エミュさんが帰って来ました。
「嬢ちゃん!!」
「うわぁ!?」
湖上の祠からまた1日かけて帰った次の日。
王都に行く事が出来ない私の代わりにアーフにワンザルトさんへの報告をお願いしてのんびりとお茶を啜っていた所に慌てふためいたワンザルトさんが乱入してきた。
「な、なに!? ワンザルトさん!? え、どうしたんですか? アーフは?」
「あの元魔王に嬢ちゃんが帰って来たって聞いたんだ! いいから行くぞ!!」
いつになく焦った様子で腕を引くワンザルトさんに持っていたティーカップを取り落としそうになり慌てる。
「ちょ、待って下さい! 行くってどこにですか? 何があったんですか?」
「王都だよ! いいから早く!」
「え? いや、私に暫く王都に行くなって言ったのワンザルトさんじゃないですか。それをまた何で?」
「帰って来たんだ!」
「? 誰がですか?」
「だから、魔王討伐隊の連中だよ!!」
「え?」
ガシャン、と手に持っていたティーカップが床に音を立てて落ちた。
けどそんな事どうでもいい。
「昨夜遅く帰って来たみたいでな」
「帰って来た……?」
「あぁ。それでほら、あの美人な姉ちゃんが今ウチに来ててな」
「エミュさんが?」
「おう、そうそう、その姉ちゃんにお前を呼んで来て欲しいって言われてな」
「っ!!」
「あ、おい!?」
ワンザルトさんの言葉に弾かれた様に駆け出す。
帰って来たと彼は言った。魔王討伐隊が帰って来たと。
それはつまり、彼等が……レイ様が帰って来たという事だ。
王都に転移して、そこからまた走る。
走って走って、大衆食堂の前に着いた時、そこに待ち構えていたアーフに止められた。
「なんだ、あの男は置いてきたのか?」
「あ……忘れてた。それよりアーフ、帰って来たって!?」
「あぁ、エミュリルなら二階の一番奥の部屋だ」
「ありがとう!」
礼を言ってまた走る。
この時私は全く冷静ではなかったのだ。
だから多くの違和感に気が付かなかった。
「エミュさん!!」
「リオちゃん」
殆ど転がり込む様な形で部屋に入った私を中に居たエミュさんが抱き止めてくれる。
「エミュさん達が帰って来たって、ワンザルトさんが教えてくれて、それで、そう、ケガ。ケガとかしてない? 大丈夫? 他の皆は?」
「リオちゃん、リオちゃん落ち着いて」
上がった息もそのままに話し始めた私の肩をエミュさんが宥める様に二、三度叩く。
「落ち着いて聞いてね。時間がないの。私が分かる範囲の話しになってしまうけれど、質問は後からでお願い」
「……エミュさん?」
やっと興奮が覚めた私に訪れたのは、興奮状態だった時には気が付かなかった数々の違和感だ。
「リオちゃん、魔王討伐は失敗したわ。帰って来れたのは、女神様や王子様、それと私達救護班を含めた、僅かな人数だけ」
「……」
落ち着いて聞いてと言っていたエミュさんは、まるで自分を落ち着ける為に話している様だった。
ゆっくりと、区切りながら話すエミュさんの言葉がどこか遠くで聞こえる。
「魔王軍に、何故かこちらの動きが読まれていて、魔王に近づく事すら、出来なかった。気が付いたら私達は、敵に囲まれていたの。私が居た救護班は、女神様達の直ぐ近くに配置されていて、だから撤退命令が出された時、女神様達と直ぐに戦線を離脱できたわ。けれど、レイが率いてた"赤の離宮"の魔法師達と、戦線先駆隊の人達は、女神様達が逃げるまでの時間稼ぎをしていたみたいなの」
ギュッ、と握られていた手に力が込められる。
俯いて話すエミュさんの足元に数滴の雫が落ちた。
「膨大な……とても膨大な魔力の爆発があって、気が付いたら辺り一面、焼け野原だったわ。魔王軍にも大きな被害があった様だけど、魔王には傷一つなかったって話しよ。そして、残った人達で帰路についた。国王様は魔王討伐隊が失敗した事を公にしたくないみたいで、無事に帰り着いた討伐隊のメンバーには監視がつけられていて、与えられた部屋から出る事が出来ない状態なの。私は一緒の部屋の子達に助けて貰って外に出て来れたけれど、直ぐに戻らないとバレてしまう」
ごめん、と小さく謝ったエミュさんを抱き締めた。
「エミュさんは悪くない。エミュさんが無事で良かった」
泣き崩れたエミュさんの背中を撫でながら大きく息を吸って吐き出す。
腹の底から沸き上がってくる得体の知れない何か。
それが何かも、誰に向かって吐き出せばいいのかも分からなくて、ただ静かにエミュさんの背中を撫で続けた。