国王陛下からお呼びだしです。
「こんにちは、ワンザルトさん」
「おう。待て、フードを下げるな。顔、隠しとけ。ちょっとこっちに来い。話がある」
「はい?」
盗賊達の捕縛の依頼を無事に終えた次の日、予定通り王都まで帰って来て依頼完了の報告をしようと訪れた大衆食堂の片隅。
いつものカウンターの中に居たワンザルトさんが挨拶もそこそこにちょいちょいと手招きしながらその奥へと入って行った。
よく分からないままに言われた通りフードを被ったままその後を追えば、そこは丸机と椅子が置かれている小さな部屋へと繋がっていた。
「どうしたんですか、ワンザルトさん?」
「入り口側のテーブル席に居た二人組の男達を見たか?」
「入り口側のテーブル席? 見てないですけど……」
小さな声で言われた言葉に首を傾げる。
入って来る時に居た様な気もするが、そこまでちゃんと見てはいない。
「なら、カウンターから覗け。いいか、顔は出すなよ。バレない様に覗くんだ」
「覗けって……」
ワンザルトさんが酷く真剣な表情で言うのでカウンターからこっそり伺い見れば、確かに店の入り口側のテーブル席に二人組の男達が居た。
「えっと、あの二人がどうしたんですか?」
「見覚えは?」
「ないですけど」
二人ともまあまあいい身形をしている。腰に提げている剣も中々にいい物だろう。雰囲気からして手練れである事は分かるが、それだけだ。
「あいつ等、3日前からあそこに陣取ってんだよ。請負人でもなけりゃ酒を飲む訳でもねぇ。ただ、この店に出入りしてる人間をずっと見てやがる。誰かを探してる風だったから"情報開示"で『誰を探しているのか』を視たら、嬢ちゃんを探してるって視えるじゃねぇか」
「私を?」
「あぁ。知り合いならいいと思ったが、どうやら違うみてぇだからな。どうする?」
「どうすると言われても……」
そもそも人に探される心当たりがない。
「幸いあいつ等は嬢ちゃんの顔を知っている訳じゃないみたいでな、黒髪黒目の女に片っ端から声をかけてる。だから今ならまだ逃げられるぞ」
「あぁ、だからフードを被ったままでって言ったんですね。……うーん、そうだなぁ」
今逃げたとして、あの二人が何時まであそこに居るか分からないのなら、今後依頼を請けに来るのが躊躇われる。
そうなると私の生活にダイレクトに響くので、出来れば早急に解決したいのが本音だ。
「ワンザルトさん、"情報開示"の能力って二人ともに使っちゃいました?」
「いや、一人だけだが」
「なら、もう一人で『誰からの指示か』を視てもらえますか?」
「おう、いいぞ」
快く頷いてくれたワンザルトさんがカウンターから男達へと視線を向ける。
「おいおい、マジかよ……」
数秒後、ワンザルトさんが小さく呟いた。
男達から視線を外し此方を振り返ったその顔色は若干青ざめている。
「ワンザルトさん? 大丈夫ですか? 誰からの指示か分かりましたか?」
「……国王陛下からの指示だ」
「え?」
「あいつ等、国王様からの指示で嬢ちゃんを探してやがる」
「……国王」
どうやらとんでもない人から探されているらしい。
「おい、どうするよ嬢ちゃん? 逃げるなら裏口がある。暫くはここに来れなくなるだろうが、厄介事はごめんだろう? 特にお偉いさん絡みのは」
「確かにごめんだけど……」
今ここで逃げればワンザルトさんに迷惑がかかるだろう。
とてもいい人なのだ。これ以上迷惑はかけられない。
「ワンザルトさん、お店の裏手の方にラピスが居ます。家に帰る様に伝えて下さい。私も直ぐに帰るからと」
「おい、嬢ちゃんまさか……」
「ちょっと行ってきます。何時までもあそこに居座られるのも迷惑でしょう?」
「確かにそうだが。けどよ……」
「大丈夫ですよ」
心配を露にするワンザルトさんに笑って応えて出ていく。
フードを脱いで広くなった視界に二人の男達を捉える。
あちらもこっちに気付いたようで席を立って近づいて来ていた。
「リオ・アキヅキだな?」
「初めまして、で合っていますよね? 私に何かご用ですか?」
「国王陛下がお呼びだ。一緒に来てもらおう」
「要用件は何ですか?」
「ついて来れば分かる」
「……分かりました」
『ついて来れば』と言いながら脇をガッチリ固めるのは強制連行と対して変わらないだろうに。
未だに心配そうにこちらを見ているワンザルトさんに笑って手を振り二人に続く。
はてさて、国王陛下が私にいったい何の用なのだろうか?
今さら、『実は元の世界に帰る術がある』とか言ったらどうしようか。
今度こそ『ふざけんじゃねえ』と怒鳴っても許されるだろうか。