静かな部屋
病院の中は思ったより明るかった。外からはそうでもないが、中は電気がこうこうとついている。これなら多少の不安は解消される。
「あっれ・・・。皆どこ行っちゃったんだろ。」
「見テ!あソコに分かれ道がアルよ!ヒョヒョッ・・・!」
柳が指差す方向にはエレベーターが3つ。それぞれに張り紙がされている。
1番右は『暗い部屋』
真ん中は『植物園』
1番左は『静かな部屋』
どれも怪しい。
「軽そうなのは・・・やっぱり『静かな部屋』かな・・・。」
「ボクは『暗い部屋』の方がイイケドな。デモここは、ナガタニガワサンに任せるヨ。」
「うん、ありがと・・・って今あたしのこと何て言った?」
「ナガタニガワ。」
不気味な笑顔のまま桜にそう言い放つ柳。
「・・・そ、そりゃ・・・確かに長谷川はそう読むけど・・・ナガタニガワじゃなくて!ハセガワだから!さっき普通に言ってたじゃない・・・。」
「ヒョヒョヒョヒョ・・・!」
奇妙な笑い声の柳にこれ以上何も言う気力がなくなってしまった。溜息をつきながら奥にある『静かな部屋』のエレベーターのボタンを押した。しばらくして、ちんと音をたててエレベーターが開いた。中は古びているが、いたって普通のエレベーターだった。
「何だ・・・普通のエレベーターだ。」
「一体ドンなのを期待シテたノ?」
「そりゃあ・・・。」
そこまで言って止めることにした。エレベーターが閉まろうとしていたので、2人は慌てて中に乗り込んだ。奇妙なことに、エレベーターには階のボタンがついていない。勝手に進んでいるようだが、
「チョットこれ・・・下に行ってルの?」
「嘘・・・?!何で下に?上に行かなきゃ駄目なのに!」
後悔しても遅い。
そうこうしている内にエレベーターは階に到着したようだった。がっくりとうな垂れながら桜はエレベーターを降りる。
「長い・・・。」
てっきりどこかの部屋だと思っていた桜は、そう呟いた。目の前にはずっと赤いじゅうたんが敷かれている廊下があった。明るいとはいえ、奥まで全く見えない。
「面倒臭いネ。」
「・・・うん。」
ここが外れだったのだろうか。
とにかく進むことにした。進んでいくうちにだんだんとあの匂いが濃くなっていく。生臭いというか、土臭いというか。
「ねぇ、和響君は・・・どんな能力持ってるの?」
「ヒョヒョヒョ・・・!ドンな能力だと思う?」
「質問を質問で返さないでくれるかな・・・?」
苦笑しながら言うと柳はまたにこっと不気味な笑みを浮かべた。
「超能力者でショ?そチらの力は知ってイル。ヒョヒョヒョ・・・!」
「・・・。」
楽しそうに笑う柳を見て、何故か可愛いと思ってしまう。
するとふいに生臭い匂いがついた。じゅうたんを踏む音が次第に水を含んだように、ぐじゅぐじゅと音がするようになってきた。
「何か・・・やばいかもね。匂いも濃いし・・・。」
「そう?良い匂いジャナイカ。」
「はっ?何で?!腐った卵みたいな匂いするのに?」
「ヒョヒョヒョ・・・!」
ますます柳は嬉しそうに笑う。それは桜には理解できないまま進んでいると、やっと病院らしい景色になってきた。廊下の左右の壁にはスライド式のドアがいくつも並んでいる。多分これが病室だろう。まだ使われていた時のように、病室の前には名札が貼り付けられてあった。
「待っテ。」
ぐいっと柳が手錠を引っ張った。
「どうしたの?何か見つけた?」
柳が笑いながらある病室を指差した。見るとそこだけドアが開いており、病室の中が丸見えになっていた。そこにありえない映像が浮かんできた。
「・・・あれ。」
1人の人間が天井に続く紐によってぶら下がっていた。
首吊り死体だ。
だらんと手足は下へ向けられ、ゆらゆらと揺れている。その人間は後ろを向いているので、顔は分からないが、老人のようだった。病院用の肌着を見につけている。
「どうして・・・?ここ廃墟になったはずでしょ?」
「もしかしたラ、廃墟になっタんじゃナクて、廃墟にしたンじゃないノかナ?」
「まさか・・・。」
やはり人間の首吊り死体を見ているのは、さすがに気分が悪い。柳も興味がそれたように歩き出すので、桜もそれに続いた。
「静かってこういうことだったのかなぁ。」
