会議室の四人
王城にある軍事会議室の一つ。
そこにレイとトニック、そしてレイの補佐官であるアラミーと戦線先駆隊の隊長であるクライハルトの四人は居た。
「どうだ? レイファラス」
クライハルトの呼び掛けに窓の外に目を向けていたレイが振り向く。
「魔族が一人、ドラゴンに乗って来た様だな。攻撃の意思は無さそうだ。何かを探している、のか?」
レイの言葉に全員が神妙な顔をして考え込む。
出立が目前に迫った魔王討伐隊の最終調整会議の場に、王都に魔族が現れたとの報告が入ったのはつい数十分前の事であった。
報告が入ったその直ぐ後に弾かれた様に会議室を後にした国の主要人物達と女神を横目に、今この場に残っている四人はレイの"遠視"の能力を使って魔族の動向を探っていた。
「ドラゴンなぁ……ドラゴン……そりゃ、空から来られちゃあ領土線なんざ意味ねぇよなぁ。まぁ、攻撃の意思が無いなら俺達は出向かなくて大丈夫だろ」
欠伸混じりに言ったクライハルトにレイとアラミーは苦笑し、トニックは呆れた視線を向けた。
「クライハルト様、少しやる気が無さすぎではありませんか?」
「あー? そりゃお前、魔王討伐隊の軍事会議の度に女神様が優雅なお茶会にしてくれんだぜ? やる気も何もかも削がれるだろ」
吐き捨てる様に言われた言葉。
それに一同は深く同意する。
「まぁ、それは確かにそうですが」
「そもそも、敵は一人でしかも攻撃の意思もないときてる。もし戦闘になったとして、王都守備隊と国王守衛隊が出てるんだ。一人にそんだけでかかれば、いくら実戦経験が乏しいあいつ等でも追い払う事は出来るだろ。いい実戦経験だろうよ。俺達がわざわざ出る必要もねぇ」
どうでもよさそうにそう告げたクライハルトは、それより、と言葉を続けた。
「問題は魔族が王都に居るって事だ。王都まで来れているって事だ。しかも、領土線を警備しているウチの連中に気付かれずに」
「確かに。相手が一人で、しかも攻撃の意思が無いからいいようなものの、もしこれが……」
「? レイファラス、どうした?」
急に言葉を切って窓の外を凝視し始めたレイにクライハルトが声をかける。
「おい、レイファラス?」
「……帰る」
そんなクライハルトを無視して窓の外を見続けていたレイが小さく呟いて席を立ち、そのまま足早に会議室を出ていった。
「は?」
思わず、とクライハルトが声をあげレイが出ていった扉を見つめる。
チラリと移した視線の先に居るトニックとアラミーも唖然としていた。
「なんなんだ、いったい? ……ん?」
意味が分からないとぼやいたクライハルトだったが、窓の方から小さな音がしているのに気付き、すかさず剣の柄に手をかけて音もなく窓へと近寄った。
「トニック」
「はい」
同じように剣の柄に手をかけてクライハルトの横についたトニックの名を呼べば、それだけで意を汲んだトニックが窓を開け放つ。
「あ?」
トニックが窓を開けたと同時に剣を抜き構えたクライハルトはしかし、部屋に飛び込んで来た小さな黒い生き物に困惑の声を上げる事しかできなかった。
「カラス?」
「いえ、頭が二つあります。魔物ですよ」
「ニギ? お前、何でここに? ……って、あーそうか、リオが戻ったのか。だからレイは帰ったんだな」
バサバサと天井付近を飛び回る頭が二つある烏を見上げる三人。
困惑するクライハルトとアラミーとは違い、トニックは何かに納得して溜め息を吐き出している。
「トニック、お前あいつの事を知っているのか?」
「あー、あいつはニギ。リオが名前をつけた魔物です」
「リオが?」
「魔物に名前を?」
「はい。あー、そうですね……取り敢えず俺達も行きますか。ニギ、帰るぞ」
ガァ、と一声鳴いた頭が二つある烏の魔物がトニックの肩に止まった。
ニギ、と呼んだその魔物の頭を二つ交互に撫でたトニックが歩き出すのを見てクライハルトとアラミーは益々困惑する。
「行くって、どこへですか?」
「リオの家にですよ。レイもそこに行ったのでしょう。詳しい話はそこでしますので」
面倒くさい人達が帰って来る前に移動しようというトニックの言葉に未だに困惑しながらも取り敢えず従う二人。
魔物を肩に乗せて城内を歩くのはまずいのではないか、と言う前にその魔物本人がトニックの肩から飛び立ち入って来た窓から出ていったので、もしかしたら彼はとても頭がいいのかもしれない。
そんな事を思いつつ、クライハルトはレイとトニックの『帰る』という言葉に心の中で突っ込みを入れた。
そこはお前達の家ではないだろう、と。