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隣の伯爵夫人
作:藤浦リサ



第1章その6 仕事しかない私!?


祥子は、自分は仕事はそれほど有能でも器用でもないが、真面目に取り組むほうだと思っている。
今の会社は、大きな組織であるがゆえの欠点も大いにあるけれど、自分に対して、身に余る待遇をしてくれていると感じる。もちろん人材育成のやり方や、一部の職員に過大な負担が偏るしくみなど不満も色々あるが、一番大きな不満は、自分の能力が足りないこと、そして周囲にそのせいで迷惑をかけている、と感じることである。会社の事業は尊敬しているし、会社には感謝しており、自分の天職だと思っている。

しかしやはり、入社以来15年、社の方針である、目まぐるしい配置転換のなか頑張ってきて、さすがに少し疲れてきて、ちょっとバーンアウトしそうな危険を感じたので、社内公募制度を利用して、決して威張れたことではないが、自分への休憩期間のつもりで、今の部署へ移ってきた。
この出先部署は、いわゆる「爺捨て山」的なヒマな部署で、採用されてすぐの新人か、家庭の事情であまり仕事に時間を割けない、あるいは割かない主義の人間か、そしてあるいはほかの部署には必要とされない種類のおじさんたちかの、いずれかしか基本的にはいない。
しかしたまたま急に2名の欠員が出たため、期限つきで、その欠員を埋めるための社内公募が行われ希望者が募られた。
年度中の変な時期だったこともあり、どの部署も人を提供するのを嫌がったためだ。
ただしこういう部署の2名の代理は1名で十分ということらしく、募集枠は1名のみだった。

絶好の「ロングバケーション」の機会、と、祥子は迷わず応募した。社内には同じことを考えた人間がかなりいたようで、なかなか高い競争率だったが、祥子はみごと難関(?)をパスした。
期間限定ではあるが、今までほとんど毎日深夜まで仕事をしてきたこの10年以上の疲れを、多少は癒したいと思っている。

9時から5時までしかないとすると、一日って、本当に短い。このことも、祥子が今の部署に来て実感していることだ。
気がつくと午後5時になっており、そしてなぜそのことに気がつくかといえば、どんどん職員たちが帰っていくからだ。
祥子も、今はもちろん、必要最低限の仕事だけをしていれば5時かそれよりも前にだって帰れるのだが、もう少し、あれもこれも、と、周辺的な作業までやってしまう。
「とにかく24時間がんばる」的な仕事スタイルが、体にしみついているのだ。
そうすると、だんだん色々な仕事が祥子に集まってくるようになる。1〜2時間程度であるが、やはり毎日残業はしてしまう。
ただし、以前と比較すれば、労働時間は比べ物にならないほど短いのは確かである。

時間に余裕ができるのは、良いことだが、余計なことを考えすぎてしまうという欠点もある。

今の部署はとっても仕事がラクなので、去年までの生活を考えると、まるで毎日がバカンスである。しかし、いや、それがゆえに不安になることがある。また普通の部署に戻ったとき、大丈夫だろうか!?去年の「バーンアウト危機」のとき、まったく仕事へのやる気も興味も失った、ほとんどウツ病みたいになりそうな自分に、驚いた。その根本的症状は、今の「休暇期間」で、ほんとに治るんだろうか!?悪化したりはしないだろうか!?

が、ともかくそうは言っても、与えられた環境のもと、仕事を楽しく前向きにやれるよう、日々がんばらなければ。だって私には、仕事しかないのだもの。

そう、仕事しかない。そうだよなー。

どうしても5時に退社できない祥子がカタカタとパソコンのキーボードを打っているうちに、だいたい夜7時近くになると、職場にいるのはネットサーフィンをしている村上部長代理と、仕事をしている山田君と、仕事をしている祥子の、3人だけになる。

コピーを取りながら山田くんが祥子に向って声をかけてくる。
「深山さーん、仕事熱心ですねえ。ほかにすることないんですか?」
山田くんは仕事はできるが、態度があまりよくない。祥子とは部署は違ったが、本社の中でも最も厳しい部署で鍛えられていたところを、噂では、今の部長がここの職員たちののんびり度合にさすがに疲れ果て、ひとりくらいまともなのを寄こせと言って人事とかけあい、期限付きで分けてもらった人材らしい。
本人もそのことを分かっているらしく、明らかにほかの職員たちを見下している。
祥子にだけは多少は敬意を表してみせるものの、年長者に対する礼儀にはほど遠い。
「そうよー、真面目ですからね。山田くんのように優秀ではありませんけど〜。」







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