犯人は"彼"でした。
「死ぬかと思った……」
ルビーに乗せて貰って駆ける事1日。1日半くらいかかると思っていた道程を半日も縮めたルビーの速さは半端なかった。
ラピスとジェットを置き去りにして、ばんばん過ぎて行く景色に私の魂も一緒に流れて行きそうになりながら、それでも1日でたどり着いたその森はまさに"原生林"という言葉がぴったりの場所だった。
「うわぁ、凄い!」
獣牙の森も中々に大きな木々が生えているが、ここはそれとは比べ物にならない。
森の入り口に立ちラピス達が着くのを待つ間で森の精霊達に道案内をお願いしておく。迷ったら大事だ。
暫くして着いたラピスとジェット、そしてルビーを伴って森の中を進む事十数分。
少し前からソワソワと辺りの臭いを嗅いでいたラピスが一声鳴いて嬉しそうに駆けて行く。
「え、ちょっとラピス?」
慌ててその後を追えば拓けた場所に出た。
「ここが祠がある湖? ……あ、ラピス。って、アーフ!?」
湖の水辺、そこに佇む一人の人。そして傍らにラピス。
その後ろ姿には見覚えがあった。
驚いて声を上げれば、あちらも驚いた様で振り向いた瞳が大きく見開かれる。
「ラピスが現れたからまさかとは思ったが、リオ、お前何故ここに居る?」
「それはこっちの台詞だよ。何でこんなところに居るの?」
「野暮用、だな」
「そう。私は請負人の依頼だよ。湖上の祠が盗賊に狙われてるから、その盗賊を捕縛して欲しいって」
「盗賊?」
「うん。えっと、二ヶ月くらい前から湖上の祠に張られていた結界が弱まっているのを国の魔法師の人達が感知したみたいで要観察区域になってたみたいなんだけど、更に一週間くらい前から見慣れない人がこの森に出入りしてるのを近くの村の人達が目撃してて、その人が結果の弱体化に関与しているんじゃないかと憶測されているんだって。で、その人は湖上の祠の中にある物を狙っている盗賊ではないかというのが有力情報。だから、『"湖上の祠"を狙う盗賊の捕縛』が依頼内容。盗賊を捕まえてその目的とか、結界を弱らせた手段とか聞きたいらしいよ。何かここ最近、国中で似たような結界の弱体化が見られたみたいなんだよね。まぁ、他の所はすぐに元に戻ったみたいだけど」
依頼書を見ながら話せば、『二ヶ月くらい前……』、『一週間前……』と何やらブツブツ呟くアーフさん。
そんな彼に少しだけいやーな予感がしたので取り敢えず笑顔で問いかけた。
「アーフ、何時からここに?」
「……一週間程前からだな」
「……」
「……」
「犯人はお前か!!」
「犯人!? 待て、そもそもが間違っているぞ、それ!!」
思わず指を指して叫べば驚いた様に声を上げるアーフ。
"それ"と指されたのは依頼書だ。
「間違ってる?」
「俺が来たから結界が弱まったんじゃない。結界が弱まったから俺が来たんだ」
「ん? アーフとここの結界と何の関係が?」
首を傾げれば僅かの逡巡の後、アーフは語りだした。
「この前、魔族が人間の王都に現れた時、もう一人、魔族が人間の土地に来ていた」
「え?」
「王都に行った奴は謂わば目眩ましだろう。本当の目的を悟られない為のな」
「本当の目的?」
「この場所には俺が結界を張っていた。人間の土地には幾つかそんな場所が存在する。人間の土地は昔は魔族の土地だった。だから魔族にとって貴重な物がそのまま人間の土地にある」
「魔族にとって貴重な物?」
「初代魔王の墓や歴史的に貴重とされる建築物だったりな。人間に土地を明け渡す時にそれらに俺が結界を張って容易には近づけない様にしたんだ」
「じゃあここも?」
「ここはそれとは少し事情が違う」
「なら、ここは何なの?」
「ウェミリの墓だ」
「ウェミリって、アーフの……」
「あぁ、俺の妻だった人間だ。ここにあいつの魂を封じた」
「封じ……え? お墓、なんだよね?」
「名目は、な。実際はあいつの魂を封じる為の祠と結界だ」
「封じるってなんで?」
「人間と魔族の生きる時間は違う。特に魔王となるほどの力を有している俺とは天と地程の差がある。あいつも、それを納得した上で俺の妻になった筈だった。だが、あいつは年老いて死を間近に感じる様になってから変わった」
悲しそうにアーフは語る。
真っ直ぐに向けられた視線の先には湖の中央に佇む美しい祠がある。
「晩年、ウェミリは呪いの様に繰り返していた。『必ず戻るから、待ってて欲しい』と。最初は転生してくるウェミリの魂を待っていて欲しいと言っているのかと思ったが、そうではなかった。輪廻転生の輪の中に入る事を拒んだあいつの魂は、体を喪ってもなお、俺の側に居た。新しい魂の器を探して……」
「魂の器……」
「自分の魂と相性のいい体を探して乗っ取る算段だったんだ。転生してしまえばそれ以前の記憶は消され、魂は同じだが全くの別人となって産まれる事になる。ウェミリは、それは自分であって自分ではないと思ったんだろうな。そして、自分ではない人間が俺の側に居るのを許せないと思った。仮にもし転生したとしても、次に産まれて来るまでに長い年月がかかる。その間に俺が別の者に心を向けるのすら許せないと思ったんだろう。……それは正に"狂気"と呼ぶに相応しいものだった」
愛した者から向けられる、異常な程の執着。
それを"狂気"と言ったアーフの声は、彼女に向けられていたその感情とは真逆で静かだった。
「そのまま放っておけば無関係の人間を巻き込む。だから俺はあいつの魂を封じた。それがここだ。王都に魔族が来た日、俺が結界を張った物の中の何かが関係あるかもしれないと思って調べてみたんだ。考えは当たっていて、全ての結界に何かしら干渉された痕があった。この二ヶ月、全ての結界を張り直して、そしてここが最後の場所だ」
「数打ちゃ当たるみたいな事? でも、結局魔族達の狙いは分からないままだよね」
「あぁ。だが、魔族が何故、地道に地を行く戦いをしているのかは分かっただろう?」
「結界が張られている"何か"を探す為……」
「そして、その結界を解いて"何か"をする為、だな」
「うーん……」
何か、一つの謎が解けたら新たな謎が生まれた。
「まぁ、レイ達が無事に魔王を打ち倒せば魔族達が何を企んでいようが関係ないがな」
「レイ様達がって言うより女神様が、だね。てか、女神様だけが持ってる特殊な力って何なんだろう?」
「さぁな。俺はその女神とやらに直接会った事がないから分からんが、図々しくも人間が"神"の名を騙っているんだ。それ相応の力なんだろう」
「それ相応の力ねぇ。まぁ、レイ様達さえ無事に帰って来てくれれば、魔族の企みも、魔王討伐の成否も、私にとってはどうでもいい事だけどね」
「お前はいっそ清々しい程にいい性格をしているな」
「褒め言葉だよね、それ?」
「勿論だ」
二ヶ月振りに見た紅い瞳にからかいの色が浮かんでいるのに気付いてしまったから、再会を喜ぶ言葉と、無事な姿に安堵したという言葉は飲み込んだ。