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盂蘭盆
作者:霜月 沙羅
 『夏のホラーフェア』参加作品です。他の先生方の作品は、『夏ホラー』で検索すると出てきます。

※盂蘭盆【うらぼん】:お盆のこと。

 田舎を訪れるのは六年ぶりだった。

 母の墓参りをするためだ。六年前に死んだ母、物知りで色々なことを私に教えてくれた母。そんな母の声が聞こえるようになったのは別に最近のことではない。初めて耳にしたのは半年前辺りだった。夜、うつらうつらとしたところでしおり、と私の名が呼ばれる。ここ最近は毎日だ。

 もしかしたら寂しがっているのではないかと思い、少しばかり自責の念に捕らわれながら今こうして新幹線に揺られているというわけだ。見慣れた都会の風景とは一変、田んぼや畑ばかりが窓の外を流れている。

 おばあちゃん、元気かな。電話での会話は時々していた。しかし会うのは久しぶり、少しだけ緊張する。それに、一回も墓参りに来ていない私を叱ったりしないだろうか。大丈夫だ、昨日電話でそちらに行くことを告げたときのあの嬉しそうな声。やはり老人の一人暮らしは寂しいのだろう、少し心が痛んだ。

 新幹線を降りた後バスに乗り、紙切れに書いてきた住所を頼りに手元のボタンを押す。ピンポン、と透き通った音が鳴りボタンは紫色に点灯した。おばあちゃんの家は、確かバス停から歩いてすぐだと思った。何匹もの蝉の声が頭に降りかかる。途中大きなひまわりが何本か咲いていて口元を緩めた。こんな立派なひまわり、都会ではなかなか見られない。

「しおり」

 ふいに耳元で声が聞こえた。私の名を呼ぶ、聞きなれた声。振り返ってみるが誰もいない。暑さでぐらぐらと揺らめく道路をトラックが通ってゆく。――分かっていた。私は黙々と歩く。おばあちゃんの家とは逆方向へ。肩にかけた真っ白なバッグがずり落ちるが気にしない、導かれるように足を進める。

 墓参りに来たのは母が死んでまもない頃だった。その場所を、私はおぼろげながらも記憶している。ひときわ大きな干からびた畑を過ぎ、迷わず左に曲がった。
 すると人気のない道が私の前に現れる。ここから先は車は入れない、それに突き当たりには森があるのだ。何もない森、もちろん大人は来ないし子どもだって危なすぎる、そんなところにどんな物好きが足を踏み入れたりするだろうか? だから、もし誰かとすれ違うとしたら、それは墓参りに行ってきた人だけだ。

 廃れた田んぼに囲まれた道を歩いてゆくと、森の少し手前にそれはあった。母が眠る場所、墓地。私は立ち止まってバッグを肩にかけ直すと、入り口をくぐっていった。線香の匂いが漂っている。歩くごとに、砂利のじゃっ、じゃっという音がした。たまに砂利がサンダルの中に侵入してくるので、その度立ち止まり片足を振った。

 一番端の母の名前が刻まれた墓にたどり着く。コケもはえてなく綺麗だ、きっとおばあちゃんが掃除してくれたのだろう。
 ここに、母が眠っている。
 人間って何てちっぽけなのだろう、あの母も今はただの骨だ。ひしゃくで墓石に水をかける。そしてバッグの中から真新しい箱に入った線香を取り出し、火をつけて供えるとかがみ込んで手を合わせた。ゆったりと目を閉じる。日光に頭をじりじりと焼かれ、こめかみを汗が伝う。

 急に、油蝉の声がやんだ。
「お母さん」
 と口に出してみる。すると得体のしれない熱い想いが溢れ出してきた。哀しみなのか分からない、けれどその想いはどんどんせり上がって来て、涙なんかこぼさないぞ、と唇を噛みしめる。

 私のことはもう心配しなくていいから。心の中で語りかける。もう、これで母の声を聞くことはないのだろうか。不思議な解放感と共に、本当のお別れなんだという湿った感情が混在する。不覚にも、涙が出てくる。

