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ギンナン騒動《そうどう》

作者:菜宮 雪
対象年齢は小学生ぐらいを想定しており、漢字にはできるだけルビをふるようにしましたが、まだ難読字がありましたら遠慮なくご指摘ください。
 東京が江戸と呼ばれていたころのお話です。
 江戸から西へ向かう街道沿い《かいどうぞい》の小さなお屋敷やしきに、おとみさんというおばあさんが住んでいました。お富さんが住んでいる家の前の道には、大きなイチョウの木が生えていて、お富さんは、毎年その、ギンナンをとることを楽しみにしていました。
 このイチョウの木は、もともとはむかし、防火用ぼうかよう並木なみきとしてえられたものでした。他の木は道を広げる時にぜんぶ切りたおされてしまいましたが、この木だけが実がなるメスの木だったので、道の真ん中のじゃまな場所ばしょでものこされていたのです。

 ある年、大きな台風たいふうが来ました。
 台風が夜中に通り過ぎた翌朝よくあさ、お富さんが家から出てみると、イチョウの木が道にたおれているではありませんか。きっと、ゆうべの風にたえられなかったのでしょう。お富さんの家に台風の被害ひがいはなかったことは幸いでしたが、お富さんにとっては、大切にしていたイチョウがたおれてしまったことは一大事いちだいじでした。
 イチョウは、枝にたくさんの実を付けたまま、根が地面から浮き上がり、道に横たわっています。すでに何人もの通りすがりの人が、たおれたイチョウにむらがって実をとっていました。
 人々が、ワイワイガヤガヤと楽しそうに実をとっているさまに、お富さんは思わず大声で叫びました。
「そのイチョウからはなれるのじゃ」

 イチョウのまわりにいた人々は、突然とつぜんの声に、おしゃべりをやめ、おどろいて顔をあげました。
 お富さんはしわが入って落ちくぼんだ目でギロリと人々を見回しました。
「このイチョウは、わしが若いころからずっと面倒めんどうをみてきたんじゃ。だから、はぜんぶわしの物」
 人々は、おたがいに顔を見合わせました。
 みんながだまっているので、お富さんは何度も言います。
「わしのじゃ。とった実を全部置いて行くのじゃ」
 実をとっていたひとり、商人の若い男性がたずねました。
「おたずねしますが、このイチョウは、あなたの木ですか? 見たところ道に生えているようですが」
「うちのイチョウではないが、わしは毎年、実を楽しみにしてきたんじゃ。たまたま木がたおれたからといって、やるわけにはいかぬ」
「おばあさんの木ではないのですね? では、みんながもらってもいいですよね?」
 実をとっていた他の人々も、お富さんの木でないならば実をもらってもいいと考え、お富さんを無視むしして、再び実をとる作業さぎょうをはじめました。
 みんなのようすを見たお富さんは、顔を真っ赤にしておこりました。
「やめるのじゃ、どろぼう。ギンナンどろぼうめ!」
 この言葉に、先ほどの商人の男性が本気ほんきになって怒ました。ていねいだったことばづかいは乱暴らんぼうな言い方に変わります。
「なんだと? おれたちがどろぼうだと?」

 この商人の男は、栄三郎えいざぶろうという名前で、田舎から江戸へ商売しょうばいに来た帰りでした。
 昨夜、台風の風雨がひどくなり、その日のうちに家へ帰れなくなってしまい、一晩ひとばん江戸で宿をとり、台風が通りすぎたけさになって、家へもどる途中とちゅうでした。
 現代のように電話でんわもなく、かんたんに連絡れんらくすることはできない時代です。栄三郎は、家で妻が心配しているだろうと想像そうぞうしながら、急ぎ足で街道かいどうを歩いていました。その道中どうちゅうで、実をたくさんつけたイチョウの木がたおれているのを見つけたのです。
 栄三郎は、自分を待ってくれているつまへのみやげにしようと考え、妻がよろこぶ顔を思い浮かべながら実をとり始めたところでした。ところが、突然とつぜん、すぐそこの家から知らないおばあさんが出てきて、実を返せとしつこく言うではありませんか。
 まだは残っているのに全部返せとは、なんとよく深いおばあさんだろうと栄三郎は思いました。しかも、どろぼう呼ばわり。これには栄三郎もがまんできませんでした。
 栄三郎は、『どろぼう』とは人の物をとる人のことを指す言葉ことばだと思っていました。たまたまたおれていたイチョウの実をとっていただけです。はらが立って、つい、きたないことばで怒鳴どなってしまいました。
「あんたが楽しみにしてきたとしても、おれには関係かんけいねえ。いちいちうるせえんだよ」
 栄三郎はこぶしをかため、今にもなぐりかかりそうな恐ろしい顔でお富さんに近づきます。お富さんは少しまがった背をのばしました。
「ほう。この年寄りをなぐる気か?」
「自分の木じゃねえくせに、ひとりじめとはケチにもほどがある。少しぐらいもらったっていいだろう」
 栄三郎はおばあさんをなぐるつもりはなかったのですが、言い争っているうちに多くの人が集まってしまい、このままひきさがることができなくなってしまいました。こんなふうにどろぼうあつかいされた上、ひとつの実も持ち帰ることができないまま、すごすごと帰るわけにはいかなかったのです。

