死ぬ気で生きた20日間。
皆さんに一言言いたい。
人間、死ぬ気になれば何でもできる。
いや、ほんと。冗談抜きで。
今の私の状態が正にそれだ。
この20日間……いや、正確にはまだ19日なのだけど、兎に角、この19日間私は"死に物狂い"という言葉通り、あの世に片足突っ込みながら頑張った。
てか、頑張んないと殺された。
スパルタ過ぎる私の"先生方"に。
先ず、体力向上と護身術を担当したのが王国騎士団の中でも前線に出て魔族と闘う事を主に請け負う"戦線先駆隊"という部隊の副隊長である"トニック・エルシャンス"という人だった。
因みに、王国騎士団は王様やその親族及び国の重鎮や貴族の護衛を任務とする"国王守衛隊"と、王都のみを警備する"王都守備隊"、更に王都以外の都市や街を警備する"民衆警備隊"と先程の"戦線先駆隊"の4つの部隊に分かれている。
更にそこから幾つかの支部隊に分かれているのだけど、私には全く関係ないので割愛させて頂く。
さて、トニックさんに話を戻すけれど、彼は見掛けは平凡なのにその中身と実力は非凡だった。
レイ様曰く、"戦線先駆隊"は王国騎士団の中でも戦闘狂染みた者が集まる傾向にあるらしい。
それ故に他のどの隊よりも実力がある者が揃っているけど、同時に変人の巣窟でもあるそうだ。
……私の周りには変人しか集まらないのだろうか?
そんな変人から"変人"のお墨付きを貰ったトニックさんは、兎に角毒舌な方だった。
「コイツに20日間で最低限の護身術を教えろと? レイ、それなら俺は赤子に1週間で流暢に言葉を話せる様に教えてくれと言われた方が楽だったぞ」
早朝一番、レイ様に叩き起こされて向かった騎士団の修練場でトニックさんに紹介された私に、彼が開口一番に言った言葉だ。
つまり、赤子の方が賢いと。
衝撃を受けすぎて言葉が出なかった私を知ってか知らずか、レイ様がトニックさんと一言二言言葉を交わして去って行き、トニックさんが深い溜め息と共に私に向き直った事で私の地獄は始まった。
王国騎士団"戦線先駆隊"の早朝訓練の流れは以下の通り。
朝、陽が昇るより早く起きて約2時間王城周辺を走り、続けざまに腹筋に腕立てとスクワットを1000回×3セットやらされ、休む間もなく木刀を使った模擬戦をやる。
私はこの、一般人には考えられない運動量を初日からやらされた。
……がしかし、そこは現代の一般ピーポーである私だ。
その全てが出来る訳もなく、ランニングで既に死にかけた私を見たトニックさんが腹筋と腕立てとスクワットの3つに関しては100回×1セットという私専用の特別メニューにしてくれた。
してはくれたが、それ以外は幾ら私が過呼吸になろうが、肉離れしかけようが、至るところをつろうが、そのメニューが終わるまでは決して止めさせてはくれなかった。
結局、模擬戦まで行けたのは陽が既に正午を回って幾らか過ぎた頃だった。
その後、今にも倒れそうな私に容赦なく罵詈雑言を浴びせてくれるトニックさんとの模擬戦……にもならない一方的な打ち込みが終わり、私はやっと朝食兼昼食にありつけたのだった。
そして少し休んだ後はスパルタ大本命のレイ様登場だ。
……いやぁ、もう、酷かった。
何がって、あのレイ様の冷たい視線が。
美人に冷めた目線を向けられると背筋が凍るのだと初めて知った。
トニックさんの様に言葉+物理的な暴力は無いが、ただ無言で溜め息を吐かれ絶対零度の視線を寄越されるという精神的な暴力は私の心を砕くには十分だった。
レイ様の手が空いている時間が終われば、彼が執務をこなす傍らでひたすら貰った本を読んで、休憩がてら魔法の練習をする。
けれど、その魔法の練習がまた厄介で、風属性の私はまだ自分の魔法の制御すら出来ない状態であり、暴走した魔法がレイ様の机の上の書類を撒き散らす事が数回あり、私はとうとう執務室から追い出された。
分からない事はレイ様に聞かないといけないので、そこから離れる訳にも行かず、隣の小部屋はレイ様の許可が無いと入れない魔法が施されていた為、私は仕方なしに廊下で勉強を続けた。
通りすがりの人達に奇異の目を向けられ、鼻で笑われ、こそこそと話されれば泣きたくもなる。
けれど私は特訓も勉強も止めなかった。
元々負けず嫌いな性格なのだ。
こんな所で挫けてしまえば、私の事を『間違えて喚んだ』と言った王様達や魔法師の人達に負けたみたいで悔しいではないか。
目にもの見せてやると、一泡吹かせると決めたのだ。
自分で決めたからには何があろうがやり遂げてみせるのが私だ。
そうして歯を食い縛って必死に足掻いていてふと気付いた。
レイ様もトニックさんも、酷い言葉を投げつけ、冷た過ぎる態度をとってはいるが、それでも私に理不尽な何かを押し付ける事は無かったのだと。
そして、どれだけ私が失敗して倒れて起き上がるのに時間がかかっても、ちゃんと待ってくれていた。
『止めるか』とも『無理しないでいい』とも言わなかった。
その代わり、『出来ない事はやらせてない』と『自分の足で立て』と。
そう言ってくれた。
私を信じてくれていた。
勝手に巻き込んでおいて『間違えた』と理不尽にも切って捨てた人達とは違う。
彼等は私に何の義理も無いのに、それでも私にこの世界で生き抜く術をくれようとしてくれている。
そう気付いたらキツい訓練も心が折れそうになる冷たい視線も他人から嘲笑される廊下での勉強も苦ではなくなった。
兎に角強く。
限られた時間で最大限の事を。
この場所を去る時、彼等に笑顔でお礼が言えるように。
学べる事も身に付けられる事も全て自身のモノにする。
そう決めて過ごした20日間。
護身術は隊の新人さん相手になら、何とか引き分け、もしくはギリギリで勝てる様になった。
因みに私が使える武器は短剣に片手剣、弓の3種類。
女の私でも扱えて、しかも超短時間で修得出来るものと言えばこの3つが限度だった。
魔法は最初にレイ様が断言した通り、全属性の中級魔法が使える様になった。風属性の魔法に至っては上級魔法まで使える。
精霊達とも随分仲良くなれた。
言葉が話せない彼等が、身振り手振りで何を言っているかは分かる位になったのである。
レイ様がくれた本も読み終わり、だいたいの知識も吸収した。
この世界で生きていける術を、限られた時間で得られるモノ全てを、私は自身のモノにしたのだ。
そうして20日目の朝が来る。




