紅い瞳の彼も視えるそうです。
「……」
オッケー。先ずは状況を整理しよう。うん。
私が今居るのはどうやら何処かの小屋らしい。
もしかしたら私が与えられた小屋がここなのかもしれない。
そして私はその小屋にあるベッドの上に横になっていた。
目が覚めて最初に飛び込んで来たのは木造の天井。
ベッドの横にある小窓からは鳥の囀りが聞こえてきて、陽の入り具合から今は朝方なのだと分かる。
うん、ここまではいい。
ただ、どうしても気になる事が1つ。
「……」
私の隣で寝ておられるこのイケメンさんは誰ですか!?
思わず反射で飛び起き様とすれば、腹に巻き付いているイケメンさんの腕に阻止され、取り合えず武器だけでもと周りを見渡しても持ってきた筈のそれらは近くに見当たらない。
周りを飛んでいる精霊達に状況説明を求めたが、如何せんジェスチャーでは殆ど分からない。
辛うじて分かったのが、このイケメンさんが私をここまで運んでくれたということと、彼と私の間で"間違い"は無かったということ。
うん、すっごく大切な事だ。特に後半。
「悪い人ではない、のかな……?」
そろそろと腰に回っている手をほどき、起き上がって部屋を見渡す。
どうやらここは寝室の様だ。
扉を開けて出てみれば廊下。そこにはそれぞれの部屋に続くであろう3つの扉。
その廊下の先にある扉を開けば、そこには十分な広さのリビングがあった。
キッチンが隣接しており、キッチンカウンターの前に4人掛けのテーブルとイス。
その右奥、暖炉を前にした場所に談話スペースがある。
レイ様が激怒してたからどんな悪環境なのかと思っていたけど、トイレにお風呂、物置までついていてこの広さの小屋を無償でくれるのならば有り難い話ではないか。
まぁ、レイ様が怒っていたのは小屋にというより、ソレがある場所に対してなのだろう……
「あ、あった」
テーブルの上に無造作に置かれていた荷物の中に恩師達から貰った武器を発見して安堵の息をつく。
流石に家の中で弓矢は提げておけないので片手剣と短剣を身につけて……そして、その段になってやっと私は気が付いた。
「……私、死にかけてなかったっけ?」
何も考えずに動き回っていたけど、気を失う前、私は確かに瀕死の重傷を負っていた筈だ。
それがどうした事だろう?
怪我は痕すら無く消えていて、衣服も元通りになっている。
「もしかして魔法? けど誰が? ……まさかさっきのイケメンさん?」
「その"まさか"だ」
「……ッ!?」
後ろから聞こえた声に振り向けば、さっきのイケメンさんが眠そうに欠伸をしていらっしゃった。
「……身体の調子は良さそうだな」
「へ?」
私の事を上から下まで眺めたと思ったらそう言って1つ頷くイケメンさん。
良く良く見ると、何だがその顔に見覚えがある。
漆黒の髪は腰ほどまである。
程好く筋肉がついている体は背丈があり、少なくとも私よりは頭2つ程大きい。
顔のパーツは一つ一つが整っている。
そして何より目を引くのが、その瞳。
少しつり上がった目に輝く双眼。
深紅の瞳。
そうだ、この人は……
「森で会ったKY男!!」
「けーわい?」
そうだ、思い出した。
瀕死の重症を負ってる人間前にして『死ぬのか』やら、『愚か者』やら言ってくれた奴じゃないか!
