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カーテンの向こうから
作:ちょこた





 目が合った瞬間、やばい、と思った。




「こんばんわ〜」
「…こんばんわ。そしてさようなら」

 シャッとカーテンを閉め切って見なかったことにする。
しばらく本に集中していると、カーテンの向こうからぶーぶー文句をたれ始めた。
 まったく。うるさくて集中できないじゃん。
仕方なくカーテンを開くと、忘れたい現実が目の前にあった。
「何か用?」
「うわっこんな非現実的な事態を目の前にして、そんなコメントなの?」
開け放した窓の外に男が浮いている。
「何で浮いてるの?」
「そこに窓があるから」
すっとぼけた答えの割りに顔がマジだった。
 あーあ。やっぱりなかったことにしたい。





 男はキラク、と名乗った。
年齢は24、私より6歳年上だ。
茶色い猫みたいな目が印象的な割といい男だ。
浮いてるけど。
 本人曰く、幽霊などではなく、れっきとした生身の人間らしい。
「それで、私に何か用?まだ本途中なんだけど」
「何読んでるの?」
「『邪魔者を排除する方法』」
でも浮いている男を排除する方法はのってないんだよねぇ。
はあぁ残念。
 遠まわしに私が消えろと言っているのを黙殺し、キラクはにこにこしながら一気に喋り始めた。
「甘いもの好きー?最近チーズケーキ食べると鳥肌が立つようになってーやっぱり朝ごはんは納豆でしょードラえもんは大山のぶ代じゃないとーうち燃えないゴミの日は水曜日なんだーあ、何でコンパスが嫌いかっていうとねー………」
延々途切れることのないマシンガントーク。
 何なんだコイツは。
どうやら彼ははなから会話をする気はなかったらしい。

 私は再び目線を本に戻した。





 その日から毎晩、キラクは私の部屋の窓を訪問し、好き勝手に喋りまくっては帰っていく。
それがいつしか私の中で日常になっていった。



「それでねー……」
 今日もキラクのトークをBGMに本を読む。
本日の本のタイトルは『血とバラの美しき日々』だ。
悲劇的かつ香ばしい風味漂う展開に、私は目を潤ませた。
 …あれ?
妙な違和感を覚えて顔を上げると、キラクが黙りこくってこっちを見つめている。
「どうかした?」
いつになく思いつめたような表情でじっと黙っている。
ここ1ヶ月ほどで初めてのことだった。
 お腹でも壊したのかな。
だいぶ寒くなって来たし。
 腹巻でも貸してやろうかと口を開く前に、くるりと背を向けて視界から消えて去った。
 …何だアレ。
いつも帰る時は必ずおやすみ、と一声かけていくのに。
 その夜はなかなか寝つけなかった。





 それから4日間、キラクは現れなかった。
窓から身を乗り出してあちこち目を向けたけれど、家中の窓を監視してみたけれど、キラクのキの字も見つからなかった。
 急に静かになった夜は、私をとことん落ち着かなくさせた。
何を読んでもおもしろくない、頭に入らない、物足りない。
ついつい窓の外を覗いてしまって、全く本に集中できなくなってしまった。
 1週間もたつと、本と格闘することも放棄した。
そして窓の向こうをじっと見つめる。何の影も見られない。
何でだろう。

 カーテンは開けてあるのに。







 相変わらずカーテンを開けて窓の外を監視していると、チラッと影が動いた。

「あ」
「やほー」
右手を軽く掲げてふにゃりと笑うキラクがいた。
あまりに能天気なその態度に殺意がわく。
 こんなに何週間も音沙汰なしで、どれだけ私が迷惑を被ったことか!
絶対絶対土下座させてやるっ慰謝料請求してやるっ!!
 私の怒りのオーラに気づいているのかいないのか、ふわふわ浮いたまま突然、


「やっぱり人間、我慢は体に毒だよね」


もう我慢しない、とか言いながらにこにこ見つめてくる。
 何のことやらさっぱりわからない。
どこまでもマイペースなキラクにすっかり毒気を抜かれてしまった。
 はあ、もうだから何なのさコイツは。
 ぐったりしている私を置き去りにして、またいつもの様にキラクが話し出す。

 もはや心地良くなってしまった騒音にほっとするけれど、また妙な違和感。
聞こえなかった声、会えなかった時間、落ち着かない日々。
これらが意味するものは――。
 目を閉じると、以前よりも甘さを含んだかのような声が胸に響く。
優しい時間が流れる。

 ふ、と息を吐いて目を開けると、私は本に手を伸ばした。







end














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