確かに辺りは参加者は見当たらず、かなりの静けさが漂っている。
「ねぇ、和響君。」
「?」
「走らない?」
「何故?」
「後ろからついて来てる人がいるから。」
柳は気づいていたのだろうか。先ほどからべちゃべちゃと歩く足音が、後ろからついてきているのだ。人かどうか分からないが、とにかく離れなくてはいけない、という警告が頭に出ていたのだ。柳はにこっと笑うと頷いた。
そして合わせて2人は走り出した。鎖がじゃらじゃらと邪魔だが今はそんなことはどうでもよかった。しかし、後ろからは足音が続いている。
「・・・しつこいなぁ!」
後ろを振り返ったとたん、桜は絶叫してしまいそうになった。
後ろから走ってきているのは、首に紐を結んだままの老人の死体だったのだ。かっと目を見開き、口からは判別できない物を吐き出して追って来ている。普通に怖い、というか気持ち悪かった。ますますスピードを上げると、隣の柳がぜえぜえと息をついているのに気づいた。
「大丈夫っ?」
「も・・・限界・・。ヒョヒョヒョ・・・!」
笑ってはいるが、かなりつらそうだ。桜は走りながら、柳を抱きかかえると、背中に負ぶさった。
「ヒョヒョ・・・!後ろカラ来てるヨ。」
「うおおっ!」
桜は柳をしっかりとおぶり、一目散にずっと続く廊下を走り続けた。しかし、病室を過ぎていく内に、後ろから追いかけてきている人数が増えている気がする。時々うめき声が聞こえるほどだ。
「ヒョヒョヒョヒョヒョ・・・!大分人数増えタよー。」
「嘘っ。」
桜は後ろを振り返る。
「全然大分じゃないっ!」
後ろからは死者の行列が出来ている。桜は悲鳴を上げながら廊下を走った。
「あっ?」
突然足に何か引っかかった。そのせいで、大きく前のめりに倒れ、したたかに額を床に打った。胸や足もじんじんと痛む。
「痛あぁ・・・。」
「大丈夫?」
横に転がってしまっていた柳が言う。
「い、一体何なの・・・。」
何に引っかかったのか振り返ると、人間の土色に変色した腕が1本だけ転がっていた。しかし驚いたのは腕ではなかった。
「ア・・・ア゛ア゛・・・!」
腕が取れて、床に転がっている人間がいた。こちらも老人であり、チューブで繋がれた身体ずりずりと引きずり、転んだ桜に近づいて来る。かっと見開かれ、濁った目を桜に向けている。まだくっついているもう片方のやせ細った手を桜へと伸ばす。
「ひいいぃっ。」
「ナガタニガワさん、アレ。」
「だからハセガワだって・・・!」
目の前からは先ほどの死体軍団。よろよろとしながらも、確実に桜と柳に近づいて来る。
「サイコキネシス!」
イチかバチかで桜が叫んだ。瞬間、廊下を歩いてきていた死体達が強風にでもあおられたように、後ろへ吹き飛んだ。
「ヒョヒョヒョ・・・!噂にたがわずノ腕前で・・・」
それを愉快そうに柳が見る。
「行くよ、和響君!」
「あ・・・待っテ。」
柳は先を進もうとする桜を止めて、何故か桜の念力にあおられた死体のうごめく場所に進んで行った。
「ちょ・・・!」
しかし手錠で繋がれたせいで、それに従うしなかった。
柳は鼻歌を歌いながら死体達を品定めするように見ていく。
「フン。」
興味なさげに柳が溜息を漏らした。
「どうしたの?」
「ウウン・・・。何でもナイよー。行こう。」
すっかり興味をなくしたように、倒れている死体を踏み潰しながら廊下を進んで行く。桜はもちろん避けて歩いたが。
「どうしたの急に・・・。」
「美味しソうナノガなかったナーって思っテー。」
「お、美味しそう?」
柳はにこっと笑って桜を見上げた。
「ボク・・・人食家ナンだよネー。」
「人食・・・って。」
「人肉が何ヨリの大好物。あ、大丈夫・・・肉ハ死んだ人間のシか食べないカラ。」
そう言って不気味に舌なめずりをするのだった。
「デモ・・・ナガタニガワさんも美味しそうダね・・・。あ、冗談冗談。ヒョヒョッ。」
「・・・。」
桜は呆然としながら歩き続けるしかなかった。時々隣で舌なめずりをする柳にびくりとするが。やはり最悪な人物とパートナーを組まされた、と思わずにはいられなかった。
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