シズの狂気
がしゃっと桜は疲れ果てた身体をフェンスに押し付けた。行き止まりである。目の前ではミランダがべたべたと走って来る。
「そこまでかあぁ?」
にやっと笑ってミランダが立ち止まった。
だがここなら、ほかの人に迷惑や危害がかかることもない。桜は肩で息をしながらミランダを睨みつける。
「ミランダ、どうして『D』達を裏切ったの?」
「んん?あたしの判断じゃないぃ。シズがそう決めたのだあぁ。」
「シズ・・・。」
「うん?あまり意外そうじゃないなあぁ。」
桜は黙ったままだった。
「でもまあ、シズがいいならあたし達はそれでいいのだあぁ。」
「・・・あんた達が何をしようとしているのか分からないけど、でも見過ごすわけにはいかない。」
桜がさっと構えると、ミランダが馬鹿にするようにひひっと笑った。
「何がおかしいの?!」
「つくづく貴様も馬鹿だなあぁ。あたしが何故貴様の所へ来たのか分からないのかあぁ?」
「あたしを殺すためじゃないの。」
「ぎひひっ!全くもって違うぅ。あたしはただシズのやりやすいようにやったまでだあぁ。」
「・・・。また・・・シズが殺人をやったのね!」
「ぎひひひひっ!」
ミランダは笑いながら髪をぶわっと広げて、路地の壁に貼り付けた。
「貴様とのゲームはまた今度だあぁ。今度は絶対に殺してやるからなあぁ!」
びたびたと髪を操りながらミランダは壁を登って消えてしまった。
桜はしばらくそこに突っ立っていたが、はっとして再び走り出した。またシズが無差別な殺人をやる前に止めなくては。
路地裏を出てから桜は当てもなく走り出す。
「もう嫌・・・!どこにいるの?!」
そう叫んだ後、急に当たりが静かになり、音がなくなった。またあの時のようにテレパシーの暴走かと桜は思った、がしかしそれは違っていた。
「何・・・・・・・?!」
道を通る人が透けて見え始めたのだ。
それはビルや建物も同じで、まるでそこに何もないかのようにみるみる透けていく。そこで桜は確かに見た。ある近い場所に赤い部屋があるのを。そこにシズの姿が一瞬だけ見えた。
「きゃ・・・っ。」
思わず赤い部屋を見て悲鳴を上げると、すぐに回りは元に戻ってしまった。
「・・・何なの今の?」
「姐さん!」
見るとわき道に1台の車が止まっているではないか。そこの窓が開いて番長が顔を出したのだ。
「番長・・・!」
「早く乗れ!」
言われるがままに番長のいる車に乗り込む。
「どうしたのこれ?」
「ちょっとな・・・それよりも砂時に聞いたぞ。」
番長がハンドルを握り、アクセルを踏む。
「ちょっと!免許持ってるの?」
「持っていない。これが初だ。」
「お、降ろしてええエ!」
桜は絶叫したが車はもう発進していた。
「ひいやぁっ。」
その拍子にちゃんと座っていなかった桜はがくんっと頭をシートに打った。
「あたた・・・。」
「砂時に聞いた。姐さんが1人で『地獄遊戯』を止めようとしていることを。シズの所へ向かっているのだろう?どこに行けばいい?」
乱暴な運転をしながら番長が聞く。
「そ、そこの角を右よ!」
「ちっ!」
通り過ぎようとしていたのを、慌ててハンドルを切り、滑り込むようにそこの道を走る。
「うぎゃっ。」
今度は頭を窓にぶつけた。
「ちょっと気をつけて・・・。」
「す、すまない・・・。」
「あぁっ!そこ止めて!!」
ぎぃっと車が悲鳴を上げて急停止した。
「んおぅっ!」
前のめりになり、思い切り顔を前のシートに強打してしまった。
「だ、大丈夫か、姐さん・・・。」
「・・・だ、大丈夫よ・・・。」
よろよろしながら車を降りてそこを見上げた。
そこは一見普通のアパートである。
「本当にここなのか、姐さん。」
「間違いないよ。ちょっとあたし行って来る。」
「俺も行こう。」
アパートの何号室かは正確には分からないが、桜の勘に頼るしかなかった。とにかく赤い部屋が見えた号室へ向かう。そしてドアの前に立って番長がインターホンを押した。
「・・・。」
だが誰も出てこない。
「留守、か?」
「待って・・・。」