 どれくらいの時間が経っただろう。
 そろそろ、いいかもしれない。私は乾いた涙ではりついた目をゆっくりと開けた。

 目の前にあるのは、後頭部だった。

 本来、墓の供え物を乗せるはずの場所に、長い髪を垂らした生首が乗っている。悲鳴を上げようにものどが縮み上がっていて声が出ない。私は手をついて後ずさった。このままでは意識が飛んでしまう、だから力を振り絞って立ち上がり走り出した。前のめりになりながら無我夢中で。一つに結った髪の毛が激しく揺れているのが自分でも分かった。

 その時だ。砂利につまづき、あっと思った時には既に遅し、熱い小石の感触を全身に感じていた。
 そして、耳元で聞こえる声。

「一緒に、行こう」

 首筋に鳥肌が立った。すぐさま手をついて起き上がり、足をもつれさせながらまた走り出す。流れる風景は墓、墓、墓。息苦しさを感じると共に、身体の底から恐怖がわき上がってくる。
 先ほど曲がった大きな畑まで走ってくると、そこで初めて後ろを向いた。墓参りをする前と変わらない、静まり返ったあぜ道が延びている。道路を二台の車が通り過ぎてゆくと張り詰めていたものが一気に解け、私はその場にしゃがんだ。ゆっくりとした動作で携帯電話を取り出すと、迷わずおばあちゃんに発信する。

 三回コール音が鳴り、もしもしとおばあちゃんの声が鼓膜に届いた。
「おばあちゃん?」
「あら、しおりちゃんじゃない。どうしたんだい?」
 いつもと変わらない声、私は安心した。額の汗を腕で拭いながら息を整えると、
「もうすぐ着くよ」
 と明るい声色で言った。さっき見たものを口にしたら、また恐怖がせり上がってきてしまう、そんな気がした。

 おばあちゃんが何か言いかけ、しかし電話口から無機質なつー、つーという音が聞こえる。電話が切れてしまったのだ。電波を調べてみるが、ちゃんと三本立っている。不安になりかけ直してみたが一向に出てくれない。
 私は辺りを見渡した。道路の向こう側で親子とみられる人達が楽しそうな顔で歩いている。きっと、大丈夫。そう自分の心に言い聞かせると、腰を上げ歩き出した。しかしあの音が異様なほど耳に残っている。

 つー、つー……。



「入るよ」
 おばあちゃんに聞こえるよう大きな声を出し玄関の引き戸を開ける。すると懐かしい匂いが鼻孔に広がった。木の匂いや、何かの料理の匂い。奥からおばあちゃんがふきんで手を拭きながら出てきた。その姿を見てすごくほっとした。

「待っていたよ、しおりちゃん。遠くからよく来てくれたね。まあ、見ない内にえらいべっぴんさんになって」
 と、とても嬉しそうに言った。お地蔵さんのような、ほわっとした温かい笑顔。私は何だか照れくさい、しかし思い出して尋ねる。「さっき、何で電話に出なかったの?」
「電話?」
 とぼけるつもりなのだろうか。だとしたら、何故、何のためにだろう。でも、元気なおばあちゃんの姿を見たら何だかどうでも良くなってきて、ううん何でもないと笑った。

「さあさあ、上がって。しおりちゃんの好きな肉じゃが、つくったから」
「え、ホント?」
 肉じゃがの匂いだったんだ。私は、おばあちゃんの作る甘めの肉じゃがが大好きだった。しゃがんでサンダルを履き素足で上がると、フローリングの床が冷たくて気持ちいい。

おばあちゃんの後をぺたぺたと音を立てて、ほの暗い廊下を突き進む。左にあるリビングキッチンから温かい光が漏れていた。私は鴨居をくぐり、あずき色の座布団に座った。できたての肉じゃがと涼しげな透明のグラスに入った麦茶が出される。漆塗りの箸でじゃがいもをつまみ口にほおばると、ほくほくとしていて、適度な甘みで……。
「すごく美味しい」
 正面に座ったおばあちゃんは微笑んでうなずいた。
 次に私は油のなさそうな肉を口に入れる。
「ん? 固い」
 しかも、何だかくせのある味がする。腐っているのではないかとも考えたが、そんな失礼なこと聞けないし、何よりも食べれないわけではない、私は食べ続けた。



*  *  *



 色々な話をした。大学の話、一人暮らしでの話。おばあちゃんはそれを全て聞いてくれた。
 そうして夜が訪れる。 縁側で飛び交う蛍に感動しながらすいかを食べた。汁が肘まで垂れる。皮だけになったすいかを白い皿の上に置く。

