接触
体育館に近づいて行くにつれて、柳川の奏でるギターの音が聞こえなくなってきた。その代わりに体育館にあると思われるグランドピアノの音色が聞こえていた。桜は焦る気持ちを抑えて体育館の扉を開けた。
1番に飛び込んできたのはピアノを演奏する誰かの背中だった。
「・・・月光・・・?」
弾いていたのはベートーヴェン作曲の月光であった。
暗いイメージのする音楽が流れる中で、桜は体育館中央に倒れこむ1人の青年の姿を見つけた。
「な、長瀬さん・・・!!」
慌てて駆け寄って長瀬を抱き起こす。長瀬の頭から血が流れ出ており、左目が縦に切られたように裂けていた。それを目にした桜はびくっと震える。
「長瀬さん・・・!」
「・・・すまない・・・大丈夫だ。」
長瀬は荒い息をしながら転がっていた刀を拾い上げた。そしてよろよろとした足取りで立ち上がり、刀の先でピアノを優雅に弾く男を指した。
「あいつが『D』だ。」
「・・・あれが・・・。」
『D』、そして桜と長瀬の父親。
すると『D』は弾くのを止めてゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ソナタ第14番『月光』。彼が永遠の恋人、ジュリエッタに向けて捧げられた曲です。」
その声はゲームの時にいつも聞こえる声と同じであった。
言葉とともに『D』がゆっくりと振り返る。桜は息を呑んだ。その顔はまさしく、家族写真にあった父の顔と同じだ。
「・・・こうして会うのは初めてですね・・・長谷川桜さん。」
「『D』・・・!!」
桜は思わず身構えると、『D』はくすくすと笑った。
「ここはあなた方のご両親が始めて出合った場所なのですよ。体育館の裏で・・・。運命的ですね。」
「・・・外道め・・・。」
長瀬が吐き捨てるように言ったがかまわず『D』は続ける。
「さて、どうしますか?私を倒すか・・・このまま2人で死ぬか。」
狂気じみた『D』の顔に2人はぞっとさせられた。
「ですが殺すのは惜しい存在だ。超能力、幻覚・・・どちらも欲しい。どうですか?あなた方2人を私の元に迎え入れましょう。」
「どういうこと・・・?」
「つまりデッドゲーム勝者にするのです。もちろん、あなた方の仲間も一緒に。悪い話ではないでしょう?」
2人は顔を見合わせた。桜は長瀬の顔色をうかがうように不安そうな顔をしている。長瀬が強く頷くと桜も頷いた。
「死んでもごめん。」
2人の声が重なった。すると『D』はくつくつと笑った。
「良いでしょう。では2人ともご一緒に・・・。」
瞬間、長瀬に強い衝撃があった。足で踏ん張るが耐え切れず、そのまま吹っ飛ばされて体育館の扉に背中を打ちつけた。
「・・・かはっ!」
「長瀬さん!」
慌てて『D』を見ると腕から緑色の植物が生えていた。
「それは水崎さんの・・・。」
「そう。お忘れですか?私が見た能力は私も使えるようになることを。」
「くっ・・・!」
桜は一旦『D』に背を向けて長瀬に駆け寄る。しかし長瀬は扉に寄りかかるような恰好で意識を完全に失っていた。見ると後頭部からも出血している。叩きつけられた時に、扉についている突起に頭の肉を抉られたのだろう。だが出血は少ないので、桜はとりあえず安心した。
そばに長瀬の刀が落ちていたので、それを拾って構える。
「お・・・っとと・・・。」
予想以上に刀が重く、よろっとよろめくが体制を立て直して両手に持ち直した。
「行くわよ!覚悟しろ!」
「ふふ・・・。」
『D』が不敵に微笑む。桜はむっとして刀を構えたまま『D』に突っ込んで行った。ジャンプしてステージの上にいる『D』に向かって刀を振り上げる。
「うわぁぁっー!」
「甘いですね。」
がぎっと金属がぶつかり合う音が体育館に響いた。びいぃんと桜の手にじわじわと何ともいえない感覚が走る。
『D』の腕に刀を振り下ろしたはずが、切れ味の良いはずの刀は服を少し切っただけだった。その服の切れた部分からは金属が見えていた。
「それも誰かの力でしょう・・・?!」
「その通り。」
ぐおっとがら空きだった桜の腹に強い衝撃が走る。うっと息がつまりそのまま『D』の前にうずくまった。ようやく息を出せるようになると、口から血が出て来た。
「・・・くそ・・・っ!」
あまりの激しい痛みにしばらく動けない。ぎりりと刀を握り締めてそれを横に振った。
しかし『D』は軽いステップでそれを交わすとステージからひらりと降りた。
がくがくと笑う身体を無理やり起こすと『D』の方を向く。
「隙がありすぎますね。私が非情ならあなたはもう次の攻撃をもろに受けていたことでしょう。」
「・・・。」
桜は『D』を睨みつけたままじっと座り込んでいた。
「何故私があなたに執拗にこだわるのか・・・聞きたそうでしたね。」
こつこつと体育館を歩きながら『D』は続ける。
「知っての通り、私の力は見た能力をそのままコピーする力です、が・・・どうしてもあなたの力だけはコピー出来なかった。」
「だから?」
「私は何故あなたの力がコピーできないのか知りたかった。ですが、今でもそれは分かりません。だからどうしてもあなたにこのゲームに勝ってもらいたかった。」
「どうして?」
「あなたの能力はほかの能力とは違い、桁違いの強さがあります。あなたを優勝させて、私と組めば、私の野望は必ずかなうと思ったからです。」
そこまで言って『D』はステージの中心に立って桜を見た。
「・・・じゃあ何でこのゲームをやろうと思ったの?」
「私の理想郷の建設のためです。」
「理想郷・・・?」
「そう。それは気高き、力ある者だけが住む世界。私達のような人間だけが住める世界を創ることです。とは言っても、弱者はいりません。だからこのゲームを開き、力ある者だけを残そうと考えたからです。」
「ちょ・・・、じゃあ普通の人達はどうなるの・・・!?」
「排除します。」
その言葉にかっと桜が目を見開き、刀を手に持つと飛び上がった。
「あんたの理想郷のためにあたし達は動いてるんじゃないのよっ!」
刀を振り下ろすが、それを指1本で止められてしまった。
「っ!」
「あなたは弱い。ですが、その中に強さが眠っている。」
がしっと首が『D』に掴まれ、足は床に届かず、身体が首をつかまれた状態で浮いた。
「あっ・・・!は・・・っ。」
苦しそうに顔を歪めて『D』の腕を掴む。そして自分の首を絞めている『D』の手を緩めようともがくがびくともしなかった。からん、と刀が桜の手からすり抜けて床に落ちた。
「だってそうでしょう?何故非力な人間が私達を見下し、罵倒し、嘲笑って生活している。おかしいでしょう?」
「あ、・・・たと、一緒にしないで・・・!」
『D』は、くっと笑う。
「あの最後のゲームで生き残った方々がくずどもを殺してくれれば良いのですが、残念時間制限がありますからね。」
「・・・くっ!」
「あなたのお友達もそれまで持てばいいのですがね・・・。」
「・・・?」
「あの4人は強い。到底あなた方にはかなわないと思いますが?」
面白そうに言う『D』を横目に、途中で分かれてきた砂時達を思い出した。
桜は精一杯口元を歪ませて鼻で笑った。
「あの人達がどんなに強かろうとも・・・皆は絶対負けないわ・・・!」
勝誇ったような桜の笑みとともに、『D』は残酷的な笑いを浮かべた。
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