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合わせ鏡 春野天使編

作者: 春野天使

同じ設定、同じ登場人物で短編を書こう! という企画「グループ小説」第六弾です。「グループ小説」で検索すると他の先生方の作品も読めます。

 

 鏡の前に座り、もう一つの鏡を合わせたら、鏡の中に無限の鏡が続いて見える。鏡に映った自分の顔も無限に続く……。まるで、遙か彼方まで鏡の道が続いているかのように。


「奈々ちゃん、勝手にママの部屋に入って怒られない?」

「ママは夕方まで帰って来ないから、大丈夫だよ」

 小学四年生の二人の少女が、和室の部屋に入って来る。そこは奈々の母親の部屋。六畳の畳の部屋で、片隅に大きな鏡台が置かれていた。

「結衣ちゃん、早くおいで」

 奈々はまっすぐ鏡台目指して進み、鏡台の前に置かれた丸い椅子にちょこんと腰掛ける。

「……お邪魔します」

 結衣は少し遠慮がちに、部屋に入って来る。

「なんかこの鏡昔風だね?」

 結衣は、布のかけられた鏡台をじっと見つめる。木彫りの鏡台には、小さな引き出しもついている。細かい花模様が彫られ、年月を経た木の色合いに風格がある。

「うん。ママの曾ばあちゃんの嫁入り道具だったって言ってた。ママのお祖母ちゃんも、ママもお嫁に行くとき受け継いだんだって」

「へぇ〜、じゃ、奈々ちゃんもお嫁に行く時、もっていくの?」

「え〜、わたしは、いらない。もっと新しくて綺麗なのがいいもん」

 奈々はそう言って、鏡を覆っていた布をはずす。

「わたしは、この鏡好きだよ」

 結衣は奈々の横に顔を並べて、鏡の中の自分と奈々を見つめる。

「ねぇ、なんで鏡に布をかけていたの?」

 鏡の中の奈々を見ながら、結衣は聞く。

「あのね、布をかけてないと鏡に映っちゃいいけないものが映ることがあるんだって」

「映っちゃいけないもの?」

 結衣は目を丸くする。

「そうよ、鏡の中の人間がこちら側に出て来たくて、引きずり込まれるかもしれないんだって」

「えー!」

 怖がる結衣を見て、奈々はクスクスと笑う。

「嘘よ。鏡がほこるからじゃないの? でもね──」

 奈々は鏡台の引き出しの中から、母親が使っている手鏡を取り出す。

「合わせ鏡をすると、たまに映らないはずのものが映る時があるんだって」

「合わせ鏡って何?……」

 結衣は恐る恐る奈々の顔を見ながら聞いた。

「結衣ちゃん、やってみる?」

 奈々は丸椅子から立つと、代わりに結衣の手を引っ張って椅子に座らせた。鏡の中央に緊張気味の結衣の顔が映る。

「……どうやるの?」

「手鏡を顔の下の方にもっていって」

 奈々は、結衣に手鏡を渡す。

「わっ、鏡の中に鏡がいっぱい続いてる……」

 結衣は無限に続く鏡を見て、驚く。じっと見ていると、鏡の中に吸い込まれてしまいそうだ。

「面白いでしょ? 結衣ちゃんの顔も鏡の中にたくさん映ってる」

「本当だ。私がいっぱい。どこまで続いてるのかな?」

 結衣は面白そうに鏡の中の自分の顔を見つめる。

「手鏡の位置を変えて、ちゃんと真ん中に顔が映るようにしてみて」

「……こう?」

 結衣は手鏡の角度を変えながら、きちんと顔が中央にくるようにする。

「うん、良いね。はっきり映ってる」

 奈々は果てしなく続く鏡と結衣の顔を見つめる。

「……あのね、結衣ちゃん」

「何?」

「十三番目の鏡に映っている顔ってね……」

 奈々は結衣にピタリと近づき、食い入るように鏡を覗き込む。一番目、二番目、三番目……。目で鏡を数えていく。

「十三番目の鏡の顔って?」

 結衣も鏡を数える。四番目、五番目、六番目……。

「あの、言っとくけど、これも迷信みたいなもんだから」

 鏡を数えていくうちに、奈々も段々と鏡の中に吸い込まれてしまいそうな不思議な気分になっていく。七番目、八番目、九番目……。

「どんな迷信?」

 結衣は怖さを隠すために、笑って見せた。鏡の中の結衣の顔が全部笑顔になる。十番目、十一番目、十二番目……。

「死んだ時の顔なんだって……」

「えっ?……」

 十三番目!

