白崎藍
―白崎藍
それが柳のくれた紙切れに書かれてあった名前だった。
女性であるか男性であるかは名前からは分からない。
何時間もかけて、いくつもの駅を通った桜の目の前には巨大な豪邸が広がっていた。驚くほどの白い豪邸で、全てが真っ白だった。その豪邸に圧倒されていた桜だが、何とか歩き出し、豪邸前に立っている白いスーツの男性に話しかけた。
「あの・・・。」
「はい?何か御用でしょうか?」
思ったより親切な態度に驚かされつつも、桜は問いかける。
「ここは白崎藍さんのお宅ですか?」
「そうですが。」
「じゃあ!白崎さんに会わせてもらえませんか?!」
白いスーツの男性は一瞬だけ顔をしかめたものの、耳にしている、無線のような物でどこかへ連絡を取り始めた。
「失礼ですが、名前をうかがっても?」
「あ、はい。長谷川です。」
するとそれを聞いた白スーツの男性は顔色を変えた。すぐに巨大な白い扉を開けさせ、桜を中へ招く。
「うわぁ・・・!」
中も真っ白だ。壁も床も。全てが白に覆われている。
「さぁ、こちらへ。」
早口で桜を案内したが、決して乱暴に扱うようなまねはしない。
(あの黒スーツの人達とは違うなぁ。)
と、無意識にそう思った。大きなホールの階段をそのまま登り、右の通路へと進む。何回か階段を登り、廊下を歩いた所で白いスーツの男性が足を止めた。
「ここです。」
白い扉がまたそこにあった。
「こちらで白崎様がお待ちになっております。どうぞ、ごゆっくり。」
恭しくその男性はお辞儀をした後、また元来た道を戻って行ってしまった。
桜はそれを見送ると、ゆっくりと扉に手をかけた。そして大きく息を吐き、一気に扉を開けた。やはりそこには白く大きな部屋が広がっている。桜は思わず扉を開けっぱなしにしたまま、部屋をぐるりと見回した。
大きな白色のグランドピアノが置かれてあるだけだ。
「よく来たね。」
「えっ。」
部屋の奥の窓際に1人男性が椅子に腰掛けており、こちらを見て微笑んでいた。白い服を身にまとっており、長い髪に夏だというのに長袖の服が特徴だった。
「私が白崎藍だ。さぁ、こちらへおいで。」
「は、はい・・・。」
いよいよ緊張してきた。
桜は恐る恐るだが白崎に近寄り頭をぺこりと下げた。
「あの・・・あたし長谷川桜っていいます!あなたが・・・『デッドゲーム』参加者と聞いて、詳しく話しを聞くためにここに来ました。」
簡単にいきさつを説明すると、白崎はふっと目を細めた。
「よくここまで来てくれたね。」
怖いほど綺麗に整った顔に戸惑いながら、差し出された椅子に腰掛けた。
「・・・。」
しばらく白崎は静かに微笑みながら桜を見つめていたので、桜は何から話して良いのか分からなくなってしまった。
「大きくなったね・・・。」
「えっ。」
突然発言をされ、桜は思わず聞き返した。
「君が幼かった頃、1度見た切りだったからな・・・。桜、か。良い名だ。」
「あ、ありがとうございます・・・って・・・??え?どういうことですか?1度見たって。」
「私は君の父上と母上の知り合い・・・いや、親友だったのだ。」
がんっと大きく頭を殴られたような衝撃が走った。呆然としている中で白崎は話を続ける。
「君は本当に母上にそっくりだね。見ていると、とても懐かしいよ。」
「あ、あたし・・・。」
「分かっている。記憶がないのだろう?」
「は、はい・・・。」
申し訳なさそうに俯く桜に白崎は微笑む。
「君の父上の名は翔太、母上の名は美里という。初めて知っただろう?」
そう語りかけられて、桜はすぐに頷いた。今言われた名前を頭の中で繰り返し、しっかりと忘れないように覚える。
「最初のデッドゲームが行われた時、私と君の父上と母上も一緒に参加していた。私と君の父上は全てのゲームをクリアし、勝者になった・・・。だが、君の母上は・・・途中で私達をかばい・・・。」
「あ・・・良いですもう。ゲームオーバーに、なっちゃったんですよね?」
「そうだ。だが、完全に死んだのではない。君の母上は『時の女神』と呼ばれていた。時間を自由に操る能力だ。今は時間の中で生きている。」
