女の戦場が出来上がってました。
「ほらよ報酬だ」
「ありがとうございます」
薬草採取の依頼を終わらせてワンザルトさんから報酬を受け取る。
大衆食堂は相変わらず多くの人で賑わっていた。
「嬢ちゃんは聞いたか?」
「何をですか?」
「一週間後に魔王討伐隊の出立パレードがあるって話さ」
「あぁ、はい。レイ様達から聞きました」
一週間後、私の大切な人達は魔王討伐の為に旅立つ。
帰って来れるか分からない黄泉への路だ。
「そうか。嬢ちゃんの事はトニックから直々に頼まれてるからな。何か困った事があれば何時でも頼れよ」
「はい、ありがとうございます」
人のいい笑みを浮かべて言ってくれたワンザルトさん。
トニックさんはきっと、私にワンザルトさんを紹介するために請負人の話を持ち出したのだろうと、後になって気がついた。
仲介人であり大衆食堂の店主でもあるワンザルトさんの顔は広い。
私の様な人間が頼るにはうってつけの人だろう。
守ってもらっている。
その手が届かなくなっても、きっと私は彼等に守ってもらっているのだ。
その準備が私の周りで着々と進められているのだ。
「凄い人達だなぁ」
苦笑混じりに呟きながら外に出る。
帰って夕飯の準備をしよう。
きっと彼等は今日も疲れたと言って帰って来て、お城での愚痴を言いながら綺麗に作った物を食べてくれるのだ。
四人掛けのテーブルと一つ多い椅子が全て埋まって、笑いの絶えない食卓になるのだ。
後数日で終わりが来てしまうその時間を今は大切にしよう。
そうと決まれば食材調達だ、と顔を上げた所で私は思わず固まってしまった。
「ちょっと何するのよブス!!」
「はぁ!? ブスはあんたの方でしょう、ブース!!」
「ねぇ、今私の足踏んだのあんた!?」
「変な言いがかりやめてよね!!」
「……」
目の前で、女の戦場という悲劇が起こっていた。
そして、その中心に、私の連れが居た。
一人の男の周りに集まった複数の女性。
そしてその女性達がおっ始めたもう、醜いとしか言い様のない争い。
通行人達も思わず足を止めて心配そうに眺めてしまっている。
「あー……」
思わず頭を抱えてしまってもしょうがないだろう。
この前来た時はトニックさんにエミュさん、更にはレイ様も居たからそんなに声は掛けられなかった。
これまでの外出も、アーフと二人きりで行くことはなかった。
三人以上で行動していると、その中の一人だけに声がかかる事は早々ないのである。
それでも忘れてはいけなかったのだ。
ただ一つ、揺るぎない事実。
アーフは美形だ。
そりゃもう、美形を見慣れた私だって自信を持って言える程に、十人居たら十二人は振り返る美形だ。
タイプは違うが同じくらいに美形のレイ様は、自分の容姿とそれに追随する色々な面倒事をちゃんと自覚していたし、持っている肩書き上、大衆に顔が知られていたのでローブで顔を隠すという事をしてくれていた。
だけどアーフは自覚がない。
そもそも、魔族であるアーフには人間の美醜がよく分かっていないし、大した興味も無いようだ。
だけど、だからこそ、彼は顔を隠さない。
そして起こる目の前の悲劇だ。
沢山の女性に囲まれたアーフは掛けられる言葉全てを悉く無視している。
連れない態度、というよりは自分の周りに集っている女性達など彼の視界にすら入っていないのだろう。
目当ての男からの反応がないと、女性達は自分と同じように彼に群がる者達へと狙いを変える。
アーフに対して出していた猫撫で声はどこに引っ込めたのか、攻撃的な声音で恋敵へといちゃもんをつけ始めるのだ。
そこはさながら戦場である。
女の戦場の出来上がりである。
「あ、ラピス」
アーフの足元で伏せていたラピスが私に気付き寄って来る。
姿形からして魔物ですと宣言している様なニギは流石に連れて歩けないので、何とか納得してもらい上空から見守って貰っているけれど、ラピスは頑として側を離れなかったので、訝しむ門番の人達には大型犬であると貫き通して連れてきた。
それでも大きさ的にはだいぶ無理があるのだが、本人が至って大人しくしているのでまぁ、何とかなりそうである。
……と、少し現実逃避に走ってしまっている間に私の元へ来たラピスがグリグリと体を擦り付けて来る。
「ごめんね、お待たせ」
頭を撫でてやれば嬉しそうに尻尾が振られる。
そんな姿に癒されていた私はすっかり失念していた。
ラピスが気付いたという事は、アーフも私の存在に気付いたという事を。
「早かったな」
「……」
かかった声にラピスに向けていた目を上へと上げれば、まぁ想像した通り、たいそう美しい容姿のアーフが平然とした顔で立っていらっしゃった。
「? リオ?」
「あー、うん、そうだね」
アーフの後ろからこちらを物凄い形相で睨む女性達が恐ろしい。
「……帰ろっか」
逃げるが勝ちである。
アーフとラピスを伴ってクルリと反転、歩き出す。
心なしかいつもより歩調が早くなってしまったのは仕方ない。
女性達の刺すような視線から何とか逃れて一息ついたその時だった。
「魔族だ!!」
聞こえて来た声と悲鳴。
私達がこれから向かう方向から逃げてくる沢山の人達。
「あー……」
夕飯の準備を始められるにはまだかかりそうである。