「あれっ?」

 奈々は十三番目の鏡をじっと見つめる。

「おかしいな。結衣ちゃん、ちょっと鏡動かして」

「……」

 結衣は黙ったまま、鏡を動かしてみる。結衣の笑顔は消えていた。青ざめた結衣の顔が鏡の中に続く。

「なんで?……」

 奈々はもう一度、最初から数えて見る。十二番目の鏡にも、十四番目の鏡にも、ちゃんと結衣の顔が映っていた。それなのに……。

「なんで、十三番目だけ結衣ちゃんの顔が映ってないのよ!?」

 結衣は泣きそうな顔をしている。『結衣の死んだ時の顔』その顔が映っていない。

「やだ!」

 結衣は手鏡を放り投げると、椅子から立ち上がった。手鏡がガツンと落ちて、鏡にひびが入る。結衣はわっと泣き出すと、走って部屋を出ていった。

「あ、待って結衣ちゃん!」

 奈々はひびの入った手鏡を拾い上げ、結衣の後を追って部屋を出ていく。

 部屋の中には、鏡台が一つ。何事もなかったように、部屋の様子を映していた。



 月日が流れ、あの日から十三年が経った。

 奈々も結衣も大人になり、『合わせ鏡』の恐い体験の記憶も薄れていった。結衣は中学生の時、両親の仕事の関係で遠くへ引っ越してしまい。今では会うことさえなくなっていた。

 ただ、あの日以来、奈々は二度と『合わせ鏡』をしなくなった。母親の鏡台は、今もあの和室にあり、結衣が割ってしまった手鏡は、今でも奈々が持っていた。こっそり捨ててしまおうと何度も思った奈々だが、そのたびに妙に気になって捨てることが出来なかった。 あの鏡は、奈々の部屋の押入の奥深くに埋もれている。

 奈々は企業に就職し、社会人一年生となった。平凡なOLの仕事だが、会社にも慣れ日々充実した毎日をおくっている。

 そんなある日の昼休み。いつものように、談話室でテレビを見ながらお弁当を食べていた奈々は、番組の途中で緊急のニューステロップが流れるのを、ぼんやりと眺めていた。 『ピィピィピィ』と短く流れる機械音。地震情報や事件、事故等を緊急に知らせるニュースだ。

──飛行機事故?

 ニューヨーク発成田行きの便が、操縦トラブルにより墜落したというニュースの白い文字が、事務的に流れていく。

「えー! 成田行きだったら、日本人もたくさん乗ってたんじゃない?」

「今日はこのニュースばかりになるかもね」

「あ〜あ、今夜は見たい番組あったのに」

 一緒にいた他のOL達は、半分気にしながら半分興味本位に喋っている。

──飛行機事故……。

 奈々は彼女たちのお喋りに加わることなく、じっとテロップの白い文字を目で追っていた。


 思った通り、その日の夜は飛行機事故に関する特別のニュース番組ばかりになっていた。やはり、かなりの日本人乗客が乗っていたらしい。

 他に見る番組もなく、奈々もニュース番組を見ていた。

『では、搭乗されていたと思われる方々のお名前を、もう一度繰り返します』

 画面に、搭乗者名簿の名前と年齢が、次々に映し出されていく。殺風景な青い画面に白い文字の名前。多分、あの人達はもうこの世にはいないのだろう……。奈々がぼんやりと考えていると、画面のある名前がいきなり奈々の目の中に飛び込んでくる。

「あっ……」

 コレサワ ユイ 二十三才。他の名前と一緒に画面に映し出されたカタカナの名前。

「結衣ちゃん?……」

 奈々は目を見開き、口に手をあててじっと名前を見つめる。テレビでは、敬称略のまま『コレサワ ユイ 二十三才』と淡々と読み上げられ、すぐに次の名前に切り替わった。──まさか、ね。同姓同名よね。

 不吉な気分を無理に追い払おうと、奈々は頭の中で思う。もう十年以上も会っていない昔の友達。けれど、彼女とは決して忘れることの出来ない思い出がある。

『合わせ鏡』。奈々の頭にあの日のことが蘇った時、突然家の電話が鳴った。奈々は思わず、ビクッと身を縮める。父親はまだ仕事から帰ってこず、母親はお風呂に入っている。 奈々は渋々立ち上がり、鳴り続ける電話を取った。

「もしもし」

『あっ、奈々! 私、亜紀。ニュース見た?』

 電話の向こうから、キンキンした声が響いてくる。同級生の亜紀だ。小学生の頃、結衣とともに同じクラスだった。

「飛行機事故のこと?……」

 奈々はゴクリと唾を飲み込む。聞きたくない。知りたくない現実。だが、興奮気味の亜紀は、今起こっている現実を早口で喋り出す。

『結衣が飛行機事故に遭ったでしょ! 私、ビックリしちゃった』

「……本当に結衣なの?……」

 無駄な抵抗のように、奈々は聞く。

『間違いないわよ。私、結衣がニューヨークに行ってるの知ってたもの。それで、さっき結衣の実家にも確認したんだから』

 『合わせ鏡』のことがあって以来、奈々と結衣の関係はあまりしっくりいかなくなっていたが、結衣の転校後も、亜紀と結衣は連絡を取り合っていたらしい。

『結衣のご両親が、すぐに現場に向かったらしいわ』

「……そう」

 奈々の声が震える。現場に向かう遺族として……。娘の遺体を確認するために。

「無事だといいわね……」

 わざとらしい慰めの言葉が、奈々の口から漏れた。まだ死亡は確定していないが、生きている可能性は零に近い。電話の向こうの亜紀も口ごもる。しばらくした後、『また連絡するから』と言って、電話は一方的に切られた。

