さいごのきょうりゅう
つきがあおいよるのことです。
サバンナのまんなかで、おかあさんきょうりゅうが、タマゴをうみました。
やわらかいくさのうえにならんだのはいつつのタマゴ。
おつきさまのひかりがあたるとまっしろにみえるほどぴかぴかな、きれいなタマゴ。
おかあさんきょうりゅうは、よるのつめたいかぜからまもってあげようと、タマゴのうえにそっとすわります。つきのひかりがとてもすきとおっていて、おかあさんきょうりゅうをまっすぐにてらします。
ちいさなうろこはきらきら、きらきらと、つきとおなじいろでかがやきました。
とてもしずかなよるでした。
おかあさんきょうりゅうは、そうっとふきかけるようなためいきをつきます。
「ああ、これでさみしくなくなるわ」
このおかあさんは、さいごのきょうりゅうです。
ほかのきょうりゅうたちはずいぶんまえにいなくなってしまったので、おかあさんきょうりゅうは、ずっとひとりぼっちでした。
でも、タマゴからこどもたちがでてきたら、きっとにぎやかになるでしょう。
「はやくでておいで、こどもたち」
ぴゅうっと、さっきよりもつめたいかぜがふきます。おかあさんきょうりゅうはタマゴがさむくないように、からだをまるめます。
おなかにあたるタマゴはつるつるしていて、すこしひんやりしていて、おかあさんきょうりゅうはとてもあんしんしました。
だから、はなさきをくさのうえにおしつけて、しずかにめをとじました。ながいながいゆめが、はじまります。
つぎのひ、おかあさんきょうりゅうは、はっぱをたくさんあつめてきました。
ごはんをたべにいっているあいだ、タマゴがころがってわれてしまわないように、ていねいにはっぱでタマゴをつつみます。
そしてやさしく、こもりうたをうたうようなこえで、タマゴにはなしかけました。
「はやくでておいで、こどもたち」
サバンナにあめがふるひは、りょうあしをふんばってタマゴのうえにたちます。あめでタマゴがぬれないように、やねのかわりになるのです。
つののさきからも、うろこのあいだからも、あめがじとじととたれおちます。
それでもおかあさんきょうりゅうは、タマゴがぬれていないことをはなのさきでたしかめながら、そっとつぶやくのです。
「さむくはないかい、こどもたち」
そうやってだいじに、だいじに、おかあさんきょうりゅうはタマゴをそだてました。ずいぶんとながいじかんがすぎました。
それでも、こどもたちはタマゴからでてきません。
おかあさんきょうりゅうはどんどんとしをとってゆきました。
あるひ、いちわのとりが、おかあさんきょうりゅうのはなさきにとまりました。
おかあさんきょうりゅうはずっとひとりぼっちだったので、はなしあいてがほしかったのです。
だから、とりにむかってはなしかけました。
「ゆめをみました。こどもたちが、このタマゴからでてくるゆめです」
それはながいゆめでした。
タマゴからでてきたこどもたちは、おなかをすかせてなきます。
おかあさんはこどもたちにたべさせるごはんをさがすため、いっしょうけんめいにサバンナをはしりまわります。
そんな、とてもしあわせなゆめです。
ゆめのはなしをききながら、とりは、おかあさんきょうりゅうをみました。
つのがほんのちょっぴりかけています。
とてもとしをとった、ひとりぼっちのきょうりゅうです。
それから、いつつのタマゴをみました。
ながいあいだあめと、かぜにあたったので、タマゴはすこしきいろくなっています。これはあかちゃんがうまれないタマゴなのだと、とりにはわかりました。
だけど、とりはなにもいいません。
ただすこしだけ、さみしいきぶんになって、ちいさなためいきをつきます。
それから、おおきなつばさをひろげて、いそいでとびたちました。
これいじょうおかあさんきょうりゅうのはなしをきいていたら、なきだしそうなきがしたからです。
このよでたったひとりきりのきょうりゅうは、タマゴをかかえるようにからだをまるめて、ふたたびねむりはじめました。
さらにながいじかんがたちました。
おかあさんきょうりゅうはうごくこともできなくなって、だいじそうにタマゴをかかえてねむっているばかりになりました。
そのはなさきに、いっぴきのねずみがとおりかかります。
おかあさんきょうりゅうは、そのねずみにむかってはなしかけました。
「ゆめをみました。こどもたちが、このタマゴからでてくるゆめです」
それは、ながいながいゆめでした。
ごはんをたべてげんきになったこどもたちは、なかよくあそんだり、けんかをしたり、おかあさんきょうりゅうのあしもとでじゃれあいます。
それをふみつぶさないように、おかあさんきょうりゅうはふといあしをあっちへあげたり、こっちへさげたり、どたどた、おろおろとあるきまわります。
そんな、しあわせなゆめでした。
そのはなしをききながら、ねずみはおかあさんきょうりゅうをみあげます。