 突然、部屋の電気がふっと消えた。辺りは闇に包まれる。
「あら、停電」
「ブレーカーが落ちたんじゃない?」
 言ってはみたもののそうではないことは何となく分かっていた。
「とりあえず、懐中電灯でも持ってこようか」
 おばあちゃんは立ち上がる。
「待って、私もついていく」
 一人でいるのは怖かったから。

「一緒に、行こう」

 それは、おばあちゃんの声ではなかった。背筋が凍る。墓で聞こえた声と似ている、ような気がする。しかしおばあちゃんはどうやら聞こえなかったらしい。だから私も聞こえなかったふりをして、
「手、つないで行こ」
 とおばあちゃんの手を握って私達は慎重に歩いてゆく。手から伝わってくる温もりが、私を少し落ち着かせてくれた。
 おばあちゃんが立ち止まったところは台所らしい、流し台の下にある扉を開ける。きしんだ音と共に、カビ臭い匂いが漂ってくる。この中に懐中電灯が入っているのだろうか。
 違う。おばあちゃんはしているエプロンのポケットを探り、出てきたのは筒状の懐中電灯だ。無言で電気をつけ、中を照らした。

「いやあ!」
 人が、入っていたのだ。見覚えのある服に、私のよく知っている顔……。微動だにせず、開かれたままの瞳が懐中電灯の光を受けて光っていた。
「おばあちゃん……」
 つないだ手は、いつのまにか先ほどと感触が違っていた。しわもなくあまりにもつるつるとしている、この手は……。

 オバアチャンジャナイ。
 手はどうにか振りほどいたが、腰がぬけへなへなとその場にお尻をついた。這うように後ずさる。
 流し台のおばあちゃんは、絶対に、絶対に生きていない。じゃあ、さっきまで私が喋っていたのは、手をつないでいたのはダアレ? 

「しおり」

 私は辺りをきょろきょろする、だってこの声は母のものだったから。
 どう? 似ているでしょ?
 今度は全く違う女の高い声が頭に直接響いてきた。真っ暗闇の中でもこれだけは分かる、この声はあの手の持ち主だ。

 嫌な予感がした。

「……ずっと前から、私の側にいたの」
 そうよ。あなたの母親の声を真似して呼び続けたら、思惑通り墓参りをしにきてくれた。そしてあたしがあなたのおばあちゃんを殺したの。おばあちゃんの真似もうまかったでしょう? 当たり前よね、姿だけじゃなく記憶までコピーしたもの。

 じゃあ、私が今まで喋っていたのは本当のおばあちゃんではなく、こいつだというのか。そんなことあり得ないという気持ちと共に、そうでなければつないだ手がいきなり変わった理由の説明がつかなかった。
「……いつ、おばあちゃんを殺したの?」
 声がかすれる。おばあちゃんを失った哀しみにひたる余裕が今の私にはなかった。
 あなた、ここに来る前に電話をかけたでしょ? あの時よ。あと、肉じゃがの肉が切れていたからおばあちゃんのお肉、使ったの。不味かったでしょ、ごめんね。
 そう言ったあと笑い声が響く。

 あの肉は……。我慢できず嘔吐した。出てきたのは夜にも食べた、あの肉じゃが。
 そいつが這って近付いてくるのが音で分かる。私は、もうその場から動けなくなっていた。
「どうして……何で私が? おばあちゃんまで、どうして……」
 あなたが墓場で転んだからよ。おばあちゃんを殺したのは、ただ単にあなたが怖がるのを見たかっただけ。
 あまりの恐怖に、私の意識は朦朧とし始める。私は、母の言葉を思い出していた。



『墓場で転ぶと、何かがついてくるよ――』



 そいつは私の頬を撫でる。私が聞く最後の言葉。















「一緒に、行こう」

読んで下さりありがとうございます。何、怖くないって? ……すみますん! どうかお許し下さいm(__)m
『墓場で転ぶと何かがついてくる』
これ、実際に小さい頃母に言われた言葉です。何故かとても印象に残っていたので使いました。あっ、私の母は生きてますよ(笑)。
急いで書いたため、本文の中で意味の分からないところはあるかもしれませんが、それは目をつぶって下さい……。
では、ありがとうございました。
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