「何でアナタが此処に居るの!?」
「何故とは随分な物言いだな。お前を此処まで運び、治癒魔法を施してやり、ついでに熱に魘されるお前の看病を3日間付きっきりでやってやった者に対してそれは無礼というものではないか?」
「……アナタが?」
「あぁ」
周りの精霊達を見てみれば皆一様に頷いているので本当なのだろう。
「えっと……それは大変お世話になりました」
「本当にな。俺は"アーファルト"。お前は?」
「あ、えっと、"リオ・アキヅキ"です」
「リオか。俺の事は"アーフ"と呼べ。コイツ等が煩くて敵わなかったから助けたが、なかなかに面白い」
喉の奥で低く笑った彼の言葉に引っかかる。
「"コイツ等"って……」
「うん? 見えているのだろう? 精霊達の事だ」
ツン、と自身の傍に寄ってきた精霊を軽くつついて彼は言った。
「アナタも視えてるの!?」
「あぁ、視えている」
至極当然の様に頷いた彼に瞠目する。
「驚いた……私とレイ様以外に視える人が居るんだ……もしかして、公言してないだけで結構居たりするのかな?」
「いや、人間でコイツ等が視えるのは稀だろうな。俺も驚いた。……ところで、」
ツカツカと寄ってきたかと思えば顔を覗き込まれる。
「……何?」
言っとくが、いくら顔が整っていようがそんなモノ慣れだ。
中性美人のレイ様や、レイ様の補佐で知的美形のアラミー様、鍛え上げられた肉体を持つ凛々しい顔立ちの戦線先駆隊の人達を毎日毎日見ていれば、美形にも慣れてくるというものだ。
故に、今の私はとびきりイケメンのアーフさんの顔が目の前にあろうが、特にリアクションをとる必要がある程だとは思えないのである。
あぁ、本当に整った顔をしてるなぁ、とか、紅い瞳なんて初めて見たけど凄い綺麗だなぁ、とか、近いのを良いことにマジマジとその顔を観察していれば、スッと細まった目に楽しそうな色が宿る。
「お前は、この瞳を怖がらないのだな」
「アナタの目を? 何で?」
「大抵の人間はこの瞳を怖れる。忌むべきものだと恐怖し蔑む」
「ふーん? けど、この世界の人達は基本的に皆さんカラフルじゃない。別に紅い瞳だからって私にとって特別その人達と違うとは思えないんだけどなぁ」
この世界の人達はそりゃもうカラフルだ。
髪の色も瞳も、どうやったらそんな色が出るのだろうかと思う程にカラフルだから、純日本人の私には違和感しかない。
だからこそ、そのカラフルの中に紅い瞳が1人増えようがあまり変わりはない。
因みに私は産まれてこの方髪を染めた事はない。
品行方正という訳ではなく、ただ単に1度染めたら色落ち気にしたり染め直ししたりと面倒が多いからだ。
「成る程。俺を他の人間達と同じと言うか、面白い。この瞳を持つ者の意味を知らぬとはな。それに先程の言葉。お前、異世界の者だな? 確か、20日間程前に女神召喚が行われた筈。答えよ、お前は何者だ?」
楽しそうに口元に弧を描く彼が私を見つめる。
その視線を受け止めて、私は内心自分の失言に頭を抱えていた。
"この世界"とか言っちゃったらそりゃもう、自分は異世界の人間ですと言ってる様なモノじゃないか!?
出立前にレイ様に散々異世界の人間であることは極力隠せと言われたのに!!
「あー、えっと……」
チラリと見上げた彼の顔は真剣だった。
仕方ない。腹を括ろう。
「女神召喚に巻き込まれた憐れな異世界人、それが私です。以後、お見知り置きを」
ニッコリと笑って言えば、成る程と納得された。
「"巻き込まれた"と言う事は、お前の他にちゃんとした"女神"が居るのだな。ならばお前は厄介払いでもされて此処に来たのか」
「厄介払いの先が此処だったんだよ。この小屋と周囲3キロの土地が私に与えられた此れからの生活圏」
「数奇な人生だな」
「全くもってその通り。けど、此処で生きていかないといけないのもまた事実だしね」
しょうがないのだ。
危険な場所だと知っていても、此処以外で生きるには私はこの世界について無知過ぎる。
本で得た情報には限りがある。
例えそれがどれ程正しかろうと、所詮それは机上の事だ。
私が生きないといけないのは"現実"のこの世界。
そんな"現実"に身一つで出ていったとて、結果など分かりきっている。
ならば、城に居る間に手に入れた知識と力が役に立つこの場所で必死に足掻いて生きるしかない。
「……魔物の巣窟であるこの場所で生きるというのか?つい数日前に死にかけたお前が?」
「それを言われると耳が痛い……けど、1つ考えがあるんだよね」
「考え?」
「"餌付け"してみようかと」
城に居る間に手当たり次第に読み漁った本達。
その中の1つに魔物について詳しく書かれている物があった。
その本によると、どうやら魔物は甘い物が大好きなのだという。
ならば試さない手はないだろう。
料理はそれほど得意ではないけれど、幸いクッキーのみに関して言えば人様に食べて頂いても恥ずかしくない腕前である。
どこまで通用するか分からないけれど、やってみる価値はあるだろう。
やってやる!と息巻いている私を、アーフさんが面白そうに見ていたのを私は知らない。