オイシイ料理は僕らを救うPDFで表示縦書き表示RDF


この作品は弥生祐さん主催『五分企画』参加作品です。
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オイシイ料理は僕らを救う
作:葵 凜香


「殺してしまおう」

 目の前でいびきをかきながら転がっている父親を見て思った。殺るなら今しかない、と。
 僕は台所に向かい包丁を手にして居間に戻った。

「死ねばいいんだ、こんなクズは」

 ロクに仕事もしないで飲んで暴れるだけの男だ。生きてて何になる。
 ラッキーな事に僕はまだ中二だ。殺したって罪は軽く済むだろう。情状酌量の余地ってヤツもありそうだしな。

「ゆうちゃん! やめてっ!」

 追いかけてきた母さんは僕から包丁を取り返そうと必死だ。でもさっきアイツに殴られた肩は痛むらしく、左手は肘から下しか動いていない。
 いつも母さんばかりを殴りつける。こんな男絶対に許せない!
 振り払おうとしても母さんは離れようとせず肩の痛みからか悲痛な表情をしていた。
 思いきり腕を振り切ると刃先は母さんの手の甲をなぞった。飛び散る鮮血が目に映り僕は我に返った。

「母さん! 母さん!」

 母さんは力無くペタリと床に座り眉を寄せたまま僕を見上げた。

「大丈夫、そんなに痛くないわ。ゆうちゃんお願いよ……こんなことしないで」

 血と涙をポトポト落としながら母さんは話した。

「手当てしてくれる? 利き手の包帯は巻きにくいから」

 僕は無言で救急セットを取りに立ち上がった。
 母さんを傷つけてしまった。自責の念に駆られながら救急セットを手に僕は急いで母さんの元に戻った。

「ゆうちゃんごめんね。もう少し我慢して。母さんがきちんとしてみせるから」

 僕は母さんの傷を消毒し包帯を巻いて、気になっていた左肩にもシップを貼りながら聞いていた。
 母さんは憔悴しきった表情なのに、目だけは凜としていた。響き続けるクソ親父のいびきが不快で堪らなかった。


 アイツがこんな風になったのは僕が小学五年生の時からだと思う。アイツは飲酒運転で免許を取り消され、働いていた運送会社をクビになった。
 定職に就かないから時間が経つ毎に家計は苦しくなり、母さんが昼間はパートに出るようになった。アイツはそれが癪に障るらしく母さんを殴るようになった。


 翌日、学校から帰ると玄関にまでいい匂いが漂っていた。カレーかな。僕は肺いっぱい空気を吸い込んで居間の扉を開けた。
 アイツが既に一暴れした後らしく、部屋の隅にはガラスの破片が集められている。働き者せず昼間から酒を飲んで……全くいい身分だ。

「ゆうちゃんおかえり」

 小鍋を手に母さんが台所から現れると居間にも急速にカレーの匂いが広がった。僕はただいまを言うより先に腹の虫を鳴らした。
 ところが母さんはご飯をよそった大皿に鍋のルーを全てかけてアイツだけに出した。

「母さん、僕のは?」
「ごめんね一人分しか無いのよ。ゆうちゃんは給食食べて来てるから、これは父さんにあげて」

 一瞬言われた意味が解らず呆然としているとアイツの笑い声がケタケタ響いた。

「お前に食わせるメシは無いんだと。はははっ! おい! 酒買ってこい、酒」

 僕は頭に血が上り、アイツに殴りかかろうとした。でも母さんが僕を止めた。

「ゆうちゃん、父さんのお酒買ってきてちょうだい」
「……んでだよ!」
「いいから行って!」

 母さんは見たことも無い剣幕で、何かを訴えるように見据えて僕に金を握らせた。
 僕はむしゃくしゃしながら家を出た。
 スーパーに向かう途中、渡された金で自分の食べ物を買おうかと思ったが踏み留まった。そんなことしたらまた母さんが殴られるだけだ。

 家に帰ると母さんの姿は無く、『パート増やしたから行ってきます』と言うメモだけが残されていた。酔ってテレビを眺めるアイツの前に日本酒を置いて、僕はアイツが眠るまでの時間を潰しに外へ出た。

 母さんはその日からアイツだけに夕食を作るようになり、酒も満足行くまで飲ませるようになった。母さんの思惑通りか、アイツの暴力は少しだけ減った。
 母さんは父さんの分だから、と作った夕食を僕には一口もくれず、それを見てアイツはケタケタ笑う。母さんは掛け持ちまでして働いてるのに、アイツはゴロゴロ床に転がり、やれお腹が苦しいだの頭が痛いだのほざきやがる。毎日飽きもせず二日酔い状態だ。
 僕は給食を余計に食べることで夜の空腹を紛らわせた。

 そんな生活が一年半続いた。最初は不満でいっぱいだったけど僕は次第に朝食と給食の二食に慣れて来た。明らかに痩せた母さんが心配だった。

 その日、母さんが夕食の片付けをしているとアイツが突然呻き声を上げた。どうせ寝言だろうと思って放って置いたが様子がおかしい。目を向けるとアイツは胸の辺りを掻きむしりながら目を見開いていた。
 テーブルの上の物をなぎ倒しながら体を伸縮させたアイツは、しばらく苦しむとピタリと動かなくなった。
 何なんだ? 僕は恐る恐るアイツに近づき軽く揺さぶるが反応は無い。まさかと思って震える手でアイツの手首に触れて脈を取った。
 脈は振れていない……。

「父さん死んだ?」

 その声に息を呑み振り返ると、母さんがゆっくりと近づいて来た。うつ伏せのアイツの背中に耳をつけてしばらくすると、目を閉じて大きく大きく息を吐いた。

「コイツ……なんで?」

 母さんは目を閉じたまま淡々と答えた。

「たぶん急性の心筋梗塞と心不全の併発……突然死よ」

 僕は母さんから目を離すことが出来なかった。

「毒でも盛ったの?」
「これ、食べてみてくれる?」

 母さんが差し出したのはその日のアイツが食べた味噌汁で、冷めてしまったそれを口に含むと僕は思わず身震いした。

「塩辛いでしょ。でも父さん何も言わずに毎日こんなに塩分の高いもの食べてたの。お酒で味覚がやられてたんでしょうね。それにそのお酒だって毎日毎日あんなに飲んでたんだもの。そりゃ体調崩すわよ」

 母さんはそう言い終わるとスッと立ち上がり電話の受話器を上げた。

「父さんにね」

 ボタンに指をゆっくり押しながら母さんは話す。

「生命保険掛けてるの。お金が入ったらどこか遠くでやり直そうね」

 母さんは痩せたけど凜と笑顔だった。自由を勝ち取りホッとしているようだった。
 僕も笑顔で母さんに頷いて見せた。


最後まで読んで頂いてありがとうございます。
五分間少しでもお楽しみ頂けたでしょうか?
ご感想等頂けるとうれしいです!

ではまた『女は強いよシリーズ』でお会いしましょう(あるのかそんなの)













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