういう反応を示したのか、しばらくすると勝手に喋り出した。
「……君を、探してる人が……いる」
 それが何だと言うのか。私を探してる人がいるのなら、あんたが私を見つけたんだ、あんたがその人に教えてやればいい。それだけの事だろう。……ああ、あんたは今動けそうに無いね。なら、どうしようもない。それで終わりだ。
 何も言い返さずに、ベッドに横になる。目を(つむ)り、静かに体を安らげる。
「……その人は、きっと君を……―――殺そうとしてる」
「……」
 つまり……そいつは……―――参加者、という事か。
 あの中にいた誰か、という事なんだろうか。……どちらにしろ、私には興味が無い。彼が私を見つけたのだから、私を探してる何者かは私の手掛かりを掴めたんだ、いつか襲い掛かってくるんだろう。その時にそいつを殺せば事足りる。私に行動(アクション)をする要素は無い。待てばバカが死にに来る。それだけでしかない。
 死にに来るバカにも興味は無い。そのバカが飛島(としま)茅夏(ちなつ)だったとしても、いつかは殺せるだろうし、今は危険視する必要も、殺害に急を要する必要も無い。(いず)れはこのゲームの参加者全員が死ぬんだ、別段何か行動を起こす必要は、考える限り、無い。
 私は緩やかな睡眠を取るべく、思考を少しずつ取り除く。無意識に身を投げ出そうとして、何も考えないように……
「―――一年前」
 ポツリと(こぼ)れた言葉が、私の空白になろうとしてた脳に刻み込まれる。
 不快を感じて眉根を寄せると、青年の声は微弱な意志を宿しながらも先を(つむ)いだ。
「君は……とある人物を殺さなかっただろうか……」
「……」
「……そう、あの日は確か、雨が降っていたな……土砂降り、って訳じゃない……霧雨って奴だな……辺りに薄い霧が掛かってた……寒い日だった……その日、とある人物が殴り殺されたんだ、何者かによってな……(ひど)い有様だった……頭蓋骨は陥没し、眼球は潰れ、肩から肋骨(ろっこつ)が砕け、足は折れ、肉は(ひしゃ)げ……助かる見込みなんて、無かった。そんな殺人を、君は……しなかっただろうか……?」
 ……ああ、あの日か。
 私は何も言わずに、目を瞑ったまま、毛布を肩まで被った。
 ……一々殺した人間の事なんて憶えていない。憶えておく必要が無いから。憶えていても何の意味も無いから。そう、奴は言っていた。
「人が生きる事に意味が無いように、人が死ぬ事にも何の意味も無い。人の生死に意味性を求める事自体、無意味極まり無い」
 ……別に奴を信仰してる訳じゃないけど、私もその考えには肯定派だった。人が生きる事に意味は無い、というのは確かにそう思える。突き詰めて考えたり専門家に何か口出しされたりすれば考え方も変わるかも知れないが、取り敢えず今のところ私の理論に変化が訪れた事は無い。
 人は何のために生きているのか。人に限らず、生物……万物生まれてきたモノ全てに関して、何のためにそこに在るのか。私には、そこに意味なんて無いんだと思う。そこに在る物は『生産』という過程プロセスの『結果』でしかないんだ。そう、そこに在る物全ては結果であり、それ以上の理由も意味も無い。そこに『在る』だけで全てなんだ。それ以上の理由を考えても価値を突き詰めても、何の意味も無い。ただ、そこに『在る物』は再び『生産』という過程を通じて、“子”などの『結果』を残すだけで、それ以上の価値は無い。ならば、その『結果』に意味が在るのか? 答は否。“子”が幾ら優秀でも愚劣でも、所詮(しょせん)は『結果』の『結果』。優秀であろうと愚劣であろうとただ連鎖する結果における過程の連続の一部であって、それ自体に意味など皆無だ。ただ、「自分の子は可愛い」や「自分の子は出来が悪い」というのは一つの『結果』の感想であって、それ自体にも意味が無い。それで子孫が繁栄して、結果どうなる? 世界は豊かになるのか? 平和になるのか? それとも世界が破滅に向かうのか? 戦争でも始まるのか? ……どうなるにしろ、一個体である『自分』ではせいぜい百年弱生きられるだけで、その先は全く分からないし、どれだけ努力してもそれ以上は生き永らえられないし、生きたとして何かができる状態でもあるまい。それなのに自分の残した『結果』の事を思うのは、私には理解し難い。(ゆえ)に、人及びあらゆる万物の存在には『結果』が残せるだけであり、そこに意味性は皆無と言ってやりたい。