やまのようにおおきなからだは、すこしもうごきません。だいじそうにタマゴをかかえたかたちのまま、かたまっています。
それから、タマゴをみました。
タマゴはかなりきいろっぽくなって、あかちゃんがうまれるタマゴではないことが、ねずみにもわかりました。
それでもねずみはなにもいいません。
ひげをひくひくさせて、あわててはしりだしました。ひげのさきが、すこしなみだでしめっているような、そんなきがしました。
おかあさんきょうりゅうは、はなすのをやめました。
ちからのはいらなくなったしっぽのさきを、かぜがおします。
じぶんのしっぽのさきがタマゴにとどいたようなきがして、おかあさんきょうりゅうはとてもしあわせなきぶんで、また、ねむりはじめました。
きょうりゅうのおかあさんがめをさますと、あたりはすっかりかわってしまっていました。
ちょびちょびとしたくさがはえるサバンナは、さばくになっているのです。
ずいぶんとながい、ほんとうにながいねむりだったのです。
おおきなからだはすっかりすなにうずまっていました。
おかあさんきょうりゅうがさいしょにおもったのは、タマゴのことでした。じぶんのとなりに、ちゃんといつつのタマゴがあるのをたしかめたかったのです。
でも、からだはいしのようにかたまってしまって、すこしもうごきません。
それに、ここはとてもくらいのです。みぎも、ひだりも、うえも、したも、どこもかしこもすなだらけで、おひさまのひかりさえみえません。
もちろん、タマゴもみえません。
おかあさんきょうりゅうはとてもさみしいきもちになって、なきだしそうでした。
そのとき、あたまのずっとうえのほうで、ざっざという、すなをふむおとがきこえました。そのつぎに、ざっくざっくと、すなをかきわけるおとも。
まわりのすながさらさら、さらさらとおとをたててうごき、やがて、きゅうにひかりがさしこみました。
だれかがおかあさんきょうりゅうをほりだしたのです。
おひさまにむかってあけられたあなからのぞきこんでいるのは、にんげんでした。
なんにんものにんげんが、おかあさんきょうりゅうのまわりのすなをほりおこしているのです。
そのうちのひとりはしろいひげをはやした、えらそうなにんげんでしたが、ひどくちゅういぶかく、なでるようにして、おかあさんきょうりゅうのまわりのすなをはらってくれました。
それがあまりにやさしいしぐさだったので、おかあさんきょうりゅうは、はなしはじめました。
「ゆめをみました。こどもたちがタマゴからでてくるゆめです。それは、とてもながい、ながいゆめでした」
どのぐらいのじかん、そのゆめをみていたのでしょうか。
こどもたちはおおきくなり、タマゴをうみ、ちきゅうがきょうりゅうでいっぱいになる、そんなゆめでした。
なにもさみしいことはない、とてもしあわせなゆめでした。
「それなのに、わたしのタマゴはどこにいったのでしょうか。たいせつな、たいせつなタマゴがないのです」
にんげんはなにもいいません。
だまってすなをほってはこびだし、おかあさんきょうりゅうのからだをなでるばかりです。
「タマゴ、ああ、わたしのタマゴ!」
おかあさんきょうりゅうがさけんだそのとき、すこしはなれたばしょをほっていたおとこが、おおきなこえをあげました。
「おい、あったぞ!」
おかあさんきょうりゅうのからだをなでていたにんげんがふりむきました。おかあさんきょうりゅうも、おもわずそちらにいしきをむけました。
「りっぱなタマゴだ、いつつも!」
ほりだされたタマゴが、おかあさんきょうりゅうのはなさきにおかれます。
「ああ、タマゴ。わたしのタマゴ」
おかあさんきょうりゅうはなみだをながしたかったのですが、ながいあいだかわいたすなにうもれていたからでしょうか、なみだはいってきもでませんでした
ひげをはやしたにんげんは、おかあさんきょうりゅうをみました。
そのからだはほねだけになって、かたくかたまっています。
それからにんげんは、タマゴをみました。
ひょうめんはカチカチで、ざらざらで、オレンジいろにかわってしまっています。ひどくかちかちなタマゴからあかちゃんがうまれてこないことは、にんげんにはよくわかっていました。
だけどにんげんは、きょうりゅうのおかあさんをかなしませるようなことをいいたくはありません。
だから、タマゴをおかあさんきょうりゅうのすぐとなりまでおしやって、そっとつぶやきました。
「タマゴはここにあるよ、だから、あんしんしておやすみ」
にんげんは、おかあさんきょうりゅうとタマゴをトラックにつみこみます。
にだいでゴトゴトゆられながら、おかあさんきょうりゅうは、また、ねむりはじめました。
すなは、かぜがふくたびにさらさら、さらさらと、おとをたてます。でも、それはトラックのタイヤにはじかれるだけで、おかあさんきょうりゅうにはとどきません。
だから、おかあさんきょうりゅうは、とてもあんしんして、ながい、ながいゆめのつづきをみはじめるのでした……。