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  星と羽虫 作者:病気
第一章・異能の女たち
第一章・異能の女たち② リデオの命令

 正午頃に村長がやってきてノラッドと話をしていた。旅装を解いた私は台所で椅子に腰かけて、糧食の残りを食べながらその様子をぼんやり眺めていたが、不意に階段の上から私の名を呼ぶ声がして振り返った。リデオの取り巻きの不良隊員が手招きしていた。
 何を言われるのか内心びくびくしていたが、二階へ上がり部屋へ入ると、私はひどく虫の居所が悪いらしいリデオに酒を調達してくるよう命じられた。彼はこの村に酒場すら無いことに怒り心頭の様子だった。酒場などあったとすれば賊の連中に占領されているだろう。我々がそこで仲良く酒が飲めるとは思えない。

 部屋を出ると腕組みをしたセリトが扉のすぐ脇の壁にもたれかかっていた。彼は私の顔を見るなり口の端をわずかに上げ、何故か少しおもしろがるような様子を見せた。

「貴様、金はあるのかよ」

「いや…しまったな、もらい忘れたよ…」

 後ろ手に閉めた扉を再び開こうとしたがセリトに手首を掴まれた。

「あの強欲な豚がよこすわけないだろう?調達して来いってのはかっぱらって来いという意味だ」

 彼は声をひそめようともせず淡々と言った。部屋の中からはリデオの下品な大声がずっと響いていたので、豚呼ばわりはきっと聞こえていないだろうが、気が気ではなかった。
 私は峠の村でリデオが盗賊同然の働きをしていたことを思い出した。私も命を繋ぐためとは言え、テンベナで何度か食い物を盗んだが、あの吐き気を催すようなリデオの醜い笑みを思い浮かべるたび、その時のことを心から後悔させられる。

「盗賊は僕らが倒すべき相手だ」

 私は少し考えた後、セリトと共に階段を降りながら小さな声でそう言った。一階ではノラッドと村長がまだ話をしていたが他には誰もいなかった。隣の家か、どこか他所へ行っているのだろう。

「その通りだ。あのクソ豚はいつか殺す」

 彼は調子に乗ってわざと少し声を大きくしてそう言い、満足げに頷くと、同意を求めるように歯を見せながら私の顔を覗き込んできたが、私がリデオをどう思っていようとも、殺すなどという物騒な発言に気安く賛同することはできないので無視して玄関へ進んだ。

「おいっ!何か返事したらどうなんだ」

 初めて会った時のまるで狂犬のような表情や自分勝手で嫌味な性格から、私はこの金髪の剣士セリトをリデオやその取り巻きたちと同類とみなしていたのだが、どうやら彼にその自覚は無いらしい。むしろ悪の象徴とも言える醜いチンピラ傭兵リデオを潔癖なまでに忌み嫌い、そのことをことさら大袈裟に主張してくることから考えて、彼は自分を正義を司る騎士か何かだと勘違いしているのかもしれないと思った。
 一般に、信念を持った人間は大成すると言うが、それが歪んだ信念であれば周囲の者たちにとってはたまったものではない。
 なんとなくそう思うのだが、それでもきっとこいつは大物になるんだろうな。誰かに殺されさえしなければ。

 玄関から外に出てもセリトは付いてきた。私が扉を閉め終えてから彼は言った。

「で?どうするつもりだ?あの豚野郎に逆らうつもりは無いんだろう?ならば貴様から成敗してやろうか?」

「奪ったり盗んだりはしない。交渉してみるよ…小隊全員分の酒を譲ってくれるような人がいるとは思えないけど…」

 セリトはあきれた様子でため息をついた。

「全員分集める必要は無い。豚と豚にたかる蠅の分だけで十分だ。小隊全員に振る舞ったりしたら、無一文の私たちに酒を奪りに行かせたことを隊長に知られ兼ねんだろうからな」