 私の場合、殺人という『結果』を残した際の“殺害”という過程に生じた人間の生死など、何の感慨も湧かないただの『モノ』だ。私の価値観で言うならば、それは昨日の朝食と同列だ。何を食べたのかは憶えているが、別段思い出すまでも無い事で、思い出せたら何か得る物が在るかと言うと、そうでも無い。「あ〜そんな事も在ったっけ」という感想で終わるだけの、それ位の価値しかないモノ。
 いつ、どんな状況で、どんなやからを、どうやって殺したのか、そんな事を一々憶えておく必要なんて無い。何れは忘れ去られる存在だ、憶える分だけ脳を無駄に消費したような感じがするし、憶えておきたいとも思わない。それだけの価値さえ、人間には無いと考えているから。
「……もし、君がその殺人鬼なら……君は、その報いを受ける日が、きっと来る……」
「……」
「答えてくれ……君は、彼を―――音澄おとずみただしを殺したのか?」
 ゆっくりと、私は上体を起こした。
 隣を見据えると、上半身に包帯を巻いた青年が、私に拳銃の銃口を向けていた。
 これで二度目だ。この家に来てから、銃口を向けられるのは。
 そして、何度目になるか分からない、現実的に殺されそうになる瞬間が訪れるのは。
「……私は、そんな奴、知らない」
 首を振るでもなく、私は青年を見据えたまま、静かに言葉を吐いた。
 だが青年は、鋭くない平坦な眼差まなざしを、瞳の奥に憎悪の赤い輝きを宿した眼光を向け続け、銃口を下ろそうとはしなかった。その指は、引鉄(トリガー)に掛かったまま、動こうとしない。いつでも私を殺せるとでも言いたいのだろうか。この至近距離だ、私が身動みじろぎしただけで、彼は私を殺せるだろう。
 ―――だがそれは、私が普通の人間の場合だ。
「……嘘はかないでくれよ? 俺も、無差別に人を殺すつもりは無いんだ、だから、正直に言ってくれ頼む。……君は、逢魔おうまキルト、なんだな?」
「……あんたに答える筋合いは、無い」
「―――答えるんだ。ここで無用な押し問答を繰り広げるつもりは無いんだ。だから、二者択一だ。イエスかノーで答えろ。おまえは、逢魔キルトなんだな?」
 ……断定口調。まるで三流の刑事みたいな奴だ。
 ここで灰色の答を返せば即座に撃つかどうかを考えてみた。……まず、常識的に考えられない。一般人かも知れないという相手に対して、他愛も無い会話だけで射殺なんてしてみろ、警察に……
 ……まさかとは思うけど、彼が〈殺人種〉だったら、話は変わる。私は今、闇に葬り去られるか否かの瀬戸際に立たされている事になる。だとしたら、―――だとしても、私には答える意志は無い。何度も言わせてもらうが、私は―――
「……二度も言わせるな。あんたに答える筋合いは―――無い」
 青年が押し黙る。私に爬虫(はちゅう)類のような何の感情も宿らない眼光を据え、銃口を向け続けたまま引鉄に指を押し当てている。もう少し、もう数ミリも指が動かない内に、弾丸は射出されるだろう。それが私に当たれば、―――最悪、死ぬ。
 ―――そう、弾丸が私に当たれば、それも最悪の場合に限り、私は死ぬ。
 この場を制しているのは彼じゃない、私だ。私が死ぬ事は現在進行形で、全く(もっ)て存在し得ない。それは、彼が私を殺せない事の裏返しでも在る。
 青年と私の(にら)み合いが数分も続かない内に、意識は別に向けられた。
 まず青年がベッドから下り、拳銃を両手で構えたまま銃口を床に向け、壁に駆け寄る。壁は扉に面した側。扉の横に貼りつく形で落ち着く。
 私は対して急ぐ風でもなく歩いて壁に寄り、やはり青年と同じように壁に貼りつく。
 隣の部屋――居間のような場所、先程藪がテレビを見ていた部屋だ――からは、ほとんど音が聴こえない。ただ、バラエティ番組がブラウン管から垂れ流されてるだけで、他の物音は無い。だが、私も恐らく青年も感じたのだ。―――空気の質が変わった事に。
