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王は他国から続々と届く文章に、血の気が引いていた。
今までどうにか隠してきた全て。
王の魔力以外にも、この国ならではの物が他国との関係に大きく役立っていたのだ。
演算機や鍵盤機は特に他国の関心を集めていた。
この国でしか見れない技術を、他国の王族も楽しみにしていたのだった。
しかし、王族の婚約披露宴というのに、鍵盤機が出てこなかった。
隣国の王族は、「王族のいざこざを見に来たのではない。鍵盤機を聞きにきたのだ」と怒りの声をあげた。
そして、どこからともなく、「演算機も鍵盤機もこの国に所属する物ではなくなる」という噂が流れ始める。
それを知った王は、魔力に頼れない今、技術師に見捨てられては大変だと、捜索するよう指示を出した。
「ディディオン、貴様、隠しておったな!」
ディディオンの元に王が詰め寄った。
なんのことか分からない、といった風にディディオンは首をすくめた。
「貴様があの技術師だったのか!なぜ黙っていた!その権利を売れば、我が国にーー」
「は?それで賄うつもりか?ーーあんたはいつも人任せだな。」
ディディオンは呆れたように言った。
「わ、私はお前の父親だぞ!お前の権利は私のものだ!」
王はディディオンを怒鳴りつけた。
「あーあれね、俺は権利持ってないから。」
「な、なんだと?誰に渡した!どこの国の者だ!」
「レティシア。」
「ーーなに?」
「レティシアのものだよ。ーー元からね。」
ディディオンは昔を思い返した。
「お兄さん、ここでなにしてるの?」
「君こそ、こんなところで何を...」
「私?私はね、お母さんから逃げてるの。」
その幼女は、まだ舌足らずな話し方なのにしっかりとした会話ができた。
「お母さんから?君はーー」
「大丈夫。あの人は私のお母さんじゃないから。」
幼女はニッコリ笑ってみせた。
ディディオンにはその笑顔がどこか悲しそうに思えた。
「お兄さんはそこで何をしてるの?」
「勉強さ。数が難しくてね。」
「ふうん。」
幼女は身を乗り出してディディオンの持つ紙を見つめた。
「君にはまだ早いよ。」
「ねえ、ここ間違ってるよ?」
幼女の指が動いたかと思うと、次々と答えを弾き出した。
「ど、どうやったんだ!?」
ディディオンは驚いた。
数の勉強は、難易度の高いものでそれを専門に勉強する人も多くいる分野だった。
「簡単よ。パチパチって頭の中で弾くの。」
「弾く?」
幼女は土の上にしゃがむと、絵を描き始めた。
「知らない?」
幼女の描いたものは、ディディオンが見たこともない形状をしていた。
「この球をね、数の分だけーー」
幼女は丁寧に説明した。
ディディオンはその説明に聞き入り、質問を重ねた。
ようやく形と使い方を理解するに至ったとき、幼女と出会って数日が経っていた。
ディディオンはその幼女から沢山の知識を引きだした。
天才と言われて育ったディディオンであったが、幼女の中にはディディオンの知らない世界があった。
ディディオンはその後、幼女に教えられたことを実物にするため王家から離れることとなる。
演算機や鍵盤機を世にだし、王宮へ会いに行ったときにはもう幼女は別人になっていた。
忘れているだけではなかった。
根本的に別人になっていた。
顔立ちも、髪色も違う気がした。
ディディオンはわけも分からず、その幼女を探し続けた。
そして、ようやく見つけた頃には、王とハイドローザ公は約束を交わした後だったのである。