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さまよい様

作者:蒼峰峻哉
 推薦で都会の大学への進学が既に決定し、暇の多い高校三年の夏休み。日が沈み始めた頃に、俺は夕涼みを兼ねて散歩に出ていた。地元の何でもない風景と空気が好きだった俺は、近所の田園風景を眺めながら歩くのが密かな楽しみだった。
 いつもと変わらぬ散歩道。そんな中、ふと視界に黒い何かが映る。畑の中に何かが立っていた。最初は作業をしている人かと思った。しかしよく見れば違う。畑に立っているのは、人の形にも見える黒い影だった。不気味だったが、俺は好奇心からその影を見続けた。すると突然、影がぐるりと反転してこちらを向いた。その影に目のようなものは付いていなかったが、その時、俺は確かにその影から〝見られた〟という感覚を味わった。纏わりつくような視線を流石に恐ろしく思った俺は、この場から早く立ち去ろうと走った。散歩を続ける気にもなれなかったので、その日はそのまま急いで自宅へと戻ったのだった。
 家に戻った俺は、先ほど見た影のことを考えていた。あれはいったい何だったのだろうか。見間違い? それにしてはハッキリとし過ぎていた。それじゃあやっぱり、農作業をしている人と勘違いしたのだろうか? いいや、それならあそこまで気味の悪い視線や、不気味さを感じるようなことはない筈だ。あれからは確かに、自分の理解を超えた異様な〝何か〟の雰囲気を感じた。
 気になり続けていた俺は、夕飯の時に家族に影について尋ねてみた。我が家は父と母、それに祖父の四人暮らし。全員が皆生まれた頃からこの町に暮らしている地元の人間。あれの正体について、もしかしたら何か知っているかもしれない。そう思い影についてを打ち明けてみたが、暑さでおかしなものでも見たんじゃないかと、信じてはもらえなかった。
 そして夕飯が終わり、自室に戻ろうとしていたところ、突然爺ちゃんが俺を呼び止めた。爺ちゃんは深刻そうな顔をしながら、俺にお守りを手渡してきた。
「暫くの間、それを絶対に手放すな。もしも何かあったらそれを握り締めて祈れ」
 爺ちゃんはそう言うと、急用が出来たと残して何処かに行ってしまった。その後、少しして帰ってきた爺ちゃんの手には大量のお札があった。爺ちゃんはそれを俺の部屋のドアに付け、部屋の中にもそれを張り付けていった。真面目でしっかり者の爺ちゃんの突然の行動に動揺したが、逆にそんな爺ちゃんの行動だったからこそ、やはりあの影は見間違いなんかじゃなく、何かあると確信した。作業を終えた爺ちゃんが部屋を出ようとするところ呼び止め、俺は影について爺ちゃんに尋ねた。すると爺ちゃんは、自分が知っている限りのことを語ってくれた。
 俺が見た影は、爺ちゃんの爺ちゃんのそのまた爺ちゃん。とにかく昔から目撃されてきた謎の存在らしい。幽霊や妖怪やら、その正体について昔から様々な憶測が飛び交っていたらしいが、結局正体は不明。皆はそんな影のことを、ゆらゆらと町中をさまよい至る所に現れる様から、『さまよい様』と呼んでいたらしい。さまよい様を見た者はさまよい様に追い回されるようになり、捕まった者は忽然と姿を消し行方不明となる。そんな恐ろしい存在だそうだ。両親がさまよい様を知らなかったのは、もう長い間さまよい様の被害は起きてなく、今では爺ちゃん世代くらいの人間しか知らない伝承のようなものになっているからと教えてくれた。
 爺ちゃんは、明日の朝に、この手のことに強い知人を連れてくるから、良いと言うまではこの部屋から一歩も外に出るなと言った。先ほど部屋に貼っていたお札もその人からもらってきたらしい。準備が必要とかですぐに向かうことが出来ないので、お札だけでもと渡してくれたそうだ。それにどれだけの効果があるのかは分からなかったが、俺は爺ちゃんの言う通り、部屋に鍵を掛け閉じ籠った。何も知らない両親には既に、爺ちゃんが上手く説明し、部屋へは何があっても近付かないように言ってくれた。
