いつもの日常。いつもの生活。
「じゃぁ、コナン君また明日ね!」
「おう!まっすぐ帰れよ、てめーら」
いつもの場所で、いつものように仲間達と別れる。
学校から帰る場所は自分の家じゃない他人の場所。この道をもう何回通っただろう。
この子供の時に着ていた服を何回また着ただろう。
あと、どのくらいで戻れるんだろう?
何回、そんな不安を抱いただろう。
何回、頭を振ってきただろう。
それももうすぐだ。
江戸川コナンは今、少しだけ希望を持っていた。
今のところ自分の家になっている探偵事務所に入る。仲間達と遊んで帰ってきたコナンは、高校に行っている彼女より遅く帰宅した。
「お帰り、コナン君」
「ただいま。蘭姉ちゃん」
いつもと変わらない彼女の笑顔に胸の奥が疼いた。
あと、何回コナンとしてただいまと言えるだろう。
彼は明日運命の決戦に向かう。
月が明るく照らす道をコナンは一人で歩く。向かう先はこの姿になってからあまり行かなくなった自分の家。
工藤新一の自宅。
今は無人のその家に彼は音もたてずに入った。
「ただいま」
返事などあるはずがない。そう思いながらも何故か口にした。
靴を脱いで階段を上る。
自分の部屋に入り、携帯電話を出した。
ディスプレイの淡い光が彼の顔を照らす。
毛利 蘭
その表示が出たところでコナンは通話ボタンを押した。
機械的な軽い音が耳元でなる。何回か鳴ったその後、繋がった。
『新一…?』
「よぉ、蘭。元気か?」
ポケットに入れてあった蝶ネクタイを口元に持って、話す。自分の声だが、自分のものではないそれ。
何回、これを使って誤魔化してきたか。
『もう、今何処にいるの?』
「あぁ、まだ…解決しなくてな。だけど…」
『だけど?』
コナンは少し表情を曇らせる。ゆっくりと昇る月の光が窓から入り、伸びていく。
それはいつしか彼を照らした。
「明日……解決するかもしれない」
『え?』
「………待ってて、くれるか?」
しばらく、蘭は無言だった。
だけど、彼は何も言わなかった。何かを言ってくれるまで、ずっと待った。
「何を今さら言ってるの?」
「――――っ!」
携帯からじゃない、彼女の声に息を止めた。彼女の声はまぎれもなく、扉の向こうから聞こえてきている。
どうしてここにいると知っているのか、コナンには理解できなかった。
「ら、」
「今まで私ずっと待ってたんだよ」
まだ扉を開ける気配はない。けれど、いつこの姿を見られるかと思うとゾッとした。
「ずっと、待ってたんだよ。だから、今さらそんなこと言われても、待ってるしかないでしょ」
彼は目を細める。言うべきか、判断しかねているものがある。
それは、帰れるかわからないということ。
「………俺は」
「帰ってくるんだよね」
先に言われて、思わず口を止めた。帰りたい、その気持ちが強くても、本当に帰れるのかはわからない。
帰れたとしても、新一に戻ってるかもわからない。
「蘭……俺は」
「帰ってきてよっ!もう、それ以上待てないから。もう、嫌だよ」
泣き出しそうな声音にコナンは顔をしかめた。顔を伏せて、月明かりによってできた自分の影を見つめる。
「……顔、見せてくれなくてもいいの」
「?」
「とりあえず生きてさえいれば、だから」
かちゃ、と軽い音が響いた。静かにゆっくりと開かれる扉を、何故か彼は黙って見てるしかなかった。
「コナン君の姿でもいいから、ちゃんと帰って来てね」
じっと真顔な蘭の目が、コナンを捕らえている。思いがけない言葉に彼は目を瞠った。
「蘭……」
「私、ずっと待ってるよ。だけど、一生帰らない人を待つことなんてできないからね!」
蘭の頬には透明な滴。彼は今、彼女を抱き締められないのが悔しかった。
「あぁ、ちゃんと帰る」
蝶ネクタイを持った手を下げて、まっすぐ蘭を見つめる。
「帰ったら、おめーに言いたいことがある」
「…!」
「だから、待っててくれ」
コナンは蘭に触れることなく、その場から消えた。
「待ってるよ。私もちゃんと言いたいことがあるから」
それから一週間たっても、彼から連絡は来なかった。
蘭は毎日あの場所へ通うようになった。約束をしたあの時間に。
誰もいない、彼の家に。
誰もいない、彼の部屋に。
コナンがいなくなったと同時に哀も姿を消した。それは関係していたという証拠。
何回か、歩美達が蘭の所に訪れたが、両親の所に戻っているなどと、誤魔化すしかなかった。
「新一……いつ、帰ってくるの?」
既に消えてから一ヶ月になる。蘭は何もできず、ただここで待っているしかない。
「まさか、ねぇ…嘘でしょう?」
本当に、消えちゃったの?
考えたくない結果を頭の中に浮かべた。思わず涙して、肩を震わせる。
「嘘じゃ、ねぇよ」
突然の声に彼女は頭を上げた。そこには小さい彼ではなく、紛れもない高校生の彼。
「俺はちゃんと約束したはずだぜ?」
「し、んいち」
「待たせたな」
あのキザな笑顔を向けて、蘭に近寄る。少しふらついているが、今の彼女にはそれは関係なかった。
涙を流しながら同じく新一に歩み寄る。
「ばかっ、どんだけ待ったと思ってるのよ!」
「しゃーねぇだろ。二週間、意識なかったんだから。これでも、飛ばしてきたんだよ」
「………っ、もう消えたりしないでよ」
「あぁ」
やっと、抱き締めることができた。そう心から感激して、新一は彼女をきつく抱き締める。
「ずっと一緒だ」
新一は蘭の身体を離して、目を合わせる。
時刻は十二時。既に月は空高く上がっている。
二人の身体を照らし、影が伸びた。
「新一………」
「蘭、もう待たせない。何処にも行かない。だから、付き合おう」
信じられない言葉に蘭は目を見開いた。まだ理解してなそうな彼女に、新一は少し頬を染めて続きを言う。
「……だから、おめーのことが好きなんだよ。この、地球上の誰よりも」
哀しみに暮れて零した涙とはまた違う、喜びの涙を流した。
ゆっくりとまた蘭は彼に抱き付いて、小さく頷いた。
「うん」
「お帰り、新一」
「あぁ、ただいま」
彼は、やっと本当の自分の居場所へと帰ってきた。
愛する人の、その場所へ。
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