「……君は、ここにいろ」
「……命令される筋合いは無い」
「……足手まといにだけはならないでくれよっ」
 青年が勢いよく扉を開け放ち、拳銃の銃口を室内のあちこちに向け回し、素早い動きで部屋の異常を確認(クリア)していく。慣れた動きだな、と思った。まるで、何度もこういう経験が在ったようだ。
 異常が無い事を確認し終えた青年は、長椅子ソファに腰掛けていたやぶを見つけ、――同時に散弾銃ショットガンも見つけたらしく、表情が強張ってしまっていた。拳銃の銃口を即座に藪に向け直す。
「……なぁ、藪さん、その武器はどうした?」
 藪はテレビを見たまま「どうしたって? 買ったんだ。最近は物騒だからな」
「そりゃいい。だったら患者の得物は別の場所に置く事を勧めるぜ」
 知り合い同士らしい青年の軽口に、藪は面白くも無いテレビを見ながら笑い出した。
「そうだな、考えとこう。―――で、そんな物騒なモン持って、これから散歩か?」
「……いや、ちょっと悪いが客を迎えなきゃならねえ」
 青年がそうつぶやいた瞬間だった。―――電灯が全て消え、室内が闇に閉ざされる。
 藪の舌打ちと青年の舌打ちが同時に聴こえ、私は咄嗟(とっさ)に特殊警棒を引き抜く。私の得意な“殺人”ではなく、あまり好きじゃない“戦闘”の始まりだという事は、感覚で知れた。
 闇に目が慣れるまでの時間に相手は戦闘を終わらせるつもりなんだろう。扉が蹴破られる音が響いて、室内に新鮮な空気が飛び込んできたのが肌を通して知れた。外の少しだけ明るい闇が室内を照らし出す。
 闇に乗じて事を成すためだろう、全身を暗色の迷彩服で纏った人間が二人、飛び込んで来た。二人とも銃で武装している。闇にまぎれて形状を確認する事は叶わなかったが、強襲のそれも屋内(インドア)戦で長物を持ち出す事はまず無いだろう。小回りの利く短機関銃(サブマシンガン)(ある)いは半自動拳銃(オートマチック)のどちらかに限られる。……もしかしたら突撃銃アサルトライフルかも知れないが。
 ―――銃声が(とどろ)き、一瞬銃口炎(マズルフラッシュ)()かれ、敵兵士の姿が眼球にへばり付く。閃光の瞬きは断続的に続き、敵の一人がその場に(うずくま)ったのが分かった。同時に、敵も短機関銃をこちらに向け、―――連射音が弾けた。記者会見を受ける政治家よろしくな閃光(フラッシュ)が炸裂し、眼球が残像のため動かなくなる。眼を閉じても一瞬前の映像がこびり付き、中々元に戻らなかった。
「テメエら人ン家だと思いやがってバカスカ撃つんじゃねェ!」
 藪の怒号が聴こえた瞬間―――大きな爆音が轟き、バガンッ、と何かが吹き飛ぶ音が重なった。続けて何かの装置が作動する音。そして再び大きな爆音―――どうやらあの大きな散弾銃をブッ放しているらしい。
 眼が慣れてきた頃、部屋の様相は一変していた。あちこちに弾丸が被弾し、調度品の(いく)つかがガラクタと化していた。テレビは液晶画面からプラズマみたいな青白い火花が散っている所を見ると、最早使い物にならないようだ。
 私は居間の長椅子の陰に隠れている青年を発見し、そこへと歩み寄る。彼は拳銃を両手で構えて、上半身を長椅子から乗り出して射撃を何発か行うと頭を戻し、相手の射撃に隙が生まれた頃に再び頭を出して射撃を行う―――という一連の動作を繰り返していた。
「……勝てるの?」ふと思った疑問をそのまま口に出す。
「さあな!」青年が怒鳴り返してくる。そんな大きな声を出さなくても隣にいるんだからちゃんと聴こえるのに。そう言い返したくなる。
 連射音が弾け、辺りに被弾する炸裂音が瞬く。また一つ、調度品が破壊される音が聴こえてきたので、何と無く心の中で藪に「ご愁傷様」と言ってやる。
「おい若造! ンな辺り構わず撃つんじゃねェよ! ちゃんと残弾数えて撃ってんだろォな!」藪の怒号。