 ――――そうして部屋に入って二時間ほど経ったころだったろうか。ふと窓の外に目をやった時、向かいの電柱の下で、街灯に照らされる何かが見えた。俺は窓まで近寄り、それをしっかり確認しようとした。不規則に点滅を繰り返す街灯の下で、こちらをじっと見つめているのは、間違いなく俺が見た影。そう、さまよい様だった。俺は恐ろしくなり、カーテンを閉めて窓から離れた。すると今度は、こんこん、と窓を叩く音が。叩く音は次第に強くなり、窓が割れるのではないかと言うくらいの強さで叩き始めた。このまま窓ガラスを壊して入ってくるんじゃないかという不安と恐怖と戦いながら、俺は耐え続けた。
 そうして一分ほど過ぎると、ぴたりと音が止んだ。何とかやり過ごした。そう思い安堵していると、部屋の電気が突然落ちた。それに合わせ、俺のスマフォが鳴り始める。恐る恐る手に取って画面を確認してみると、非通知からの着信が来ている。絶対にヤバイ――――。身体からは嫌な汗が大量に流れていた。俺は通話を拒否しようと画面をタッチしたが、反応がない。何度も何度も押したが、一向に反応がなかった。それどころか、俺は何も操作していないのに勝手に通話が始まったのだ。スピーカーモードになったスマフォからは、沈黙が続く。
 ――――数秒後、くすっという女の笑い声が聞こえた。そこから堰を切ったかのように聞こえ続ける、抑揚のない女の笑い声。俺はスマフォを放り投げ、布団に包まり目と耳を塞ぎ続けた。それでも女の声は聞こえてくる。耳は完全に塞いでいるはずなのに、あの声は直接脳内に伝わっているかのように鮮明に聞こえた。他の音は一切聞こえなくとも、その声だけが脳裏に響き続けた。
 どれだけの時間、その声を聞き続けていたかは分からない。永遠にも思える間聞こえ続けていた笑い声だったが、それが突然途切れた。――――終わったのか? そう思ってもまだ耳を塞ぎ布団を頭から被っていたところ、「大丈夫? もう安心よ」という母さんの声が近くで聞こえた。終わったんだ……。安心した俺は包まっていた布団を取っ払い、立ち上がろうとした。しかし、布団に手をかけたところで俺は動きを止めた。母さんは一体、鍵のかかったこの部屋にどうやって入ってきた? どうして、耳を塞いでいても鮮明に声が聞こえた? そこまで考えると、身体がガタガタと震え出した。今自分の目の前、数センチの位置にさまよい様がいる――――。母さんの声を借り、早く出てくるようにと促すさまよい様。俺は呼吸を乱しながら、爺ちゃんから貰ったお守りを固く握りしめて祈り続けた。死にたくない、助けて……。
 気が付くと、外からは鳥の鳴き声が聞こえていた。意識が飛んだのか、恐怖心のあまり記憶が飛んでいるのかは分からなかったが、いつの間にか日が昇り朝がやってきていた。部屋にはもう何もいないようだ。俺は布団を退かし、立ち上がる。手の中にあるお守りは、全体が真っ黒に黒ずんでいた。それだけではない。部屋中に貼られたお札も同じように黒ずんでいる。爺ちゃんが用意してくれたこれらのものがなかったら、俺はとっくに死んでいたのかもしれない。ベッドから降りると、ベッドの前には女性サイズの大きさをした真っ黒な足跡があった。やはりここにさまよい様が立っていた。そう考えると、今でも身の毛がよだつ。
「大丈夫か! 無事か!?」
 部屋の外で爺ちゃんが叫ぶ声が聞こえた。そこで初めて、助かったんだという実感が湧いた。でもまだ安心はできない。爺ちゃんの知り合いだという人に、除霊……なのかは分からないが、とにかくその手の対策をしてもらわないことには、また俺はさまよい様に狙われるに違いない。
 俺が爺ちゃんに返事をすると、外からは爺ちゃんの安堵の息が聞こえてきた。他にも女性の声が聞こえたので、例の知人を連れてきているのだろう。俺が扉を開けると、そこには安心した表情の爺ちゃんの姿があった。
 ―――――その後ろには、見慣れた黒い影が立っていた。
 

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