愛を告げる言葉だそうです。
「ねぇ、あの二人は何時もあんな感じなの?」
横を歩くエミュリルがトニックに問う。
視線は後ろを歩くローブを被った二人組に向いていた。
「あんなって?」
「腕組んで、談笑して、頭撫でて」
彼等の一連の行動を挙げればトニックが当然と言う顔で頷いた。
「あぁ、あれで普通だな」
「……あのレイが?」
「あのレイが、だ」
「嘘でしょう? だってあの子、巷では"氷の魔法師"とかって呼ばれてるのよ? 変わらない表情と冷たい態度から。それが、あの笑顔と優しい態度!」
まるで信じられない物を見たとでも言うようなエミュリルの反応にトニックは苦笑した。
「あー、そっか。初めて見るとそういう反応になるのか。リオには最初からあんな感じだったからな、違和感なんて感じる事もなかったな」
自分の元に連れて来た時から既に彼はリオに対して心を砕いていた。
それが普通であったから、自分もそれが当然と受け入れていたが、そうか、エミュリルの反応がレイファラスの他者に対しての対応を知っている者としては極まともな反応であるのか、とトニックは少なからず感心した。
リオはレイファラスにとってこれ程までに特別な存在なのかと。
「レイはリオちゃんが好きなのかしら?」
「あー、まぁ、たぶんな」
「たぶんってなによ? あんなに他の人とは違う対応をしておいて、たぶんも何もないじゃない」
「本人が無自覚なんだよ。だから、その"特別"の分類がよく分からない」
彼女を女神召喚巻き込んでしまった責任からくる"特別"なのか、自分と同じ精霊が視れる者としての"特別"なのか、異性としての"特別"なのか。
「ふふふ。きっと好きなのよ。大切なの。私あの子のお姉さんだもの、分かるわよ。本人が分かっていなくても分かるわ」
姉の顔でエミュリルは言う。
普段は破天荒な彼女もこんな顔をするのかと感心していたトニックの腕をエミュリルが掴んだ。
そりゃもう、渾身の力で掴んだ。
「いった!? 痛いエミュさん!! ちょ、マジ離してっ!!」
「見て見て見て見て!! あのレイが照れてるわ! リオちゃん、何て言ったのかしら!?」
『キャー!!』と叫びながら腕を掴んでいる手とは逆の手でトニックをバシバシ叩くエミュリル。
興奮状態である。
「ちょ、エミュさん! 痛い痛い!! 『月みたい』って言ったんだよ!! リオが、レイに!!」
「え、この距離で分かるの? てか、月みたいってあのレイに向かって? リオちゃんが? キャーーー!!!!」
「読唇術が出来るからな!! そうだよ!! てか、止めろ!! 叩くな掴むな力入れるな!! 痛いからっ!!」
興奮して掴んでいる手に更に力を入れ、ついでと言わんばかりに叩く手にも力を入れたエミュリル。
トニックは既に涙目である。
「うふふ。楽しませてくれるわねぇ」
「……そうだな。まぁ、リオはそれがこの国でどういう意味を持つか何て知らないだろうけどな」
漸く離された腕を擦りながら言うトニック。
腕も痛いが叩かれた所も痛い。
エミュリルはバカ力なのだ。それをちょっとは自覚して欲しい。
戦線先駆隊の副隊長である自分にここまでダメージを与えられる人もなかなか居ないと思いながら改めて視線を二人に向ける。
「月みたいかぁ。この国だと愛を告げる言葉だけど、そうよねぇ、違う世界から来たリオちゃんは知らないでしょうねぇ。けど、そう。あのレイがそう言われてあんなに照れたのね」
「ありゃもう確定だな」
「だから言ったでしょう? レイはリオちゃんが好きなのよ」
「そうだな」
なんと言うか、幼馴染の恋とは少し気恥ずかしいものがある。
けれど、『そうか』と頷いて、今まで見たことのない照れた顔の彼を見てしまえば、『あぁ、良かった』と思うのだ。
"大切"だと思える者すら極僅かな彼に"特別"が出来たのだ。
きっと最後になるであろう、今までで一番厳しい戦いに行く前に、彼に"特別"が出来た。
それは、ギリギリの、究極の場面で、彼の命を繋ぐ"特別"だ。
自分にとってのクライハルトがそうである様に。
「ほぅ、人間の間では相手を『月の様だ』と言うのは愛を告げる事と同義なのか」
「あら、アーフは知らなかった?」
感心した様に言ったもう一人の同行者。
アーファルトはエミュリルの問に頷いて面白いと笑った。
「人間はいつの時代も素直に自分の気持ちを口にする事を躊躇う。魔族は思った事は素直に口にするのだがな。人間の場合、羞恥が先に立つのだろう。特に好意はなかなか伝えぬ。だが、成る程。他の言葉に言い換えればいいのか。面白いな」
「因みに返す言葉は『太陽の様だ』だぜ」
「ほぅ」
「月と太陽は一対だからね。お互いに相手を月と太陽に見立てる事で愛を伝えてずっと共に居る事を誓うのよ。この国では結婚の時にも使われる言い回しよ」
「ならばレイがリオに『太陽の様だ』と返せばあの二人は晴れて恋人同士という訳か」
「まぁ、本人達は無自覚だし、リオちゃんに至ってはレイをどう思っているか分からないしね。あの二人がくっつくのはまだ先の事でしょうね」
止まっていた足を漸く動かしこちらに向かって来る二人にトニック達三人は笑う。
微笑ましくもどかしい。
組んだ腕を離さずに歩く師弟の進む先が幸福であればいいと、トニックはリオのもう一人の師として、そしてレイファラスの幼馴染として願ったのだった。