 私はひょっこりと頭を長椅子の上に出してみる。……藪の姿は見えないが、どこかに隠れているんだろう。どこにいるのか見渡していると、再び連発した銃撃音が炸裂し、私は当たらない事を悟りつつも頭を引っ込める。隣の青年も同じタイミングで頭を引っ込めたのが分かった。
「くそ! 相手さんは一体どれだけいやがるんだ!」
 そんなの分かってたら苦労しないよ、と小さく突っ込んでやる。聴こえなかったのか、青年は悪態を吐きながら弾倉マガジンを入れ替えていた。弾倉の予備バックアップが幾つ在るのか知らないけど、この調子で戦ってたら負けるのは間違いなくこっちだと思う。
 私はこれからどうするべきかちょっとした沈思状態(モード)に入る。私に考える事を要求する時点で間違ってるんだけど、自分の身の振り方位は考えても(ばち)は当たらないと思う。
 敵は恐らく《飛島(としま)グループ》の先遣隊だろう。狙いはどう考えても私だ。他に狙うべき対象がいない。なら、ここで私が逃げれば彼らは助かるか。……答は否だ。自らの正体を明かしていないとは言え、襲撃してそのまま放置、という訳にはいかないだろう。恐らくはここにいる全ての人間を殲滅(せんめつ)……私以外の人間も全て抹殺せねばならない、位の命令は受けて来ていると考えるべきだ。
 まあ、私には彼らを助ける義理も義務も無い。権利は在っても無理に行動(アクション)を起こす必要は無いんだ。無視して逃げても今後には差し支えない。
 銃撃が断続的に続く部屋の中で、澄んだ金属音が弾けた。聴いた事が在る音だ。それはあの軍隊が持ってる小さな爆弾―――手榴弾のピンが跳んだ音に非常に似ていた。まず日常で聴くはずの無い音だが、私は過敏に反応して、辺りに閃光が焚かれる中、ゆっくりと移動を始める。青年は(とが)めもしない。再び身を乗り出して銃撃に没頭していた。
「……そこは、危ないと思う」
 ポツリと言い残して移動し、先程のベッドが置いてあった部屋に戻る。扉は銃撃によって半壊し、始めから外れてしまっていたため侵入は容易かった。中は居間と同じく電灯が消えており、薄闇に閉ざされた部屋には何がどこに在るのか分からない。先程明るかった時に憶えておけば好かったんだろうが、そんなの憶える気にならないし、憶えてなくても支障は無い。私は、障害物に邪魔される事が無い。
 部屋に入った瞬間、背後で眼を焼くような閃光が弾け、―――爆音が耳を(つんざ)く。爆風が部屋を駆け抜け、私は思わず転がった。幸い何もぶつからずに立ち上がると、背後で怒号が響き合っているのが聴こえてきた。どうやらあの青年と藪の声のようだ。「ふざけやがって!」とか、「ここをどこだと思ってやがる!」とか、「ワシの城だぞ!」とか、「こんな狭い空間で手榴弾(パイナップル)使うたァどういう了見だ!」などと、訳の分からない絶叫が飛び交っている。その後も銃撃戦が展開されているようで、耳を劈く銃声が何度も轟く。
 私は窓の無い部屋を移動し、―――それを見つけた。元は窓が嵌め込まれていたんだろう(くぼ)みに、今は木の板が打ち据えられていた。何重にもなっているようだが、そんな頑丈なモノじゃない。私は抜いていた特殊警棒を振り被り、力の限り振り下ろす。
 ガゴッ! と鈍い衝撃が腕を貫き、木片が外れる。後は手でバキベキと引き剥がし、夜の外気に触れる。まだ冷え切っていない、ほんの(わず)かな温かみを感じさせる闇に飛び込み、辺りを見回す。路地裏だ、人気は無いように思える。一つ通りを抜ければ、恐らく《飛島グループ》の連中と出くわすはずだから、私は慎重に道を選び、走り出した。
 空には満月に近い月が浮かび上がり、地上を鈍く照らし出していた。まるで、月に監視されてるようだとバカな考えが浮かび上がって、一人唇を僅かにゆがめた。

――――――――――【下巻へ続く】
ここまでお読み頂き、誠にありがとうございます_(._.)_
これにて上巻は一先ず完結です。
下巻も近い内に公開したいと思うので、また宜しくお願い致します_(._.)_
感想等、お待ちしております!
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