 たおれたイチョウの木をかこんださわぎに、近所の人たちもどんどん集まり、さらに通行人も加わって、イチョウの周りには人垣ひとがきができています。
 お富さんと顔見知りの近所の女性たちが、栄三郎とお富さんの間に入り、お富さんをやさしくなだめました。
「お富さん、もうやめときなよ。たかがギンナン。とった人にあげればいい」
 しかし、お富さんは聞いてくれず、実を返すよう要求ようきゅうし続けます。
「だめじゃ、あれはわしのギンナン。わしは毎年、木の葉や実が落ちるとちゃんとそうじして、道をきれいにしてきたんじゃ」
 それは近所の人たちも知っていました。お富さんがいつも道をきれいにしてくれていたので、今までだれもを拾ったりしなかったのです。は世話をしていたお富さんがもらうべきだ、そんな約束やくそくがなんとなくできあがっていました。
 しかし、そんな約束ごとがあることなど、通行人がわかるはずがありません。事情じじょうを知らない人が実をとろうとすることはしかたのないことだと近所の人たちは思いました。
「お富さん、落ち葉のそうじはいつもがんばってくれているけどさ、少しぐらい実を分けてあげてもいいんじゃないの?」
 近所の女性たちがお富さんを囲み、何度もやさしく言っても、むだでした。
「わしのイチョウじゃ。これは女の木じゃからな、こうしてたくさん実をならしてくれるけどな、実が落ちるとくさくてたまらぬ。そうじをまめにしないとこの道は臭すぎて歩けぬほどになるのじゃ。さあ、実を返せ」
 実をとっていた人たちは、だれひとりとしてお富さんに実を渡そうとはしません。
 栄三郎は、くちびるをゆがめたこわい顔で、実を一つだけお富さんに投げつけました。実はお富さんのおなかに当たって、ポトンと音を立てて地面に落ちました。
「ほらよ。一つだけくれてやる。そんなにこの実が欲しいなら、あんたもさっさととればいいだろう。まだたくさんあるのによくばりめ」
 実をぶつけられたお富さんの顔はいよいよけわしくなりました。おでこと鼻の上のしわが深くなります。
「返せ! 全部返すのじゃ。ギンナンどろぼうが」
「どろぼうはあんたの方だろう。おれたちの方が先にここへ来たんだからな」


「なんのさわぎだ」
 こしかたなをさした中年の男が、人垣ひとがきを分けて出てきました。その後ろに手下てしたらしい数人すうにんの男が続きます。
「お役人様だ」
 人々は一歩引き、近所の女性たちが役人にこの状況じょうきょうをかんたんに説明せつめいしました。
「なるほど。ギンナンがさわぎの元か」
 役人はお富さんに近づきました。
「はっきりさせておこう。このたおれた木は、おまえの土地に生えているものでもなく、おまえの木ではない。それで間違まちがいないのだな?」
 お富さんは首をたてにふりました。
「そうか。おまえの木ではないならば、みなが実をもいでも何の問題もあるまい」
 役人の男がそう言うと、お富さんは首を今度は大きく横に何度もふりました。
「お役人様、これはわしの生きがいでございました。夏には水をやり、冬は落ち葉を集めて世話をしてまいりました。そのほうびにこれまで、わしが実を全部もらってきました」

「うーむ」
 役人は少しの間、うでを組んで考えていましたが、やがてみんなに聞こえるような大声で命令しました。
「このギンナンは上様うえさまのものである。今ある実はすべてここにいるみなで収穫しゅうかくすべし。すでに持っている実は、すみやかにここへ提出ていしゅつせよ」
 役人の命令とあってはしたがわないわけにはいきません。その場にいた人々は、役人に実をすべてわたしました。
 役人はすべての実をあつめると、残念ざんねんそうな顔をした人々を残してさっていきました。

 けっきょく、お富さんも栄三郎も、他の人も、ギンナンを手に入れることはできませんでした。

 ギンナン騒動そうどうはこれにて一件落着いっけんらくちゃく
 収穫されたギンナンは、お城の人々の口に入ったということです。 
 めでたし、めでたし……?


 おしまい。

※イチョウの木は平安時代ぐらいからあったようですが、防火用並木としては江戸時代にあったかどうかは不明です。このものがたりではイチョウとは木そのものをさし、ギンナンは実(加工する前)の状態のことを示しました。

以下私信です。
1/9に感想を下さった方へ。
こちらのミスでせっかくの感想を消してしまったかもしれません。もしもそうだったら、この作品を読んで手間をかけて感想を書いていただいたのに申し訳ありませんでした。感想、たしかに拝見しました。感謝しています。今後はもっと気をつけます。ありがとうございました。

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