巻き込まれました。
死にたくないなら強く成れ。
生きていたいなら強く在れ。
それがこの世界で存在し続ける為に必要なモノ。
なんで、と呟く。
果たしてそれが声になっていたかは分からない。
目の前の光景は私から声を出す気力を奪うには充分過ぎたのだ。
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「貴女は間違って召喚されました。今から本物の女神様を御呼びいたしますので暫くお待ち下さい」
そう言われて石造りの広い空間の隅に追いやられた私は今、世間一般で言う"異世界召喚"というものを体験した直後である。
あぁ、申し遅れました。
私、ペットショップ勤務A型22歳乙女座の"秋月李緒"と言います。
顔はまぁ、うん。平凡と言うか、悪くもなく良くもなくです。
そんな私が、どういう訳かいきなり足元に現れた魔法陣らしき物に吸い込まれ目覚めた先が今居るこの場所。
呆然としていた私の前に白いローブを纏った人がやって来てペタペタと体を触られた後、至極残念そうに溜め息をつかれた。
後ろに下がった白いローブの人が何やら周りの人達とコソコソと話した後、再び私の前に来る。
そうして言われたのがさっきの言葉だ。
間違いって何ですか!?
あり得るんですか、そんなの!?
てか、召喚ってそんな何度も出来るモンなの!?
とは言わない。てか言えない。そんな雰囲気じゃない。
さっさとそこ退けという無言の皆さまからの圧力に負けて部屋の隅に移動する。
私が移動して直ぐに何人もの白いローブの人達が円を描く様に並んで何やらブツブツ呟けば、途端にその中心が眩く光り出した。
光が止んだその場所には、可愛らしい女の子が一人。
フワフワと揺れる栗色の髪に驚きで見開かれたパッチリ二重の瞳。
年齢は16、7歳位だろう。
状況が呑み込めずキョロキョロと周りを見渡す様がまた可愛い。
私と同じ様に一人の白いローブの人がその子の体を触り、満足気に一つ頷いて見せた。
周りから喜びの声が上がる。
そこからはもう、早かった。
あれよあれよと言う間にその子が連れて行かれたのは王城の玉座の前。
王様とお妃様と王子様を前に唖然と突っ立ているその子に対して話されたのはこの国が今置かれている状況。
因みに私は放置だったので、勝手に着いてきました。
さて、結構長々と話した王様の話を要約するとこうだ。
この世界は"アーウェイト"。
剣と魔法のファンタジー世界であり、人間と魔族が互いの領土を奪い合う争いの絶えない世界。
そしてこの国は人間の王が治める"サラウィン帝国"。
で、今居るのがその王都"ハーレン"。
今現在人間側の領土は元の領土の3分の1にまで減らされており、残された土地への避難民の殺到による人口密集及び食糧不足が続いており、国政は乱れに乱れている状態。
そこで遥か昔、同じ様な状況に陥った人間達を救った救世主、"女神"を異世界より喚ぶ"女神召喚"を行ったそうだ。
私達は……と言うより後から喚ばれた女の子はその"女神"であり、女神のみが持ち得る特殊な力で魔族の王、"魔王"を倒す運命なのだとか。
因みに女の子の名前は"美坂麗奈"と言うらしい。
いやぁ、こう言っちゃぁ何だけど"女神"じゃなくてよかった。
最初は『間違いって何じゃそりゃ!?』と思ったけど、いきなり知らない世界の知らない人達を助ける為に命懸けて魔王倒して下さいなんて言われたらたまったもんじゃない。
私なら絶対断る。
……けど、きっとこれを断らないのが"主人公"なのだろう。
現に、美坂さんは真剣な顔で王様の話を聞いた後、何かを決めた真っ直ぐな瞳で前を見詰めている。
「分かりました。この世界の人達の為に私に出来る事があるなら精一杯頑張ります」
明るい笑顔つきで言った美坂さんに王様達は心からの感謝を述べ、王子様に至ってはその笑顔に釘付けになっていた。
さて、何だかこの場がいい感じで締め括られそうなので存在が既に忘れられている私は慌てて王様達の前に躍り出る。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「……誰だ、この小娘は?」
わぁい、王様の声が一段低くなりました☆
近くに居た兵士さん達が剣を抜いて迫って来てます!