「それが何かまずいのか」

「豚にとってはな。隊長は盗賊行為を許さないだろう」

「なら…」

「告げ口したければそうすればいい」

 わざとらしく目を逸らされた。私はすぐに意図を理解した。リデオには逆らわない方が良さそうだ。

 先の発言で少し引っ掛かる箇所があったため、私は会話を繋げた。

「しかし、僕は隊長が盗賊行為を許さないとは思えないけどな…露骨に表に出すかどうかの違いだけで、彼はリデオと同じ種類の人間だろう」

 セリトは小さく息を吐いた。

「ガキとは言え、貴様は人を見る目がまるで無いな。一体何故そう思う?」

 そう言った彼の顔を見ると眉間にしわを寄せて私の目を凝視していたが、その表情に怒りの色は見られなかった。しかし私は一瞬うろたえてしまった。彼が隊長の弁護をするとは思っていなかったからだ。

「…村の入り口での会話を聞いただろう。隊長は賊の貯め込んだお宝に随分興味があるみたいじゃないか」

「倒した敵から戦利品を回収するのは当然のことだ。しかも相手は山賊だぞ。期待して何が悪い?」

「相手が何者だろうと略奪行為は恥ずべきじゃないのか。君ならそう言うと思ったが」

「何も考えていないかと思いきや、意外と潔癖症だな。しかし無学故か、貴様の考えるモラルはだいぶ歪んでいるようだ。まったく、学校も出ていない野蛮人は何を考えているのかまるでわからんな。恐ろしい恐ろしい」

 歪んでいる。私が彼に言いたくてこらえていた言葉を先に言われてしまい、私は不快感のあまり軽いめまいを覚えてよろめいた。

「どう歪んでるんだよ」

「生まれの卑しき蛮族にも慈悲の心を持って当たれとは聖テリの経典の教えだ。よかろう、講義してやる。いいか。兵たちに戦利品の存在を仄めかせば士気は増大する。ノラッドもそれをわかった上でああ言ったんだろうよ。士気が増せば戦力が上がり、戦死者も減る。逆を言えば戦利品が無ければより多くの人間が無駄に死ぬ羽目になるということだ。戦利品の略奪は合理的且つ人道的な行為だと思わないか?」

 彼は『人道的』の部分をわざとらしく強調して、笑いながら言った。

「屁理屈だ」

「ごく当然の理屈さ。いいか、そもそも聖テリは…」

 私は楽しそうに講義を続けるセリトを無視して周囲を見回した。そういえばどこで酒を買えるのかすら聞いていなかったが、人間の住む場所で酒の置いていない所などは僧院と監獄を除けば世界のどこにもない。酒を売る店くらいは村のどこかにあるはずだ。村人に尋ねてみるしかない。

「しかし、道を尋ねようにも誰もいないな」

 私がセリトの講義を遮るためにそう言うと、彼はあっさりとそれを中断し、私の前へと進み出て、振り返りながら言った。

「さっさと行くぞ。田舎は土地が無駄に余っているからな。強欲な上に馬鹿な百姓どもが誰も彼も庭を広く取っているせいで、隣の家まで行くのにも一苦労だ。しかもこの周辺には空家ばかりしかない。すれ違う百姓に会うまで広場の方向へ道なりに歩くのが一番早いだろう」

 彼はそう言いながら、我が物顔でどんどん先へ歩いて行ってしまった。私はそのせっかちな、無駄に速い歩調をやや小走り追いながら、先程から疑問に思っていたことを口に出してみた。

「ところで何故…君は僕に付いてくるんだ。君は命令を受けてないだろう。家で休んでいたらどうだ」

 実際には前を行くセリトに私が付いていく形だったが。

「監視だ。口では偉そうなことを言っていても、いざとなれば盗みを働くやも知れんからな。見張っていなければ何をしでかすかわからん。本来犬は鎖で繋ぐのが一番なんだがな」

 家にいても私以外にでかい態度を取れる相手がいないので居心地が悪いのだろうということは容易に想像出来たが、それを口に出して彼の自尊心を傷付けたところでお互い全く得はしないであろうことも想像出来たため、私は黙っていた。

 先を歩きながら、彼はすぐに講義を再開した。




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