過去の復讐
桜達の目が番長にそそがれた。
「俺か…」
そう立ち上がると、持っていたパンを砂時に投げてよこした。
「ちゃんととっておけよ」
「…はん。言われなくてもな。テメーが死んだら泣いて食ってやるぜ」
冗談交じりに砂時が言う。彼なりの応援の言葉なのだろう。番長は珍しく怒りもせずに、頷くと背中を向けてステージへと移動をする。
「番長っ。…絶対帰って来てよね」
そう念を押すように言うと、番長は少し迷ってから右手の親指を上に向けて立たせると、ステージへの通路へと入った。
+++
番長は目の前に立つ人物を、無表情ながらも、鋭い片目で睨みつけていた。
相手はそんな番長の気迫に押される様子もなく、どこからか手鏡を出して自分の髪を直していた。
「俺は高山京一。名乗れ、貴様」
「…宮部一誠。」
面倒くさそうに言う。
相手は20代後半の男で、いかにも遊んでます、というような風貌といでだちをしていた。じゃらじゃらと首やら手首やら耳についたアクセサリーを見て番長は顔を歪めた。
「俺を覚えているか?」
唐突に番長が少しだけ憎しみを込めた口調で言った。
その様子はモニターを通して、桜達の所にも伝わる。
「…?俺ァテメーみてぇなガキに興味ねぇよ」
「過去の自分が犯した罪を忘れたとは言わせない、宮部一誠。貴様とゲームをするため、そして貴様をゲームオーバーにするべく、俺はここまで進んできた」
ははっと渇いた笑いを零したのは宮部だった。
そして全く見覚えがない、と言いたげに両手を持ち上げた。
「まあ良い。今思い出させてやる」
そう言って戦闘態勢に入る番長。
「ま、軽くやってやるか」
宮部も面倒くさそうに構える。
番長は軽いステップで一気に合間を詰めると、勢いよく拳を宮部にたたきつけた。しかし、宮部もひゅっとその拳を軽々と避けた。そのせいで、空振りした番長の拳は地面に大きな亀裂を生み出した。
「ひゅー。おっかねぇ兄ちゃんだ」
「その口黙らせてやる」
次なる攻撃を宮部に喰らわせた。
「なっ・・・?」
しかし、それは宮部の腕によってさえぎられたのだった。
がきっと金属音がステージに響く。
シャツに覆われたその腕は、まるで刃物のごとく、すらっと鋭く鈍い光を放った。
「アナウンスで紹介あっただろォ? 俺ァ全身刃物人間なんだ、よっ!」
番長の拳を弾くように刃物の腕を振ると、番長は大きくよろけたが、後ろに素早く下がって相手をうかがった。
鈍い痛みが走ると思ったら、弾かれた時に切られたのだろう。脇腹の服が裂け、そこから血が少しだけ垂れていた。浅い傷なのでそれほど心配することはないだろう。
「ははっ…それで終わりじゃねぇよな?」
「当たり前だ」
「お前面白いガキだな」
馬鹿にするように宮部が笑う。
「…貴様は昔と変わらない。その笑いを見ているだけで、俺の身体には虫酸が走る」
「おーおー…。随分嫌われてんだな。俺がお前に何かしたかい? あいにく、俺はガキには興味ねぇっつてんだろ」
番長の目がかっと見開かれた。
驚くほどの速さで宮部に飛び掛ると、首をわしづかみにし、地面に押し倒した。
「げほっ!」
苦しそうに宮部が身体をよじるが、がっしりとした体格の番長は避けられない。
「何度貴様を呪ったことか…! 何度貴様を殺そうと思ったことか…! 俺が今も鮮明に覚えているというのに…貴様は忘れたのかっ!」
「だから…っ。何のことだよっ」
すっと番長から熱が消えた。されど、手の力は緩められない。
「…10年前。俺が小学生の時。1人の強盗が家に押しかけた」
「はっ? お前何言ってやが…」
しかし、かまわず番長は続ける。
「その時家には俺と、3つ下の妹、そして祖母がいた。両親は買い物に出かけて俺達は留守番を任された。その時を狙ってその強盗は家に侵入した」
少し黙った後、番長は再び口を開いて続ける。
「俺達は怯えて祖母とともに、祖母の和室へと逃げ込んだ。そして祖母は小さかった俺と妹を押入れに隠した」
「…?」
「強盗は抵抗しようとしない祖母を鋭利な刃物で斬り裂き、胴体を切断した。血は和室中に飛び散り、もちろん、俺達が隠れている押入れにもその血は飛んで来た。それに怯えた妹は少しだけ悲鳴を上げてしまったのだ」
『D』側の人間達も、モニターを見ている桜達も誰もしゃべろうとはせず、番長の話に聞き入っていた。
「強盗は俺達を引きずり出すと、和室の隅まで追い込んでこう脅した。金を出せ、と。妹は俺に抱きついて怯えている。俺も声も出せずに強盗の顔を見つめていた。やがて、痺れを切らした強盗は…俺から妹を引き離し、小さな手、足、首を俺の目の前で切断していった。肉片だけになっていく妹を俺は釘付けになって見ていた」
番長は再びそこで言葉を切り、ドームの天井にある小さな窓から青空を見つめた。
「そして最後には俺も。顔を刃物で切られ、そこで強盗は俺が死んだものと思い、勝手に家を荒し始め、祖母の財布を持って逃げた。家に火を放ってな」
「テメー…」
「俺だけが助かった。何故だ。たったわずかな金のために何故殺す必要があった! 俺は左目を失い、ひどい火傷を負った。そうだ…これがその時の傷だ」
すっと空いている方の手で左顔に巻かれている包帯を乱暴に取った。
そこには額から瞼、頬、顎にかけて刃物で切ったような深い痕が残っており、赤黒い火傷の痕が痛々しいくらいに残っていた。
そのせいで左目は完全に塞がってしまっている。
「思い出したか宮部一誠!」
「テメー…あん時のくそガキか…ぁ」
苦しそうに喘ぎながら宮部は笑った。
「まさか生きていたとはなぁ! てっきり死んだのかと思ったぜぇ…っ。生きてたならいいじゃねぇ、か…! 俺を怨むんじゃなくてよぉ…自分の不幸と弱さを、怨め…えっ」
ぐっと首に力がかけられ、みしみしと骨が軋んだ。
「これは復讐だ、宮部一誠」
「はっ…」
それでも宮部は笑みを崩さない。
いつの間にか宮部の腕は再び刃物に変わり、番長を狙った。それに番長は気づいていない。
「だったら早く殺した方がいいぜえぇ!!」
「?!」
宮部は両足で馬乗りになっている番長の腹を蹴り上げると、刃物の腕を大きくよろけた番長へと振り下ろした。
|