めっちゃ恐いです。
けれど!けれどです!!
私には今後の私の運命を決める大切な問題があるのです!
「この者は"女神召喚"に巻き込まれた者でして……」
「巻き込まれた? 能力は?」
「持っておりませんでした。魔力、属性共に平均的です」
「……して、その様な者が何用だ?」
おぅ?"平均的"の言葉を聞いた途端に王様がすっごく見下した視線を寄越して来ましたよ?何ですかね、この言い様のない気持ち。
「……元の世界に帰して下さい」
込み上げてくる感情を押し殺してそう言えば、王子様が鼻で笑った。
「そんな術、あるわけがないだろう」
「……」
まぁね、だいたい予想は出来てましたよ。
帰る方法があってしまうと折角召喚した女神様が帰せと言いかねない。
えぇ、分かってましたとも。
だけど……だけど、だ。
「……人を勝手に巻き込んどいて『そんな術、あるわけがないだろう』って、ふざけんじゃング!?」
『ふざけんじゃねぇ!!』と叫ぼうとした口が後ろから伸びてきた手に塞がれる。
「御前で失礼致しました。この者には後で充分に言って聞かせます故、どうかこの場はその広いお心で許して貰えませんでしょうか?」
驚きでジタバタ暴れる私を力ずくで抑え込んだその人はそう言って私の頭をグッと下げさせる。
「お前がそう言うならばこの場は不問にしよう」
「有り難き幸せ。では、失礼致します」
そのままズルズルと強制的にその部屋を退出させられた私が自由にされたのは、暫く歩いた中庭の様な場所だった。
「……っ! 何するんですか!?」
「それはこちらの台詞だ! バカ者!!」
叫んだ私に叫び返したのは白いローブを纏った人。
女神召喚を行った人の一人だろう。
バサリ、とフードを脱ぎ去ったその下から現れたのは光を反射してキラキラと輝く白銀の長髪に蒼い瞳。
そして中性的なとても整った顔立ち。
声を聞いていなかったら女性と間違えていただろう。
「あのまま言葉を続けていたら殺されていたんだぞ!?」
「分かってますよそんくらい!! けど、悔しいじゃない!!」
そうだ。悔しいのだ。
勝手に喚んでおいて、大した力も無いからと"間違い"扱い。
せめて帰してくれと頼めば、そんな術は無いと鼻で笑われたのだ。
これを悔しがらずに何とする。
「勝手な願いを押し付ける為に喚んどいて帰せないって何さ!? 『巻き込まれた者で、平均的な力しか持たない』って何さ!? 当たり前じゃない! 私がついさっきまで居たのは、魔法も魔族も無い世界なんだから!! 平和な日常が当たり前の、そんな世界だったんだから!!」
そこからいきなりこんなファンタジーな世界に連れて来られて、しかもそれが"間違い"で、けれど帰して貰う事も出来ない。
「人を見下す前に、自分達がどれだけ非常識な事をやってんのか顧みてみろ!! アンタ等の存亡の危機に他の世界の人間を巻き込むな!! 帰せないなら喚ぶなバカ!!」
ゼィゼィと思いの丈を叫びきった私に白いローブの男は至極真面目な顔で頭を下げてきた。
「確かに、お前の言うとおりだ。すまなかった」
「…………私はこれからどうなるんですか?」
「必要最低限のこの世界の知識と金と住む場所を与えられて城下で暮らして貰う事になると思う」
「成る程……」
つまり、『使えねぇ奴は要らねぇよ』と言う訳ですか。そうですか。
異世界に来て約1時間半。
私は誓った。
何が何でも生き抜いて、いつか私を巻き込んだ奴等全員ギャフンと言わせてやると。