桜は思い切ってドアのノブに手を掛けた。すると、かちゃと音をたててドアが開いた。それと同時に鉄臭い匂いが鼻をつく。完全にドアを開け放つと、どさっと音をたてて何かが倒れてきた。
「キャアァッ!」
思わず桜は飛びのくと、番長にしがみついた。さすがの番長もそれから目をそらす。
それは本当に人間だったのか疑わしいくらいの死体だった。うつぶせに倒れてくれのが幸いである。それは全身の皮が剥がさて、生々しい肉が丸見えだった。
「ひ、ひどい・・・!」
「姐さん!」
番長の呼びかけに桜は視線をドアの中の部屋に戻す。
そして2人は息を飲んだ。
そこはまさしく
赤い部屋
だ。血で塗られたアパートの一室がそこにある。じわじわとドアが開いたので血がそこから流れ出てきた。
「・・・シズがいるかもしれない。」
桜は番長にしがみついたまま呟く。そして大きく息を吐いて中に足を踏み入れた。番長は少し戸惑ったが、桜の後に続く。
中はむせ返るような血の匂いが充満していた。桜は吐き気を覚えたが、何とか堪えて進んでいく。
「こ、これ・・・。」
「な、んだこれは・・・。」
桜は眩暈を覚えて番長に抱きついた。
「う・・・えっ。」
吐き気が再び襲う。
地獄絵図、この言葉が1番合っているだろう。
畳の部屋に4つの人間が転がっていた。いずれも全身の皮が剥がされ、無造作に捨てられていた。そしてその部屋の隅には、おそらくこの死体の皮がびたりと山になって置かれていた。驚くほど綺麗に。
抵抗したのだろうか、畳が爪によって所々剥げている。
「ば、ばんちょ・・・。」
「・・・。」
2人はその赤一色の光景に釘付けになっていた。
「どう?」
背後から楽しそうに笑う声が聞こえる。
振り向くと、テーブルににたにたと笑うシズが腰掛けていた。その姿は返り血で染まり、おぞましい。手には真っ赤なナイフが数本握られている。
「シズ・・・!」
吐き出すように桜は呻く。
「最高だろ?僕は皮を剥いだのは今回が初めてだけど・・・快感だぜ。」
「貴様・・・!」
「そちら初めてだよな?僕はシズ。『地獄遊戯』のリーダーさ。」
のんきに自己紹介するシズを桜は信じられないような目で見ていた。
「あんた普通じゃない・・・!」
「普通じゃなかったらやってけないだろ?それに僕は慣れてるしね。」
ぺろ、とナイフについた血を舐めとる。
「人間誰だって殺人願望はあるもんだよ。よくニュースで言ってるじゃない。かっとなってついやった、無意識に身体が動いてた、何となくやった、ってね。中には神の声を聞いた奴もいるけど、あれはただの錯覚。自分の身体が命令を下すんだ。殺せってね。」
「そんなのあんたの幻想理論でしょう。」
「分かってないなぁ。」
やれやれと手を両手を持ち上げながらシズが言う。
「そうだ、よく人間がする自己防衛と思えばいい。自分を守るために殺す。これで長谷川に合うでしょう?」
「合うとかそういう問題じゃない!殺しなんか・・・そう簡単にやっちゃいけないのよ・・・!」
「何で?それは社会のルールだから?でも僕はそんな下らないルールに従うつもりはないね。ここにいる奴ら、全員くそ以下の人間だ。」
吐き捨てるように、シズは視線を転がっている赤い死体に向ける。
「こいつらはね、犯罪ファミリーなんだ。玄関の奴はネトゲ中毒者。1人は連続強盗。1人はセックスキラー。1人は母親殺し。1人は動物虐待。こいつらの方がよっぽどイカれてる。」
「そんな・・・!」
「僕は世の中のごみを片付けてやってあげてるんだ。感謝して欲しいくらいだね。」
「貴様・・・!!」
番長がついに切れてシズに飛び掛った。しかし、シズはそれをひょいと避けると、窓をがらがらと開けて微笑んだ。
「また会おう。今度はちゃんと殺してあげるからね。」
ふっと窓の外に身を投げた。
「待て!行くぞ、姉さん。」
「う、うん!」
2人は急いでアパートの部屋を出ると、車に乗り込んだ。そしてアクセルを力いっぱい踏んで、シズが逃げて行った方向に車を急がせた。
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