「あの・・・それはどういう。」
しかし、白崎は首を横に振る。
「それは私にも分からないのだ。父上が言っていたことだからな。」
「そう、ですか・・・。どうぞ・・・続けて下さい。」
「うむ。ゲームを最後までクリアし、勝者になった人間は『D』の仲間、部下になることになる。だがそれと同時に離脱する権利も与えられる。父上は残る、と言ったが私は離脱をした。」
「どうして・・・?」
「また人が死ぬのを見たくはないのだ。だが父上は残ってこのゲームを止めさせる、とそれ以来行方知らずになってしまった。」
桜は驚いた様子も見せることなく、そうですか、と俯いた。いつの間にかテーブルには紅茶が運ばれてきており、それを一口飲んだ。甘酸っぱい香りが広がる。
「だったら多分もう・・・。」
「だが生きている可能性は高いと私は思うがね。」
「どうしてそう思うんですか?」
「さあな。特に理由はない、がそう思ってるんだ。君の父上の力もそうだった。『強奪者』と呼ばれていてな、見た能力をそのままコピーしてしまう力を持っていた。」
「全部・・・?」
「そうだ。それをコンプレックスにしていたが。」
苦笑しながらも白崎は紅茶をすすった。
「『D』の力は記憶を操る力だ。記憶を消したり、蘇らせたり、作り変えたり。」
「ゲームオーバーになった参加者をあたし達以外の部外者の記憶から消したのは『D』の仕業?」
「そうだ。攻撃性はないものの、かなり厄介な力もである。君の記憶からも父上と母上の記憶が消えているだろう。『D』の力によって消された記憶は絶対に戻らない。」
桜はしゅん、と顔を再び俯かせる。
「だがな。消された記憶は奪い返せば良い。君はいずれ、『D』と直接接触することになるだろう。その時まで・・・。」
「はい・・・。」
すっと紅茶をすすり、桜は白崎にぶつける質問を思い出した。
「そういえば・・・『D』が人を生き返らせるっていう話をしてたんですけど。本当にそんなことできると思いますか?」
すると一瞬だけ白崎の眉が動いた。
「知り合った参加者の人が、それを信じて『D』側の人間になってしまったんです。でも、最後はその人・・・死んでしまいましたけど・・・。」
「ふむ・・・。」
ふうと溜息をついて白崎は笑う。
「出来ないこともない。」
「えっ。」
「私の能力がそれだからさ。『神』と呼ばれていてね、死んだ者を甦らせることが出来る。」
すっと白崎が手を差し出した。白く長い指が袖から見えた。
「すごい・・・。」
「そう思うか?私が離脱した理由はこれにもある。」
「どうして?」
「1度死んだ者を甦らせるというのは、神も恐れることであり、神を冒涜する行為だ。」
そして少しだけ切なそうに微笑む。
「そして・・・その力を使った時、私は私では・・・人間ではいられなくなるような気がするのだ。それがたまらなく嫌で、怖くて仕方がない。情けないね。」
「い、いえっ・・・。そんなこと・・・。」
「それにだ。もし蘇らせ、身体や命が帰って来ても、心や感情は取り戻せるだろうか?」
それ切り、桜は何も言えなくなり、白崎も黙ってしまった。
どのくらいたっただろうか。白崎が窓に目を向けて、桜に微笑みながら言った。
「一気に聞きすぎて疲れてはいないか?」
「あ、大丈夫です!」
「今日は泊まって行かないか?日ももう少しで暮れる。」
「すみません、今日はこれで帰ります。ずっとここに居座るのも悪いので。」
残念そうに笑う白崎に悪いと思いながらも、桜は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「またいつでもおいで。歓迎するよ。」
「あ、ありがとう・・・!」
「今度はぜひ、冬夜も連れて来てくれ。」
桜はにっこりと微笑んで、白崎邸を後にした。
外までは白スーツの男性らが案内してくれたが、空はもうオレンジ色に染まっていた。窓から白崎が手を振っているのが見え、桜は大きく手を振ってから駅へと向かった。
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