6.2
ルカは屋敷から追い出され、街を彷徨いていた。
滅多に街を歩かないルカは気づかなかったが、街にもレティシアからの魔力がなくなったことの影響が出ていたーー
あの日、追い出されては生活していけないと分かっていたルカは、ハイドローザ公へ抵抗を示した。
傷心していたハイドローザ公相手に、数日は屋敷に残ることができたが、結局完全に親子の縁を切られてしまった。
これで跡継ぎはいなくなるが、どこからか貰ってくるつもりなのだろうか...
反対にマリアンヌは縁を切られてはいないようだった。
マリアンヌが王族となることを考えれば、ハイドローザ公としては妥当な判断だろう。
婚約披露宴より前に家を出たルカには、マリアンヌがどうなったかを知る由もない。
明らかに金持ちと分かるルカの服装は、周囲の目線を集めていた。
少し路地にでも迷いこもうものなら、どうなってしまうかくらい、ルカにも想像できた。
何日も野宿を続け、ルカはボロボロになっていた。
金目の物は売り、なんとか毎日を生き延びていた。
ルカは今までの分、罰が下ったと思った。
今になって考えるのは、姉であったレティシアのことだけだった。
レティシアは、ルカに優しかった。
幼い頃はレティシアに育てられたようなものだった。
何故忘れていたのだろうーー
思わずルカの目に涙が溜まった。
レティシアが本当の姉ではないかもしれないと気付いた時か。
それともダニエル王子と婚約していると知った時か。
いつからかルカの心はレティシアから離れてしまっていた。
ルカは自分がどうなろうと受け入れる覚悟があった。
レティシアにした分、自分が罰を受けるべきだと思った。
そのときルカの前に馬車が止まった。
王家の家紋が彫られた馬車だった。
父と母があれだけのことをしたのだ。
王家から罰を与えられても仕方が無い。
ルカは兵士に捕らえられるのを待った。
「ルカくん、乗りなさい。君のような者が歩くには危ない道だ。」
「あ、あなたはーー」
馬車から顔を出したのはディオゲネス公だった。
「早く。」
ディオゲネス公に促されて、ルカは馬車へと乗り込んだ。
捕らえられることもなく、むしろ快適な空間だった。
「ど、どうしてあなたが....」
レティシアの本当の父親に、この様な態度を取られる理由が分からなかった。
レティシアに対してのことを責められてもおかしくない。ルカは、父や母の分まで責任を負わされてとおかしくない立場なのだ。
「君は、レティシアの弟だ。」
ルカは耳を疑った。
もう知っていたからだ。
ルカはディオゲネス公はもちろん、ハイドローザ公の子供でもない可能性が高い。
そして、マリアンヌと同じ母から生まれたかどうかさえ怪しいことをーー
「君は私とマリアンヌの母の子供だ。」
それでも、ディオゲネス公はそう言った。
「そんなわけ、ないですよ。僕が生まれたときは、まだ、ディオゲネス公は遠征から帰ってきたかどうか分からない時期で....」
「そうだ。分からない。だからお前は私の子にした。」
ディオゲネス公はルカが自分の子供であると、申請を出していた。
レティシア同様、その言い分は認められ、ルカの戸籍はディオゲネス公の元へと移っていた。
「でも、髪がーー」
「髪?ああ、色か。あれは王家の者しか知らぬこと。魔力は十分あるのだ、私の子供として疑う者はそうおらぬだろう。」
ルカの髪色はディオゲネス公にもハイドローザ公にも似ていなかった。
ディオゲネス公がそれに気づかないわけがなかった。
ディオゲネス公は、確実に自分の子供ではないと分かった上で、ルカを子供として迎えたのだ。
「どうして、そんなーー」
ルカはディオゲネス公にそこまでしてもらう理由が思いつかなかった。
「レティシアは、君の話ばかりした。ーー私に直接言うことはなかったが、君と全く血のつながりがないと知り、動揺していたのだろう。あの両親の元に君だけ置いてきたことになり、心配していたようだ。君のことをとても褒めていた。どうにか君も一緒に住めないかと、私に頼みたい気持ちだったのだろう。」
ルカの視界が涙でぼやけた。
「君が姉思いの良い子だったことは知っている。血のつながりがなくとも、君はレティシアの弟だ。」
ディオゲネス公はそう言うと、ルカに背を向けた。
涙で顔がぐしゃぐしゃになったルカへの、優しい気遣いだったーー