──結衣、死んじゃったんだ……。

 あまりに早すぎる死。まだ、現実のことと思えず、涙さえ流れない。ただ、重苦しい空気だけが、奈々のまわりに漂っていた。



 次に亜紀から電話があったのは、それから一週間ほど経った時のことだ。飛行機事故のことは、いまだにテレビで大きく取り扱われていた。毎日のように、悲しみにくれる家族の模様が痛々しいほど映し出されている。

 連絡は結衣のお葬式の日程のことだった。

「結衣もようやく日本に帰って来られたんだね……」

『うん、遺体が見つかっただけでも幸せな方だって、ご両親は言われてた』

「そう……」

 飛行機事故での無惨な遺体のことは、奈々も多少知っていた。

『でもね、その遺体っていうのがね……』

 亜紀は言いにくそうに口ごもる。

「遺体がどうしたの?」

『それが、頭がなかったらしいのよ。衝撃でどこかに飛ばされたらしいって……』

「えっ!……」

『頭から下は割と綺麗なのに、とうとう頭だけ見つからなかったんだって……』

「頭が……」

 奈々の顔は次第に青ざめていく。頭のない遺体。遠い昔の『合わせ鏡』の出来事が鮮明に思い出される。十三番目の顔は死んだ時の顔。結衣の十三番目の鏡には、顔が映っていなかった……!

 奈々は電話を置くと、母親の部屋の鏡台まで走って行った。鏡を覆っている布を上げる。何の変哲もない、普通の鏡。奈々の青い顔を映しだしている。

「結衣の死んだ時の顔……」

 奈々はじっと鏡を見つめる。十三番目の鏡に何も映らなかったのは、結衣の頭がなくなったから?

「結衣の顔はどこにあるの?」

 鏡に問いかけてみても、鏡は何も答えない。だが、奈々はふとあることを思い出した。今まで実行したことはなかったけれど、『合わせ鏡』にはまだまだ他にも色々なエピソードがある。あれをやってみたらどうだろう?

「……結衣の顔が見つかるかもしれない」


 

 真夜中十二時前。

 奈々は押入の隅に埋もれていたひび割れた手鏡を手にして、母親の鏡台の前に座っていた。静まりかえった室内。壁の時計の音だけがコチコチと時間を告げている。

「……後、一分」

 顔を強ばらせ、時計の針を見つめる。子供の時以来、やってなかった『合わせ鏡』。奈々は『合わせ鏡』で、もう一つやってみたかったことがある。それは、十三番目の死んだ時の顔より、もっと恐いこと。恐ろしくて今まで出来なかった遊び。

 だが、奈々はどうしても試してみたかった。

「……」

 カチッという小さな音とともに、時計の長針と短針がピタリと重なる。奈々はそれを待って、手鏡を顔の下に掲げた。奈々の顔が無限に続くはずだ……。

「あっ!」

 だが、そこに奈々の顔は映っていなかった。鏡の中に無限に続く顔。それは、紛れもなく結衣の顔だった。大人になった結衣の顔、顔、顔……。その顔が一瞬、微笑みを浮かべたような気がした。

「……結衣……」

 奈々が結衣の顔に向かって語りかけようとした時、結衣の顔はパッと消えた。代わりに奈々の顔が鏡に映る。

「結衣、顔、見つかったね……」

 真夜中ちょうどに『合わせ鏡』をすると、映るはずのないものが映る。奈々はそのことを覚えていた。奈々の瞳から涙が溢れ出る。結衣が死んだ悲しみが、今頃になってどっと押し寄せてきた。次々に溢れる涙。奈々は拭うこともしないで、泣き続けた。

 奈々は手鏡を伏せる。もし、あの時『合わせ鏡』をしなければ、結衣の死んだ時の顔を見ることはなかった。結衣の事故は、最初から定められていた運命だったとしても、知る必要などなかった。知ったことへの罪。ほんの遊び心からしたことが、奈々と結衣の運命まで変えてしまったようにも思えてくる。もう二度と、『合わせ鏡』はしない。奈々はそう誓って手鏡を握りしめた。この手鏡は結衣と一緒に棺の中に入れてもらおう。結衣がなくした顔の代わりに……。      完





 

ちょうど日航機の墜落事故のことをテレビで取り上げられていて、複雑な思いで執筆しました。皆さんのご冥福をお祈りします。

『合わせ鏡』は子供の頃試してみたことがあります…。自分の普通の顔が映っていましたが、無限に続く顔はなんとなく不気味でした。(^^;)『鏡』というのは神秘的ですね。

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[一言] 文章は素敵でした。 キャラクターはちょっと淡々としすぎている。 この本はぜひ買いたいです
[一言] 怖いです。 部屋が合わせ鏡になっているので、余計に青ざめてしまいました。 これは余談ですが、名前の欄…作者IDとパスがエラーになるので名前のみ記載します。
[一言] よかったです。なんか凄くドキドキしながら読むことができました。しかも結衣が死んだ後、さらに合わせ鏡の真なる出来事とは。合わせ鏡を中心においたまさに合わせ鏡な物語でしたね。
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